【15話】聖女様の微笑んだ理由を聞くのはやめておけ
S2Wでのダンジョン研修。
前回、宗侍に学園は意地が悪いことを教えられた俺は、情報を集めることにした。
まぁ、S2Wと違って現実のダンジョンだと、命に関わることもあるのだから、与えられた情報を鵜呑みにしないよう、今から学生を鍛えておくっていうのも分かるんだけどさ。それでも、その方針を一切公表しない辺り、底意地の悪さを感じるのは、気のせいだろうか?
などと無意味なことを考えながら、街中を歩く。今、俺と穂、そして柑奈の三人は、一学年上の幼馴染のもとへと向かっていた。
ここはS2W内に作られた街。様々な娯楽施設が揃っており、リアルよりもよっぽど発展している。
待ち合わせ場所に指定されたのは、S2Wの学生街エリアにある喫茶店の一つ。
蔦の絡まる赤レンガの壁、ガス灯を模した温かみのあるランプ、そしてカランコロンと心地よい音を立てるアンティークなドアベル。古き良き時代を再現したという話に偽りはない──とは、柑奈の談。
店内は、磨き上げられたダークブラウンの木材で統一されている。壁にはセピア色の風景画が飾られ、棚には年季の入ったコーヒーミルやサイフォンが並んでいた。客層は様々で、俺たちと同じ耀星学園の制服を着た生徒たちもいれば、明らかに堅気ではない雰囲気の大人たち──彼らは冒険者だろうか?そういうことにしておこう。少なくとも、静かにコーヒーを飲んでいる間は問題はないはずだ。
量子を用いた異世界というべきS2Wの空間。完全なオーバーテクノロジーであり、未だにその原理は解明されていないとか。こういった技術は、他にも存在しているが、流れ星が世界を破壊し尽くしたとされる災厄の日の前後に突然、現れた物が多いらしい。
要するに、S2Wはよく分からん世界だっていうことだ。
この店の中を満たす豆を挽く香ばしい匂いや、ときおり響く食器の触れ合う微かな音は、現実といっていいものなのは分かる。だが、俺らの本体がある世界と全く同じ現実であると言えるのだろうか?そんな哲学的な話を、なんかの本で読んだことがある。
頭のいい人が、そんなことを語っているほどだ。俺ごときお子様がS2Wがなんたるかなど分かるはずもない。とりあえず俺は、この喫茶店の雰囲気がいいって分かる程度で十分だろう。
しばらく店を見回すと、目当ての人物を見つけて、彼女が座る窓際のテーブル席へと向かった。
「ふふふ。こうやって女の子だけ集まって、ゆっくりお茶をするのも久しぶりね」
聖女のごとき慈悲深い笑顔を浮かべながらそう告げたのは、双月 綾芽――俺たちがアヤ姉と慕う、一個上の幼馴染の一人だ。
緩やかにウェーブのかかった栗色の髪、優しげに細められた瞳、そして常に絶やさない穏やかな微笑み。その見た目から、聖女と呼ぶヤツがいるほど慈愛に満ちている。
だが、その見た目に騙されてはいけない。この人は、戦闘となれば「そ~れ」とか「えいっ」とか、どこか気の抜けた掛け声を口にしながら、身の丈ほどもある巨大な戦鎚を軽々と振り回し、モンスターを文字通りミンチ肉へと変貌させる、恐るべき御方なのだから。
それはそうと、今、彼女の発言に明確な事実誤認があったのを、俺の耳は聞き逃さなかった。
「――訂正させてもらうけど、アヤ姉、ここには女の子だけでなく、正真正銘、男の俺も混ざってるから」
「あら、うふふ。慧君なら、男か女かなんて、そんな些細なことは問題にならないじゃない」
「いや、生物学的に見ても、社会通念的に見ても、まったく些細な問題じゃないはずだけど……」
さも、それが当然であるかのような穏やかな物言いに、一瞬、俺の方が間違っているのではないかという疑問を抱かされた。だが、俺は正しいはずだ。正論だよな? ……たぶん。
「大丈夫。慧は女の子になってもいける」
「色々と問題のある発言はやめような」
いつも通りの、穂のきわどい発言にすかさずツッコミを入れておくのを忘れてはいけない。放置すると、話がとんでもない方向に飛躍するのが目に見えているからだ。
「需要は十分にありそうだけど……。それはさておき、本題に入りましょうか。LV2のダンジョン研修についてよね?」
俺にとっては、軽く受け流していい話では断じてないのだが。しかし、穂の暴走がこれ以上発展すれば、俺に害こそあれ益はないのだ。このまま問題の個所はスルーするのが最善手だ。
「そうねー。確かに私たちの学年も、同じ研修を受けたわ。でも、学園が研修用に指定しているLV2のダンジョンは、毎年いくつか候補があって、その中からランダムで選ばれるの。だから、あなたたちがこれから行くダンジョンと、私たちが行ったダンジョンは、全く同じとは限らないかもしれないけど……それでもいいかしら?」
「うん、まったく問題ないよ! 私たちが知りたいのは、具体的なダンジョンの攻略法っていうより、持ち物の準備とか……あと、学園が資料に書いていないことだから」
「ふふふ。なるほど、そういうことね」
柑奈の言葉に、アヤ姉は穏やかな笑みを浮かべる。運ばれてきた紅茶を一口、上品に口に含む。こういうシーンだけを見たヤツが、双月先輩は聖女だ~とか言って熱を上げるんだよな。そいつらには、ぜひともアヤ姉が巨大ハンマーでモンスターの頭蓋を豪快に粉砕する姿を、特等席でお見せして差し上げたいところだ──まあ、アレを目の当たりにしても、別の方向で熱狂するヤツがいそうだという恐さはあるが。
それにしても、アヤ姉、そのケーキ何個目だ?いくらS2W内はアバターだから、元の身体に戻れば太らないからって、さすがに限度があると思うんだけど。
あっ、アヤ姉と目が合った。何も言うなっていうことですね。はい、分かりました。
「そうねぇ……。まず、学園の意図の方から話しましょうか。あなたたち、学園の研修用に配布された資料は、もう目を通したかしら? あれね、古い情報なの」
「えっ……。あぁ、情報が古くて状況が変わったとか、そんな感じ?」
アヤ姉の言葉の真意を、俺は即座に理解した。確かに、学園ならその位はやりそうだ。少なくとも探索者協会で働く、父さんなら同じことをやる。そして笑って訓練生に上から目線で説教している姿が思い浮かんで、少しイラッとはしたが。
「あら、慧君は相変わらず、頭の回転が速いのね。いい子、いい子」
クスクスと楽しそうに笑いながら、アヤ姉はテーブル越しに身を乗り出し、俺の頭を優しく撫でた。間違いなく、聖女的な清楚な雰囲気のお姉さんに、弟のように甘やかされている構図。普通の男子高校生がこんな扱いを受ければ、周囲の男たちから嫉妬の視線を一身に浴びるはずなんだが──少し周りを見渡すと、やはりというか、他の客たちは恍惚とした表情でこちらを見ているだけだ。聖女様とか天使様とか聞こえている。いつものことで慣れてはいる、でもな──
「穂、写メ禁止な」
連写はもっとだめだからな。俺らに向けたスマホは下ろしなさい。
「たくさんの人と感動を共有したい」
「心にも無いことを言うのはやめておこうな」
「おっけー」
やる気のなさそうな声で了承すると、そのままスマホをしまう穂。やはり、じゃれてきただけだったか。まぁ、いつものことだ。俺は構わずアヤ姉と話を続けようとしたが、その主導権は穂に奪われた。
「つまり、学園が配布した資料には、あえて情報が欠けている部分があったり、あるいは意図的に間違った情報が含まれていたりする可能性がある。この認識で、おーけー?」
なんで、これまでの流れで、お前が話の続きを受け持つんだ?
「ええ。その通りよ。さすが穂ちゃんね。重要な情報は、必ず自分たちで裏付けをとりなさいって、教官からそんな有難いお説教を受けていた子がたくさんいたわねー。うふふふ」
アヤ姉は昔を懐かしむような、本当に楽しそうな、本当にいい笑顔を見せている。この表情を見た野郎共は、また色々と勘違いして、聖女扱いを加速させるんだよな──笑顔の理由に気付くこともなく。
「アヤ姉、ご満悦」
「あら、なんのことかしら? うふふ」
穂のストレートな指摘に、アヤ姉は可愛らしくとぼけてみせる。だが、当時のことを鮮明に思い出しているのか、これまで以上にその笑顔が輝きを増しているのを、長年の付き合いである俺たちが見逃すことはない。これは絶対に、あのときの教官に論破されて半泣きになっていた生徒たちの姿を思い出しているな。
しかし俺たちが何かを告げることはない。穂はいつの間にか注文した紅茶を黙って飲み続け、柑奈は苦笑いを浮かべるばかり。俺もまた、これ以上のアレコレを言う気はない。例えケーキが追加でやってこようとも。
俺の男としての本能が、アヤ姉の心情をこれ以上深く追求してはいけないと、強く告げているのだ……そっか、俺に男としての危機管理本能が残っていたんだな。いつも可愛いと言われていたせいか、男の本能的なエトセトラが消失しているのかと少し不安になっていたが、本当によかった。
「アヤ姉がご機嫌なら、それでいい。話の続き、聞きたい」
「ええ。そうね」
穂の言葉に、アヤ姉は微笑みながら頷く。
「研修の資料、あるかしら」
「ちょっと待って。スマホにデータを入れてあるから」
俺はスマホを取り出すと、学園から配布された研修資料の画像を表示させる。
「あら、慧君。そのスマホ、もしかして……」
と、話の途中でアヤ姉が資料ではなく、俺のスマホそのものに意識を向けた。来た来た! なんなんだろうなー(白々しい)スマホの何が気になるんだろうなー。
「これ、榎本 慎モデルの、限定生産されたプロ仕様機ね。慧君、よく見つけたわね」
やっぱ有名モデルなだけある、アピールしなくても気付くなんて!
俺は、内心でガッツポーズをとりながら、少しだけ目を輝かせて答える。
「アヤ姉、わかるんだ! そっかー、やっぱりわかる人にはわかるんだなー。ふふふ、実は最近、ちょっとした臨時収入があって、それで思い切って買っちゃったんだ」
この時、俺が浮かべていた笑顔は、きっと最高に嬉しそうな子供の顔をしていただろう。自分でも分かる。でも、いいんだ。だって本当に嬉しいんだから。
「まあ、本当。慧君って、そういうところ、本当に可愛いわねー」
アヤ姉が慈母のような微笑みで俺の頭を撫でる。
「同意。慧の嬉しそうな顔、ぷらいすれす」
穂も、どこか満足げに頷いている。
アヤ姉と穂が、またしても聞き慣れたセリフを口にしているが、それはもはや毎度のことだ。俺は軽く受け流し、自分のスマホを手に取って、その魅力を熱く語り始めた。
「これ、中古の型落ちモデルなんだけど、今でも名機として専門誌で特集が組まれるほどの逸品でさ! 特に、この深淵センサーっていうのがすごくて――」
ダンジョン内の暗闇でも、ノイズを極限まで抑えて撮影できるんだとか、高速で動くモンスターさえブレずに捉える刹那フォーカスだとか、防水・防塵・耐衝撃の金剛ボディだとか、ひとしきり熱く語った。
アヤ姉は相槌を打ちながら優しく聞いてくれて、穂は眠そうな目のまま「おお」と呟き、柑奈は「慧、楽しそうだねー」と笑っている。
聞き流しているだけって言うことはないよな?
ちょっと心配にはなったが、せっかくの自慢タイムなのだ。そのまま自慢話を続けさせてもらう。
その後、俺たちはアヤ姉から、去年の研修で実際に起こったトラブルの事例や、注意すべきモンスターの種類、そして資料の嘘を見抜くためのヒントなんかを、一時間以上にわたって詳しく教えてもらった。
やはり、経験者の言葉には重みがある。宗侍の言う通り、事前に話を聞きに来て、本当に正解だった。
有益な情報交換を終え、俺たちはすっかり満足して席を立つ。一方でアヤ姉は、この後まだ別の用事があるらしく、もうしばらく喫茶店内にいるとのことだった。
「それじゃあ、研修、頑張ってね。あなたたちなら、きっと大丈夫よ」
最後にそう言って微笑むアヤ姉は、やはりどこからどう見ても聖女だった──見た目だけはな。
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