【二十二話】地獄の門は開かれた(※スマホで)
12月26日、本日2話目です。
気が重い。鉛のように。
ついでに、その鉛をドラム缶に詰めてコンクリートを流し込んだら、これくらいの重さになるだろうか?
あの仮面ライオンのせいで、また俺の青春の1ページに、黒歴史が油性マジックで書き込まれる。
「慧、そんなに落ち込んでも、庇護欲をそそるだけ。むしろ私へのご褒美」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
俺の抗議など、全く聞いていないよな、お前は。
そしてリーシャ、お前もだ。隣を歩くリーシャは、完全に緩みきった間抜け面を晒し、口元からツーッと涎を垂れ流していて汚い。そして、さっきから続くその凝視が怖い。
お前、穂の言ったキーワードを聞いて、どんな妄想を脳内で繰り広げてんだ? 気にはなるが、それを知ったら引きこもりたくなる気がするから、聞かないけど。
変態共の思考回路を断片でも理解できるようになることが、これほどまでに自尊心を削られるものだとはな。一生知りたくはなかった。
この場にいる誰もが見守る中で、震える手でスマホを取り出した。
そして、スキル設定画面を開く。
つい先程までは、欲しかった高性能スマホを手に入れたとあれほど浮かれていたというのに。今となっては、この端末すら呪われた職業に汚染された、忌まわしき呪物(特級)に見えてくる。
今すぐ地面に叩きつけて、物理的に破壊してしまいたい衝動にすら駆られている。
「……本当に、ここでやんなきゃいけないのか?」
「決定事項。あのライオンを無傷で無力化するには、究極アイテム マタタビ必須。よって、慧のコスプレは至高にして究極、最強の戦略」
穂の言う至高という言葉が、戦術的な意味ではなく、単に俺にセクハラをする絶好の機会という意味で使われている気がしてならないのだが。
心の底から、嫌だ。全力で拒否したい。
しかも今回は、シチュエーションが最悪だ。これまでの被害は、気心の知れた幼馴染と、アホな猫の前だけで済んでいた。
だが今回は、セーフティーゾーンに避難しているクラスメイトたちが何人も見ている前での公開コスプレ処刑だ。
俺の尊厳へのダメージは、これまでの比ではないだろう。社会的な死というギロチンが、すぐそこまで迫っている気がしてならない。
だが、他に選択肢がないのも事実だ。俺は逃避するように、隣にいた柑奈に話しかけた。
「なぁ、柑奈。あの仮面を着けたモンスターについて、何か心当たりないか?」
斥候として常に最新の情報を集めている彼女なら、何か知っているかもしれない。そんな淡い期待を込めて尋ねてみる。
「……うん。実はね」
柑奈が周囲を警戒するように声を潜め、俺の耳元で囁く。
「ウネちゃんがホームルームで言ってた、S2Wでの通り魔襲撃事件ってあったでしょ? あの現場のほとんどで、仮面をつけた奇妙な魔物を見たっていう目撃情報があるんだよ」
やっぱりか。
俺の背筋に冷たいものが走る。父さんも、協会の方で仮面の魔物に関する情報を慎重に扱っていると言っていた。単なるレアモンスターではない。何か明確な悪意や、危険な背景があるのは間違いない。
例えば、あの仮面モンスターによってアバターをロストさせられると、S2Wを出た後の精神にも何らかの障害が残るとか……。
前回の遭遇は現実世界だったのに、今回はS2W内だという点が気になるところだ。この世界へと入るためには専用のカプセルに入って、アバターを作る必要がある。
もしも現実世界の方で、あのライオンを作ったのだとしたら、今はカプセルの中で寝ていることに──シュールだな。むしろ、少しだけかわいいぞ。
どちらにせよ、誰かを囮にして強行突破するなんて博打は打てない。慎重かつ確実に、無傷で切り抜ける必要がある。
つまり――結論は変わらない。
はは、俺がコスプレを使う未来は変えられないんだな。
俺はスマホ画面のスキル表示欄に表示された、コスプレという名の処刑ボタンを見つめる。
顔が引き攣る。指が動かない。俺の尊厳が持つ生存本能が、全力で拒絶している。
嫌だ。本当に嫌だ。これをタップしたら、また俺の大切な何かが削り取られる。
「慧。覚悟を決めたのなら動いた方がいい。動かないままでいると、私たちの期待が増すだけ。コスプレはよ。さあ、さあ、さあ」
珍しく積極的に攻めてくる穂。普段の眠そうな目をギラギラ──してないな。いつも通り眠そうだ。しかし圧が三倍程度には増している気がする。
「大丈夫ですっ! 美の化身様は、今のままでもお美しいですが、少し服をはだけさせて鎖骨のラインを見せつければ、あのモンスターも喜んで道を譲るに違いないです!」
リーシャの、あまりにも気持ち悪く、かつ的外れな発言が決定打となった。
俺のSAN値は耐えきれず、感情が緊急シャットダウンを起こし、思考が停止した。
──ふっ、もうどうでもいいや。
今の俺の瞳には、何の感情も宿っていないことだろう。そして俺は、何の躊躇いもなく、機械的に画面をタップした。
いつも通り、なんのエフェクトもなく、俺の服は全く別の形へと変わった。
「……今回は袴。ふっ、そうか、俺は救われたんだな」
俺は自分の姿を見下ろし、淡々と事実を確認した。
スカートではなかった。その事実に、普段の俺であれば小躍りして喜んだはずだ。しかし、感情の抜け落ちた今の俺は、ただ己の身に起こった事象を、冷静に、事務的に処理するのみだった。
「「お、おぉ……ッ!」」
対照的に、穂とリーシャが感嘆の声を漏らす。
そして、示し合わせたかのように互いの手を取り合うと、華麗なステップを踏み始めたではないか。……またか。またやるのか、あの謎の即興ミュージカルを。
「(歌う)その清廉なるぅ~袴の裾から覗くぅ~♪ 磨き上げられた革製ブーツの光沢はぁ~♪ 伝統と革新のぉ~運命の融合ぉぉ~♪」
「(高らかに)しっとりとぉ~柔肌を包む着物とぉ~♪ その上に重なる透き通るレースの襟はぁ~♪ 伝統に外来文化の訪れを告げるぅ~メッセンジャーなのですですぅ~♪」
事前にリハーサルでもしていたのだろうか? それとも従魔契約を結ぶと、こういう変態的な思考の共有が可能になるのだろうか?
いや、単に変態同士ゆえの魂の共鳴なのだろう。二人のステップには、一切の乱れがない。
「(切々と)着物とブーツのコラボぉ~♪ それは少女がぁ~新たな時代を駆け抜ける物語を象徴するぅ~シンボルぅ~♪」
穂よ。訂正しておくが、俺は少女ではなく少年だ。
「(妖艶に)紳士淑女はぁ~少女を見て思うのですですぅ~♪ 彼女の駆け抜けたその先をぉ~自分の欲望の色でぇ~黒く染め上げたいとぉぉぉ~♪」
謎ソングが急速に変態思考に汚染され始めた。その不穏すぎる展開に、先程まで抜け落ちていた俺の感情も、危険を知らせるアラームと共に徐々に戻り始める。
「(力強く)袴とブーツのコラボレーションはぁ~♪ 家庭から社会へ飛び出そうとするぅ~時代変容の現れぇ~♪」
「(ねっとりと)されど少女の行く末に待つのはぁ~希望の光かぁ~背徳の闇かぁ~なのですですぅ~♪」
もう一度、ハッキリさせておくが、俺は少女ではなく少年だ!!
こいつらの変態劇場、進化していないか? 前回のアリスコスプレの時とは違う変化球を投げてきやがった。
穂がコスプレの文化的・歴史的魅力を語り、その直後にリーシャが紳士の欲望を語るという、高度な連携プレーだ。
そのせいで、変態要素とフェティシズムがやたらと強調されて聞こえるのは気のせいだろうか? 気のせいであって欲しい。しかし俺の知性が無理だと叫んでいる。
「(情熱的に)袴から伸びるぅ~しなやかな足元ぉ~♪ 素肌とブーツの絶対領域がぁ~新時代を生きる少女の躍動感と儚さを感じさせるぅ~♪」
「(絶叫)舞う袴の裾ぉ~! その一瞬に覗く白い素肌がぁ~紳士に無限の背徳的イマジネーションをぉ~抱かせるのですですぅ~!!」
セリフの度に、男女のデュエットのようにパートを交代しているのだろうか。ステップの主導権が交互に入れ替わるも、その動きに一切の乱れはなく、流れるようなコンビネーションダンスはクライマックスへと向かう。
悔しいが、ダンスのキレだけは本物だ。穂のヤツ、体育の授業でもこのくらい真面目に動いてくれたらな……などと現実逃避しかけた時、彼女たちの瞳が妖しくギラリと光ったように見えた。
その瞳の奥には、ドロリと濁った欲望の光が渦巻いている。
「(囁くように)未成熟な少女にぃ~混ざり合うのはぁ~大人の色香ぁ~♪」
「(荒い息で)着物で隠されながらもぉ~動くたびにチラリと覗くぅ~その無防備なうなじこそぉ~至高のエロスなのですですぅ~!!」
――ッ!?
ちょ、ちょっと待て! 変態共の言葉に、俺は反射的に手を伸ばし、無防備だった自分のうなじを隠した。
だが俺の反応など意にも介さず――いや、それどころか俺のその恥じらう行動が、やつらの変態心に大量の燃料を投下してしまったらしい。
二人のボルテージが限界を突破し、フィニッシュを迎える!
「「(大合唱)大正ロマン!! 文明開化と共に花開いた和洋折衷がぁ~紳士淑女を狂わせるぅ~♪ 魅惑のぉ~コラボレェェェェェェーーーーションッ!!!」」
ビシィッ!! と、二人が完璧なポーズを決めた瞬間、その瞳にはやり切ったというプロの満足感と、「ご馳走様でした」と言わんばかりのドス黒い変態心が満ち満ちていた。
だが、周囲の観客は、その内包された狂気にまでは気付かなかったみたいだ。
二人の謎ダンス終了と共に、広場に一斉に拍手が巻き起こる。拍手の主は、見ていたクラスメイト達だ。
あっ、目が合った。
おいっ、そこの男子! 顔を真っ赤にして目を逸らすな! 俺は男だぞ!
それと女子たちも! 目をキラキラさせて「わぁ、素敵……」「眼福……」とか呟くな! 何が素敵なんだよ!
俺の心が荒涼とした砂漠のように殺伐としていく中、拍手をするクラスメイト達の中に、見知ったカップルの姿を見つけて少しだけ癒される。
「スゲー、橘のやつ、あんな格好も似合──」「目、えぐるよ?」
……また心温まる(?)会話をしている二人だ。あの元カレ、よりを戻しそうだが、その後は絶対に尻に敷かれるな。よりを戻す前だが、すでに覆せない上下関係が構築されているようで何よりだ。
一仕事終えた穂とリーシャが、こっちにやってきた。
リーシャが口を開けた瞬間、声が出る前であるにもかかわらず、嫌な予感がした。
「ぁぁ~、美の化身様。今回の御召し物は、大正ロマン風の女学生スタイル。矢絣柄の着物に海老茶色の袴、そして編み上げブーツという、明治・大正期を象徴するハイカラな装い。古きと新しきの混ざり合った、その装いもお似合いです」
コイツ、なんで俺すら知らない服装関連の単語をスラスラ並べられるんだ? 従魔は穂の知識の一部を得られるっていうのは知っているんだけどさ。普段は、こんなに頭良くないよな?
釈然としないものをリーシャの言葉に感じたが、それはいつものことだ。
しかし、助かった。本当に助かった。
スカートじゃなかった上に、肌の露出も顔と手首くらいでほとんどない。さっき、うなじが何とか言っていたのが気になるが、それは置いておこう。
だが、クラスメイト達が見守る公開処刑の場で、もしセーラー服や魔法少女のコスプレなんかさせられていたら、俺の尊厳は原子レベルまで分解されていたかもしれない。
そうだ。ダメージは少なかったんだ。今は喜んでおこう。細かい部分で喜んでおかないと、精神が参ってしまうからな。
「いい物見れた。ぐっじょぶ」
穂が満足げに呟く。……お前、俺のコスプレを見た時って、肌がツヤツヤしているよな。
ふと、穂の横に目を向けた瞬間、俺はヒッと息を呑んで目を背けてしまった。
さっきの、難しい単語をスラスラと並べていた姿は消え去っていた。
リーシャが鼻血をダラダラと垂れ流しているのはいつも通りだからスルーするとしても……その目が、怖すぎる。
カッ! と限界まで見開かれ、白目は充血して真っ赤に血走り、俺の一挙手一投足を脳のハードディスクに焼き付けようとするかのように凝視しているのだ。
あれは完全に、獲物を狙う肉食獣の目……いや、もっとタチの悪い、信仰対象を崇める狂信者の目……それすら生ぬるい。狂信者が崇める神に、R18的な意味で欲望の手を伸ばす時は、あんな目をしているのかもしれない。
子どもが見たら、夜泣きするレベルでトラウマを植え付けそうだ。
「……なあ、穂。リーシャのヤツが、小学生の通学路とかには絶対に近づけないように管理してもらえるか?」
「おっけー。リードつけとく」
これで、未来あるロリショタたちの健全な精神は守られたはずだ。
あえて不安な点を挙げるのなら、その変態の手綱を握るブレーキ役が、同じく変態であるという点くらいか。
こっちの変態性を止めるブレーキは、設計段階から存在していない気がするのが気掛かりだが──。
しかしこれに関しては、変態×変態という世にも奇妙な化学変化が起こり、奇跡的にまともな結果になることを祈るしかない。……なってくれるよな? なってくれないと困るんだが? 大丈夫だよな?
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