【二十一話】あーはいはい、このパターンね。
「………………」
どこまでも続く草原を歩きながら、俺は沈黙を守っていた。
だが、俺の警戒心(穂に鍛えられた)が、ヤバイと言っている。
嫌な予感がする直感。ものすごく嫌な予感がする。
つい先日、これと全く同じようなシチュエーションを経験したばかりのような気がするんだ。
予想だにしない出来事で、未知のエリアに飛ばされ、そして広大なフィールドを彷徨う。この感じ、少し前に経験した、どっかのアホ猫が原因の強制ワープ事件と、状況が酷似している。
「でじゃう゛」
「言わないでくれ。口に出した瞬間にフラグが確定する」
穂の呟きを、認めたくはない。だが、否定したところで事実は変わらない。似ているのだ。あまりにも、あの状況に。
「また、泥の海に沈めてやるです。今度こそ息の根を止めてやるです」
隣ではリーシャが、物騒な独り言を呟きながらハサミをジャキジャキと言わせている。
あの狒狒戦では、泥石による窒息攻撃というエグい手を使ったからな。彼女の中の野生の本能か、あるいはサディズムが疼いているのだろう。
……嫌な想像をしてしまう。
このあと、あの時と同じように、理不尽に強いモンスターと遭遇してしまったら? 一度あることは二度あるとも──だめだ、弱気になるな俺。こんな事を考えていたら、思考が現実を引き寄せてしまう。
そもそもだ。この『足手まとい』という呪われた職業が発覚してから、俺のトラブル遭遇率が跳ね上がっていないか?
デメリットがあるとはいえ、経験値増加やドロップ率アップ──は、まともだが、無駄に高い美容効果やコスプレなど、斜め上の特殊能力を持つこの職業。名前は悪口ではあるけど、レア職と言えなくもない。認めたくないけど。
そんな特別な職業なのだから、隠しステータスとして、トラブル体質なんかが付与されていても何ら不思議はない。
例えば、俺がこうして悪い予感に浸っている、まさにこのタイミングで――泣きたい。
突然、凄まじい揺れが地面に広がった。この先の展開が予想できてしまう。
「なんだ、アイツは!?」
「と、虎……? でも、顔に仮面が!」
「くそっ、速すぎるっ!!」
ほらーーーーっ! やっぱ呪われてたぁぁぁぁァ!!
どのフラグが原因だ! 俺か? 穂か?
爆音と共に舞い上がった土煙の中から現れたのは、巨大なライオンの姿をしたモンスターだった。
四本足で立った状態ですら、俺たちの背丈を優に超える巨体。全身の筋肉が鋼のように隆起し、その顔には、あの狒狒と同じような不気味な木製の仮面が張り付いている。
クラスメイトたちが応戦しようと武器を構えるが、虎はそれをあざ笑うかのように鼻を鳴らすと、目にも止まらぬ速さで前足を振り抜いた。
遠く離れた俺の腹に響くほど、大きな鈍い音が鳴る。その瞬間、前線にいた自称モブ・水嶋が、ボールのように数メートルも彼方へ吹き飛ばされた。
「見事な猫ぱんち」
「不謹慎な表現はやめような」
「反省」
穂を窘めつつ、俺は仮面の虎へと意識を戻す。
絶対に、あの狒狒の親戚か同僚だよな? ちょっと控えめにいっても、昔付き合った彼女と彼氏程度の関係はありそうだ。
父さんの話では、あの仮面モンスターは130年前の組織が人為的に造り出したものだと言っていた。それがなぜ、S2Wのダンジョン内を平然と闊歩しているんだ?
こいつは、この異世界の中で新たに生成されたコピーなのか、それとも……?
俺がそんな考察を巡らせていると、柑奈が鋭い声で叫んだ。
「走って、撤退するよっ!」
言うが早いか、柑奈は虎の足元に黒い球体を投げつけた。
乾いた破裂音と共に、ドス黒い紫色の煙が爆発的に広がると、虎の視界と嗅覚を完全に奪った。
うげっ!
あれは、柑奈特製のスカンクボール改だ。かつて実験に付き合わされた俺と穂だったが、あまりの悪臭に三日三晩うなされたというトラウマの化身──なぜか穂は無事だったが。
あの時、涙目でむせ返る俺を見て、アヤ姉が頬を染めながら「うふふ、いい香りね(嘘)」と慈悲深い笑みを浮かべていたのを思い出す。あの人の性癖が歪んだのは、たぶんあの瞬間だ。
だが、今はそんな古き悪しき思い出に浸っている場合ではない。
この煙幕が、地獄を作り出すことは身を以て知っている。
俺は即座に踵を返し、全力で逃げた。
ここに残って戦う? ふっ、呪われた職業の俺に出来ることなどない! 足手まといのスキルをフル活用して──だめだ、逆に遅くなる気がする。普通に全力で逃げる。
「だいじょうV」
「父さんが、昔それ言っていたぞ」
逃げながら、穂が親指を立てて死語を発した。緊迫した状況でもブレない強靭なメンタルに、俺は脱力しそうになりながらも走り続けた。
命からがら逃げ延びて、俺たちが辿り着いたのは、先程通ったセーフティーゾーンだった。
石造りの安全地帯に倒れ込み、全員が荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……さっきのモンスター、強すぎだろ……」
吹き飛ばされた水嶋が、ポーションを飲みながら震える声で言う。お前、あれを喰らって無事だったって、絶対にモブを自称する別の何かだろ。
「強いねー。あれはボス級だよ。それも、かなり強いヤツ。今の私たちが束になっても、正面からじゃ全滅すると思う」
柑奈が冷静に分析する。
「でも、一体だけだったから、誰か数人が囮になって足止めすれば、残りのメンバーは逃げ切れると思うよ。まあ、囮になった人は確実にロストするだろうけど」
S2Wでのアバターの喪失は、現実の肉体に影響はない。だが、この実習においては減点対象となる。大きな減点ではないにしても、追試や補講の可能性を考えれば、誰も自分から進んで死に役を買って出ようとは思わないだろう。
重苦しい沈黙が場を支配する。
「……慧が、今度の日曜、一日デートしてあげるって言えば、全員がんばる。悪魔にだって命を捧げる」
唐突に穂が妄言を吐いた。
「変なこと言うな! ……おい、そこで真剣な顔で黙りこんで考えるな、お前ら! 穂の妄言は冗談だからな! 本気にしてないよな!?」
女子勢が顎に手を当てて「一日デート……悪くない取引ね」みたいな顔で検討に入っているのが恐ろしい。十中八九、俺を着せ替え人形にして楽しむ計画だろうが、それでも需要があるのが怖い。
男子勢の方は……考えたくもない。
「あー……。俺はやめておく。一度その扉を開けたら、二度と戻ってこれなくなりそうだから」
「僕も……」
「俺…………も、猫耳メイドに誠実でいたいんだ」
男子たちが苦渋の決断で拒否してくれて安堵したが、なぜか少し複雑な気持ちになった。俺のデート権、そんなに劇物扱いかよ。
「……俺が囮に――」「ぶん殴るよ」
一人の男子生徒に、穂の変態性が感染したようだ。囮を志願しようとした男子生徒が現れたが、その彼女らしき人物が放った、殺気のこもった一言に瞬殺されている。強いな、女子。
「ふふ、真っ赤な血の雨が降りそうね」
背後から聞こえた物騒な会話に、俺は背筋を凍らせる。怖くて振り返ることすら出来ない。
そう言えば、あの二人、最近別れたばかりだとか、実は三角関係でもめてるとか、そんな噂を聞いた気がする。関わらないのが一番だ。
「さす慧、魔性の男?」
「やかましい。あの二人が、よりを戻す話しすらしなかったら、原因の一部はお前の冗談にあるからな。それと、俺を男と呼ぶときに、語尾に『?』をつけるのはやめてもらえるかな。俺は生物学的にも戸籍上も、正真正銘の男だからな!!」
「………………(こてっ)」
不思議そうに首を傾げる穂。
おい、待て。お前、幼馴染だよな? 一緒にお風呂に入ったこともある仲だよな? 絶対に俺が男だと分かってるはずだよな?
……だめだ、こいつの目を見ていると、俺の常識の方が揺らいでくる。これ以上深掘りするのはやめておこう。藪蛇にしかならない気がする。
「と、とりあえずだ! 囮作戦は却下! あの仮面ライオンをどう攻略するか、建設的な方法を考えよう!」
俺は、全力で話を軌道修正する。
「慧とデートけ――」「それはもういいから! みんなで無事に生還できる方法を考えるんだよ!」
再びデートの話を持ち出そうとした穂の口を、物理的に手で塞ぐ。これ以上、俺の貞操を交渉材料にするのはやめろ。
「あはは。じゃあ、囮作戦は無しってことで。他の方法を考えようか」
「………………ちっ」
柑奈の言葉に、あからさまな舌打ちをして残念そうにする女子たち。
彼女たちの値踏みするような視線を受けて、俺は本能的に察した。――もしデートが成立して服の死守に失敗していたら、俺はこれまで避けてきた未知のファッションに無理やり目覚めさせられていた、と。
「方法は一つ。……またたびを使う」
俺の手から解放された穂が、何を血迷ったのか、至極真面目な顔で言い出した。
「ぇ……穂さん? 今、なんて?」
「ライオンはネコ科。ネコ科にとって、またたびは至福の悦び。抗えない本能。そう、私にとっての二度寝のように」
モンスターのライオンを、その辺の野良猫と一緒にしていいのか? 見た目だけライオンっぽい別の生物って可能性もあると思うけど。
色々とツッコミどころは満載だったが、隣で柑奈が「あー、なるほどね。一理あるかも」と頷いているのを見て、俺は口を噤んだ。柑奈が言うのなら、そうなのか? 穂の言葉だと、正反対が正解のハズだが。柑奈なら……いや、待てよ。
「お前、まさかまたたびを持ち歩いているの?」
「ない。採取はこれから」
嫌な予感しかしない。何か、不吉な物が近付いている気がする。
「……どこで採取するんだ?」
「このダンジョンのこの階層には、マタタビ(粉末)の上位互換、『魅惑のまたたび(粉末)』をドロップするレアモンスターがいるって聞いた」
誰が余計なことを教えたぁぁぁぁぁぁぁあ!
えっ、またか。またこのパターンか!
話の筋が妙に通っているせいで、俺が断れないように外堀を埋めていく、あのパターンか!
「ここ、セーフティーゾーン。スキルの再設定が可能」
穂が俺を見つめる。その瞳は眠たげだが、奥底でギラリと光る欲望の炎が見えた。
「慧のコスプレの出番。今回は、ドロップ率アップ、私のヤル気アップ、チームの華やかさアップ、よってエロかわいい希望。かもーん」
す、穂ィィィィい!!
それが目当てで、またたび作戦を提案したな!?
しかも、クラスメイトが何人も見ている、この状況でっ! 公開処刑だろっ!!
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