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足手まといな俺(♂)ですが、スキルがお姫様だのアイドルだの言っています。ついでに幼馴染が全員戦闘狂です。  作者: 穂麦
三章

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【十九話】変態怖い

 シャドウアサシン(ダンジョンは自宅)が引っ掛かった罠。


 それは、古典的かつ王道である落とし穴であった。


 ダンジョンで住み込みの仕事をしているモンスターが、数歩踏み出した瞬間、足元の床が一気に崩れたのだ。


 そして、あろうことか。その崩落の範囲は、安全圏にいたはずの俺の足元にまで及んでいた。


「なんで、お前(ダンジョンの住人)が、自分の家のトラップに引っ掛かってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあかっ!」


 足場が失われ、宙に浮いた体が重力に引かれていく。


 同じく落下していくシャドウアサシンは、やはり困惑のオーラを醸し出している。


 ヒュオオオオオッという風切り音が耳元で鳴り響く。


 徐々に加速していく落下速度。


 まずい。非常にまずい。


 俺の体重と、装備品の重さ。対して、小柄で身軽そうなシャドウアサシン。


 空気抵抗の差なのか、あるいはヤツが風を操っているのか、落下速度の差でヤツとの位置関係が徐々に入れ替わり、シャドウアサシンが俺の上になりつつあった。


 このまま地面に激突すれば、俺がクッションになり、ヤツは無傷で助かるかもしれない。そんな最悪の未来予想図が脳裏をよぎる。


 だが、俺には頼れる仲間(ただし半分以上が変態)達がいた。


 風切り音と共に、上方から閃光のような速度で銀色の鞭が(はし)り、シャドウアサシンを襲う。


 柑奈の放ったマキナの鞭だ。鞭はヤツの体に巻き付くことはなく、強烈な一撃で叩き落とす! その衝撃で、敵の落下速度が一気に加速し、再び俺の下へと弾き出された。


「にゃっ、にゃにゃーーーーーんっ!!」


 さらに次の瞬間、物理法則を嘲笑うかのような光景が展開される。


 垂直に切り立った落とし穴の壁を、重力を無視して駆け下りてくる影があった。


 黒いゴスロリメイド服を翻し、猫耳をなびかせたリーシャだ。彼女は驚異的な身体能力で壁を走り、俺の横を一瞬で通り過ぎると、落下するシャドウアサシンの黒い包帯をむんずと掴んだ。


「邪魔ですぅぅぅぅっ!!」


 そして、遠心力を利用して、哀れなアサシンを穴の底の闇へと豪快にブン投げた――と同時に、空いた手で俺の身体をガシッと抱きとめる。


 ……え? この体勢は……。


「美の化身様、確保いたしましたです!」


 おい、やめろ。やめてくれ。


 年頃の男子高校生にとって、女子(しかも見た目は年下)にお姫様抱っこをされるというのは、男としてのメンタルがゴリゴリと削られる拷問なんだぞ!


 そんな俺の悲痛な叫びに気づくはずもなく、リーシャは俺をガッチリと抱きかかえたまま、ダンジョンの壁を「ニャッ、ニャッ」という気合の入った声と共に、次々に蹴りつけていく。


 壁を蹴った反動で、反対側の壁へと跳ぶ。


 さらに、「ニャニャッ!」「ニャニャン!」と、独特すぎる掛け声を上げながら、ピンボールのように壁から壁へと三角飛びを繰り返し、強引な方法で落下速度を殺していった。


 ぉ、おう。やっぱ元モンスターは違うな。


 この一瞬で、こんな力技の減速方法を思いつくなんて。


 初めて会った頃から、セクハラまがいの歪んだ忠誠心を持つただの変態コスプレ猫娘だとしか思ってなかったが、時々見せる戦闘能力だけは本物だと認めざるを得ない。嫉妬もしていないのに、なんでこんなに悔しいのだろう?断じて、お姫様抱っこされていることとは無関係だけどなっ!!


 そして――。


 羽根が舞い降りるような静けさで、リーシャは穴の底に着地する。俺をお姫様抱っこしたまま。


 身体への衝撃は皆無。俺を思いやる優しさに満ちた、完璧な着地だ。


 ただし、完全無欠のお姫様扱いに、俺の男としてのプライドは致命的なダメージを受けているけどな!


「……………………むふっ♪」


 お姫様抱っこされたまま、至近距離で見上げるリーシャの顔。


 そこには、恍惚の表情があった。


 助けてくれたことには心から感謝する。だが、鼻血をツーッと垂れ流したまま、俺の顔を見て悦に浸るのはやめてほしい。そう願うのは、贅沢なことなのだろうか?


「……助かったよ。ありがとう、リーシャ。で、とりあえず、降ろしてもらっていいか?」


 俺を抱いたまま微動だにせず、ひたすら鼻血を流し続けるリーシャに、恐る恐る伝えてみる。


「……………………」


 しかし、リーシャからの反応はない。


 流れたのは数秒程度だと思う。だが俺にとっては、永遠にも似た時間だった。


 変態の腕の中に拘束されているという事実は、俺の貞操観念が少しずつ、しかし確実に侵食されていくような、言いようのないおぞましさを伴っていたからだ。


「なぁ、リーシャ? 聞こえてるか? 降ろして……くれ……ませんか?」


 感謝の気持ちが燃え尽き、代わりに本能的な恐怖心が燃え上がり始め、つい敬語になってしまった。心臓の鼓動が、恐怖と羞恥とその他諸々の感情で早鐘を打ち始めた頃、ようやくリーシャは名残惜しそうに身じろぎをした。


「……この手に染み込む温もりと、どの花よりも芳しい香りは名残惜しいですが……致し方ありませんです」


 そんな変態的な台詞を吐き捨て、彼女は渋々と俺を地面に降ろした。


 おかげで俺の心の深い部分に、トラウマの種が植え付けられた気がする。


「慧。無事そう。なにより」


 そんなタイミングで、頭上から間の抜けた声が降ってきた。


 見上げれば、穂が自分の杖に腰かけ、フワフワと優雅に落とし穴を降りてくるところだった。


 字面だけ見れば、魔法少女が杖で空を飛んでいるように思えるだろう。だが現実はもっとシュールだ。


 普段から浮いている、彼女の使い魔である三匹の猫たちが、必死の形相で杖の端を掴み、落下スピードを殺しているのだ。使い魔たちの健気な献身が涙を誘う。


「…………………………」


 しかし、今の俺にそれをツッ込む精神的余裕はない。


 落下の恐怖と、リーシャによる精神攻撃で、俺のSAN値は限りなくゼロに近かったからだ。いや、むしろ今となっては落下の衝撃よりも、リーシャの変態的な言動を聞かされながら抱きかかえられていた事実の方が、ダメージの九割を占めていると言っても過言ではない。


「あはは。二人とも、ずいぶん仲良くなったよねー」


 音もなく俺の背後から現れたのは、柑奈だった。


 コイツ、ずっと気配を消して、上から俺とリーシャのやり取りをニヤニヤしながら見ていたな? 変態の魔の手からすぐに助けてくれなかった恨みは、忘れないからな。


「……柑奈、見殺しにしたな?」


「人聞きが悪いなー。二人の愛の時間を邪魔しちゃ悪いと思って」


 ぉ、お前、よりにもよって、この変態(リーシャ)と愛の時間だと……?


「慧が恨めしそうな目をしても、小動物が威嚇してるみたいでカワイイだけだよ」


「くっ……!」


 これまでの人生経験上、その言葉に反論しても無駄だということは痛いほど分かっている。その事実が、何よりも悔しい。


「慧。すまいる。その笑顔が私を元気にする」


「……さて、行くか」


 穂の戯言を聞いたら一気に先程の怒りなどどうでもいいと感じられた。このストレス要因に比べれば、柑奈の件は些細なことだったな。


「それにしても……ここ、地図には描いてなかったよな。学園のじゃなくてネットで調べた方の」


「そうだねー。さっきの落とし穴もだけど、こんな広い空間があるなんていう情報も、なかったよ」


 柑奈が周囲を見回しながら言う。


 落とし穴の底は、意外にも広々とした通路になっていた。湿気てはいるが、空気は流れている。


 少なくとも、学園から渡されたあの胡散臭い資料には、この階層の情報は一切記載されていなかった。まあ、あの資料に対する信用度は、最初からマイナスだが。


「強制ロストする……のは、無しだよな」


 強制ロスト。ゲームで言うところのリセット、あるいはデスルーラのようなものだ。S2Wは異世界に仮の体を作っているようなものだが、ゲームではない。それでも、このアバター()は本体ではないのだから、あえて体を破壊して死亡することで元の世界には戻れる。


「それやっちゃったら、実習の評価が大幅マイナスになっちゃうよ。それに、せっかくだから、この隠し階層を調べた方がいいと思う。本当に未記録のエリアなら、マッピングするだけでもプラス評価になるだろうから」


「そう、だよな」


 柑奈の提案は、リスクが少なくメリットが大きいように感じる。この階層にどんな危険があっても、最悪アバターをロストするだけだ。現実の体には影響はないのだから。


 逆に、ここで諦めて帰ったら、成績評価にマイナスがつき、その後でウネちゃんから笑顔の説教をくらい、補講を受けさせられ……考えてみれば、そっちの方がリスクが甚大だ。一部の男子にはご褒美かもしれないが。


「それは、ともかくとして」


 俺は視線を、部屋の隅へと向ける。


 そうだ。そもそも、全部コイツが原因でこんな状況になったんだ。そう考えると、俺の声色は自然と低く、ドスの利いたものになった。


「リーシャ。……楽にしてやれ」


「はいです」


 俺の視線の先には、壁に叩きつけられ、虫の息となっているシャドウアサシンがいた。


 穂は、俺の意図を汲んでか、あるいは単に面倒だったのか、無表情のままリーシャにゴーサインを出した。見た目が完全なお子様なコイツがやると、マフィアのボスごっこをしているようにしか見えないな。


「にゃふふーん♪」


 ピクピクと痙攣しているシャドウアサシンを踏みつけて固定すると、首元にハサミ状に組んだ双剣を添える。


 リーシャに、慈悲は存在しない。一切の戸惑いもなく、ジャキッ! とハサミを閉じた。


 ……こういう時のリーシャって、無駄にイキイキしてるよな。


 元モンスターとしての狩猟本能だろうか。野生をどこかに置き忘れてきたと思っていたが、どうやらティースプーン一杯分くらいは残っていたらしい。それも、俺への変態性(忠誠心)に上書きされて、消えつつある気がしなくもないが。


「慧。スプライトの回収、お願い」


「おう」


 柑奈の指示でスマホを取り出し、霧散したシャドウアサシンの残骸から立ち上る、キラキラと光るスプライトを撮影・回収する。


 さすがは中ボスクラスのモンスターだ。スプライトの輝きが違う。


 榎本慎モデルの限定生産されたプロ仕様機を買ってちょっと寂しくなった俺の財布を、こいつは少し潤してくれるに違いない。


「慧。顔がえろい」


「金の魅力に心奪われてるだけだ。変態的な形容詞をつけるな」


 穂の言葉に即座に反論するが、我ながら否定しきれない部分があるのも事実だ。金は命より重い──まではいかないが、高校生の財布には直結する重大事項だ。


「あははは。慧が守銭奴キャラになっちゃうのは、それはそれで問題だと思うよ?」


「慧が守銭奴になったら、たくさんの人が貢ぐ。よって、慧、りっちになる。はーれむ出来上がり」


 柑奈が苦笑する。やはりこのパーティーの良心は柑奈だけだ。穂やリーシャという変態ツートップとつるむことが多いせいか、時々自分の感覚がヤツらに毒されていないか心配になることもあるが、柑奈がいる限り、俺はまだ常識人の枠に踏みとどまっていられる気がする。


 それと後回しになったが穂、俺のおかしな未来を予想しないでくれ。


「それで、慧。どうする?」


「とりあえず、強制ロストは最終手段として保留だ。まずはこの階層を少し調べて、出口を探してみよう。出口が見つからなかったら、その時にまた考えればいい」


「うん、それがベストだろうね」


「大船に乗ったつもりでごおー」


 方針が決まった所で、柑奈を先頭に探索を再開する。


 俺はもちろん、隊列の中央。前を柑奈と穂、後ろをリーシャに守られるという、完全なお姫様シフトだ。


 いっそのこと料理でも覚えて、少しでもパーティーの役に立とうか? 料理ができる男はモテるって言うし……いや、ダメだ。今の俺が料理の腕を上げても、「さすが慧ちゃん! いいお嫁さんになれるね!」などと、花嫁修業扱いされるのがオチだ。間違いなく自殺行為である。


 そんな不毛な葛藤を抱えながら、俺は彼女たちの背中を追う。


 だが、リーシャよ。


 さっきから、ずっと背後からネタッとした熱視線を感じるのだが、本当にやめてもらえないだろうか。


 変態に背後を取られるというのが、これほどまでに心が休まらないものだったとは。知りたくなかったよ、こんなスリル。


「……風の流れがあるね。この先に、どこか別の場所へ繋がる出口があると思うよ」


 しばらく歩いたところで足を止めた、柑奈の声は確信に満ちていた。


 斥候職としてのスキルか、あるいは彼女の勘か。あの鬼師匠に悲鳴を上げるほど叩き込まれている彼女が言うなら、間違いないだろう。


「そっか。でも、やけにモンスターが出てこないな」


 俺は周囲を警戒しながら呟く。


 落とし穴に落ちてから、それなりの距離を歩いているが、モンスターの気配が全くない。上の階層ではあれだけ頻繁に出ていたのに、ここは不気味なほど静かだ。


「ぷぷぷ。そんな事も知らないんだ? 素人乙(棒読み)」


「……お前、それ気に入ったのか?」


 穂が、さっき俺が脳内で妄想した釣り目美少女のセリフを、なぜか的確に再現して煽ってくる。


「ご飯三杯はいける」


「そうか。気に入ったんならいいけど、代わりに、『さす慧』の方は忘れてくれないかな」


「無理。さす慧はご飯の友。よって永遠のロマン」


 わけの分からない例えだ。しかし、こういう常人には理解不能な変人言語を口にする時の穂は、割と本気で執着している時だから注意が必要だ。きっと、今後も隙あらば、さす慧を使ってくるに違いない。


「……しっ。人の声が聞こえる」


 さらに奥へと進んだところで、不意に柑奈が足を止め、鋭い声で警告した。


 俺たちは一斉に足を止め、耳を澄ませる。


 だが、俺には何も聞こえない。静寂の中に、ただ風の音が微かに響いているだけだ。これも、ステータスの差なのだろうか。少なくとも、俺に柑奈の聴覚を疑う理由はない。むしろ、柑奈を疑うくらいなら、自分の耳を疑った方がよっぽど建設的だ。


「静寂の中に揺らぐ空気が、沈黙という名の残響を運んでいる……」


「俺と同じで何も聞こえてないヤツがいて安心したよ」


「うむ」


 などと、穂の厨二病的(詩的)な戯言に慰められつつ、俺たちは慎重に、柑奈が指し示した方向へと足を進める。


 その間も、背後に感じるリーシャからのねっとりとした視線が気になって、俺の背中は冷や汗でぐっしょりだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


面白い、続きが気になると思っていただけた方へ。


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