【二十話】俺達だけじゃなかったようだ──その、頭……いや、なんでもない
声の方へと向かい歩いて行くと、やがて視界が急に開けた。
そこは、石造りの広間のような場所だった。
「なんだ。俺たちが第一発見者じゃなかったのか」
広間には、すでに見知った顔がいくつもあった。クラスメイトだ。
俺たちはダンジョン原住民が自宅のトラップに引っ掛かるという珍事によって、この隠し階層に落ちてきた。だからてっきり、俺たち以外に人はいないと思っていたのだが、甘かったようだ。密かに未発見エリアを見つけた英雄としてチヤホヤされる未来予想図が、音を立てて崩れ去っていく。
「ぷぷぷ。チヤホヤされたかったんだ(棒読み)」
「人の心を正確に読み取って煽るのはやめような」
あまりにも的確に俺の思考を言語化してくる穂。もはや穂だからの一言で、超能力の類でも納得してしまいそうになる自分が恐ろしい。
この場にいるクラスメイト達は、俺たちを除けば六人。二つのパーティーだ。
その全員が、この世の終わりのような疲弊した顔をしているのが気になったが、その答えはすぐに分かった。俺の隣に立つ穂の頭でピクピクと動く物体と同じものが、彼らの頭にも生えていたからだ。
「……お前ら、まさか拾い食いをしたのか?」
クラスメイトのうちの二名。いや、帽子を目深に被って必死に隠そうとしているヤツも含めると三名か。
そう、彼らの頭頂部には、ふさふさとした獣の耳――いわゆる猫耳が鎮座していたのだ。
お前らもやっちゃったのか。穂曰く「うけ食い」を、あの猫耳食材で。
「ぷぷぷ。猫耳生やしちゃったんだ(棒読み)」
「お前も含めてな」
高校生にもなって、ダンジョンで拾い食いをするのはどうかと思うぞ。まあ、味に関しては俺も少し気になっているけど。
ふと、疑問が浮かぶ。もともと猫耳が生えているリーシャが、これを食ったらどうなるんだろう?
「……リーシャ。お前は絶対に、猫耳食材を食べるなよ」
「はいです! 美の化身様が望まぬのなら、断食も辞さない覚悟です!」
危ない。つい軽い気持ちで「食べたらどうなる?」と聞きそうになったが、寸前で飲み込んだ。コイツにそんな質問をしたら、迷わずその辺のキノコを食らって、身をもって答えを証明しようとしそうだからな。
その狂信者ぶりにうすら寒いものを感じ、俺はリーシャからそっと視線を逸らした。
「アバターをロストすれば、猫耳も解除されるだろうからさ。ここで落ち込んでるより、先に進んで早めに課題を終わらせないか?」
あまりにも落ち込みが激しい連中に、励ます意味も含めて声をかけた。
「慧、いいことを言う。取り返しのつく失敗は、失敗に入らない。これ真理」
「これまでの人生で、失敗を失敗とも思わず生きてきた変人の完成形が言うと、説得力が違うな」
「褒めすぎ。照れる」
穂を見ながら思った。失敗を全く反省しない、強靭なメンタルの使い道を間違えた人間は、やがてこういう変態になるのだなと。
「……そうだよな。橘の言う通りだ。こんな耳が生えたくらいで、恥ずかしがっている暇なんてないよな」
かなり疲れた、しかし覚悟を決めたような太い声でそう言いながら立ち上がったのは、ゴツイ体格と厳つい顔面で、よく他校のOBや強盗と勘違いされる男子生徒──猫耳付きだった。
そのあまりにもシュールな「厳ついおっさん顔×猫耳」という破壊力抜群の外見に、俺は思わず噴き出しそうになったが、心を強く持って、なんとかやり過ごした。
しかし──。
「リーシャのメイド服、似合いそう」
──穂が、無慈悲なトドメを刺しにきやがった。
静まり返った広間に、その声はよく響いた。
直後、「ぶふっ!」「くくっ……!」という、必死に笑いを堪える音が、あちこちから漏れ聞こえてくる。
「笑えよ! 気を使われると、余計に辛いんだよぉぉぉぉお!!」
巨漢の男子生徒が悲痛な叫びを上げる。
やばい。繊細な10代のハートに深い傷を与えてしまった。これが彼のトラウマになってしまうかもしれない。人間として、ここは笑いを堪えてやるべきシーンだ。
しかし、本人から許可が出た以上、全員で思いっきり笑ってやる以外の選択肢はない。むしろ、ここまで気を使わせて笑わない方が失礼ですらある(自己正当化)。
というわけで、俺たちは盛大に笑った。広間の空気が、少しだけ軽くなった気がした。
一しきり笑い終わった後、俺たちは真面目な顔に戻り、情報交換を始めた。
「俺らは、ダンジョン原住民が自爆して落とし穴に引っ掛かったのに巻き込まれて、この階層に来たんだけど、そっちはどうやって?」
俺たちのパーティーは、事前にこのダンジョンについてアヤ姉から情報を仕入れていたが、こんな隠し階層があるなんて初めて知った。それほどまでに情報が出回っていない、未知の場所だ。
「私たちも罠に引っ掛かったんだよ……って言うか、シャドウアサシンがいきなり現れて、目の前で落とし穴を踏み抜いて、それに巻き込まれたんだけど」
俺の問いに答えてくれたのは、クラスメイトの女子だ。だが、彼女だけでなく別のパーティーの奴も、激しく同意するように頷いた。
「あっ、ウチらも!」
この場にいるのは、全部で九名と一匹。すなわち三チーム全てが、シャドウアサシンのドジっ子トラップ発動に巻き込まれたということになる。
あの落とし穴は、シャドウアサシンが踏むことも発動条件のセットになっている特殊なトラップなのだろうか?
その可能性もあるが、あの凶悪とされるシャドウアサシンが、実は集団でドジっ子属性を持っているのではないかという疑念を抱かざるを得なかった。
だが、いずれにせよ、ここにいつまでも留まっているわけにはいかない。しばらく情報交換をした後、俺たちは協力して出口を探すことにした。
「明日に向かって、ごー」
打ち切り漫画の最終回のようなことを言いながら音頭をとる穂に、当たり前のようにぞろぞろとついていく面々。クラスメイト達は、入学して僅かな期間のうちに、穂の奇抜な言動に順応してしまったらしい。
世の中には関わってはいけない変態がいると、社会に出る前に学べたのは良かったことなのだろう。このまま、彼らの思考回路が穂色に染まらなければ、という前提ではあるが。
「空気の流れが速くなってきたねー。こっちだよ」
柑奈が先頭を歩き、的確に案内をしてくれる。
斥候職は経験がモロに出ると聞いたことがある。専門の訓練を受けている彼女以上の斥候は、この場にはいないだろう。ひょっとすると、学年全体で見てもトップクラスの実力かもしれない。
それにしても、この階層は迷路のように複雑だ。
スマホでマッピングを行っているが、入り組んだ通路と似たような景色が続き、方向感覚が狂いそうになる。柑奈がいなかったら、間違いなく迷子になっていたと断言できる。
いくら歩いても、足元も天井も壁も、冷たい石で出来た無機質な光景が延々と続くというのは、精神的にかなりきつい。
「とうちゃ~く」
柑奈がそう口にしたのは、一時間ほど歩き続けた頃だった。
俺たちの目の前に現れたのは、上の階層へと続く石造りの階段。それが、ようやくこの変わり映えのしない灰色の世界が終わる証拠のように感じられて、俺は心の底からホッと息を吐いた。他のクラスメイト達も同じようで、張り詰めていた空気がふわりと緩んだ気がした。
「穂。魔法で階段にトラップがないか、確認してもらえる?」
心がすでに階段を昇り始めていたところに、柑奈の冷静な声が制止をかけた。いかん。完全に油断しまくっていた自分が恥ずかしい。
「魔法は必要ない。リーシャ、今こそ従魔の役目を全うするとき。この階段を、ゆっくり一歩ずつ歩いて上る」
「承知しましたです! さあ、ちびっこ魔法使いおめぇ様を抱えて盾にしながら上ってやるですよ!」
「却下」
こいつら、変な友情に目覚めていないか? 変態同士にしか理解できないシンパシーのようなものがあるのかもしれない。
「解析終了。トラップ一つだけ。リーシャ、七段目の出っ張った部分を、全力で踏み抜く」
「あそこに行くまで、歯を食いしばっておくです。お前様の頭を、七段目に叩きつけてトラップ解除してやるですから!」
リーシャと口喧嘩をしている間に、いつの間にか探知魔法を使っていたらしい。
「七段目以外は、おかしな所はないみたいだねー。じゃ、気をつけて行こっか」
穂とリーシャの漫才を華麗にスルーして、柑奈が先頭を切って階段を上り始める。俺だけでなく、他のクラスメイトたちも無言でそれに続く。今回の一件で、彼らも「穂とリーシャのやり取りにツッコミを入れたら疲れる」という真理を理解したに違いない。
階段を上る最中、穂がいらないことをするのではと警戒していたが、それは杞憂だった。
せいぜい、罠があるとされる七段目の怪しい石材をジッと見つめ、そのあとで俺の顔をチラチラと意味ありげに見ていただけだった。……幼馴染の勘としては、どうすればトラップを作動させずに、俺を驚かせて反応を楽しめるか、シミュレーションしていたのだと思う。しかし、いいアイデアが浮かばなかったのか、実行に移されることはなかった。
おい、リーシャ。お前は穂ほど頭が良くないんだから、トラップを興味津々な目でジッと見るのはやめろ。お前の場合、好奇心に負けて、考えなしでトラップを作動させそうで怖いんだよ。
「リーシャ、行くぞ」
リーシャの様子が危なっかしくて見ていられなくなり、俺は彼女の手を引くことにした。
「むっほーーーっ! 美の化身様との手繋ぎデートぉぉぉ!!」
案の定、変態が奇妙な叫びを上げて鼻血を噴いた。俺のメンタルはかき氷器にかけられたかのようにゴリゴリと削り取られていくが、トラップで面倒なことになるよりはマシだ。
「むぅー。幼馴染、優先。私をもっと大切にする」
「あー、はいはい」
反対側で穂がむくれたので、空いているもう片方の手を伸ばして、彼女の手も握ることにした。
「両手に花……とは、決定的に何かが違う気がするな」
「むしろ、真ん中が一番の大輪なんじゃないか?」
背後からクラスメイトたちのヒソヒソ話が聞こえてくるが、それはいつものことだ。今さら気にするようなメンタルは持ち合わせていない。
問題は俺のしていることだ。危険なダンジョンの中で、両手を女子と繋いで歩くなんて、こんなに油断していていいわけがない。だが、これは子守の一環、安全管理のための措置だと、自分に言い訳をしておくことにした。
階段は長かった。相当な深さまで落ちていたらしい。
この場にいるのは、全員で10人。なかなかの大所帯だ。しかし、あの性格の悪い学園のことだから、ここで安堵させておいて、出口直前で生徒同士の潰し合いを始めさせても不思議ではない。警戒をするに越したことはない。……などと考えてしまうのは、俺が疑心暗鬼になりすぎているせいだろうか。
本当、俺って冒険者に向いていないな。いくらなんでもネガティブすぎる。学園にいる間に、こういう場面でも冷静に警戒を続けられるように、メンタルを鍛えないとな。
「リーシャ。あの少し色の違う壁の部分、殴ってみる」
「ざけんなです。あからさまなトラップじゃねぇですか」
……いや、俺の警戒心が薄いんじゃなくて、コイツらの好奇心が旺盛すぎて危なっかしいだけなんじゃあ?
だめだ。仮にコイツらのせいだとしても、俺が油断をしていることに変わりはないんだ。警戒心を養わねば。などと思いながらも、釈然としない何かを感じつつ階段を上り切った。
「到~着~!」
柑奈が上機嫌にそう言いながら出た先には、広大な草原が広がっていた。
天井は見えず、空のような青い光が広がっている。少し前にリーシャがトラップを作動させて、ワープさせられた別のダンジョンを思い出す。あの時も、似たような草原に飛ばされたっけな。
「この辺りは、セーフティーポイントみたいだねー」
柑奈に言われ、スマホのアプリを確認すると、確かにセーフエリアであることを知らせていた。
セーフティーポイント。モンスターが出現せず、スキルの再設定なども行える休息地。あくまでモンスターが出ないだけなので、対人トラブルなどには注意が必要だが、それでもありがたい場所であることに変わりはない。
「コスプレは使わないからな」
俺は先手を打って、コスプレをして欲しそうにコチラを見ていたリーシャに釘を刺す。当然のごとくその隣で穂もコチラを見ていたが、相変わらずの眠たそうな眼からは感情を読み取れない。だが、長年の幼馴染としての勘が、コスプレを熱望していると告げていた。
「コスプレってなんだ?」
その時、自称モブキャラの水嶋 欽哉(実名・敬称略)が、いらん単語に反応しやがった。
「忘れろ」
俺は即答した。わざわざ自分の人生の汚点を広める義理はない。その疑問への回答を拒否する旨を、最大限の殺気を込めて、優しく親切に丁寧にお伝えさせて頂いた。
「えっ、俺の扱い、なんか酷くないか!?」
「いいか? 人には絶対に触れて欲しくない人生の汚点って言うものがあるんだ。お前の発言は、土足でそこに踏み込むものだ。もしも、この話をこれ以上続けるのなら、俺は黙っていても……こいつが黙っていないぞ。リーシャ」
「はいですっ! 美の化身様の嬉し恥ずかしい過去を暴こうとする輩は、地獄の果てまで追い詰めて排除しますです!」
リーシャがハサミをジャキジャキと鳴らす。コイツなら、俺の一言で、本当にぶん殴る程度のことはやってくれるだろう。
「ひぃっ! わ、悪かったよ! ……でもさ、ちょっと待てよ」
水嶋が怯えつつも、なぜか少し嬉しそうな、ニヤついた顔をしている。
「お前、まさか……リーシャちゃんの、その……」
なんだ? なんでコイツは顔を赤らめているんだ? まさかリーシャに惚れたのか? などと思っていたら、別の男子生徒が呆れたように教えてくれた。
「ああ、気にしなくていいぜ。水嶋のヤツ、重度の猫耳マニアでさ。スマホの中には猫耳の女の子のエロ画像が詰まってんだよ」
「バラすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ! っつぅか、なんで知ってんだよ!!」
水嶋が顔を真っ赤にして絶叫する。……リーシャ個人でなく、猫耳なら誰でもよかったのかよ。
それはともかく、貴重な青春を、こんな変態を相手にしたせいで台無しにするのは、俺一人で十分だと思って遠ざけようとしたが、それは杞憂だったようだ。
アイツの頭にある猫耳に見えるのは、ただの癖毛なんだが。ついでに言えば、今お前らの頭から生えているのは、ダンジョンの呪いによる本物の猫耳なんだが。それでもいいんだな?
「……もう話は終わったから、手を離してもいいんじゃないか?」
「ん、そうだねー」
穂の両耳を後ろから手で押さえて、エロ画像という単語を聞こえないようにしていた柑奈が手を離した。
「相変わらず過保護じゃないか?」
少し呆れながら、柑奈にそう訊ねてみる。
「んー、穂にはいつまでも純粋無垢でいて欲しいからねー」
「そうか……あれ、純粋な変態に育っているんじゃないかな?」
そもそもエロ画像という単語ごときで、アイツの何かが変わるとは思えないんだけど。知識としては知っているだろうし。
「あはは。それも含めて、穂が純粋っていうことだよ」
「ダメな方の純粋さだぞ、絶対」
柑奈は穂を、何か特殊な幼馴染フィルターを通して見ているせいで、現実が目に映っていないんじゃないだろうか?
「そうかもねー。でも、いいんじゃない? ちゃんと保護者がいるんだし」
柑奈が意味深に俺の方を見て、ニコリと笑う。
「……保護者って、まさか俺っていうことないよな? ないよな! なあっ!!」
俺を置いて、クスクスと笑いながら歩いていく柑奈。
あまりにも不吉すぎる言葉を残していきやがった。
だが、後になって冷静に考えてみたら、保護者だろうと何だろうと、俺がやっている苦労に変わりはないことに気付いて、俺は深く溜め息をついた。
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