【第一話】「職業:足手まとい」って悪口じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!
130年前、地球に流れ星が降り注いで焼き払われた。
文明はその災厄によって大きく後退した──そんな風に学校の授業で習った。
だが、それは遠い昔の話。
今の地球は、当時の記録を遥かに凌駕する文明レベルを取り戻している。
星の雨が降る前と後で、世界が変わった点はいくつもあるとは思う。
その中で、一番大きな違いは”ダンジョン”の存在──これも学校の授業で習った。
130年前にはダンジョンが存在しなかったらしいが、今はダンジョンは珍しいものではない。
子供の遊び場とは言わないが、一定の年齢と条件を満たせば、未成年でも立ち入ることが許されているほど身近な存在だ。
命の危険がある場所に子供を行かせるのは、どうかと思いはする。
だが、それがこの世界のルールなのだから仕方がない──俺と関係なければ、そう割り切れたんだけどなーーー(泣)
『俺達でトップの冒険者になろうぜ』
幼馴染たちと、そう誓い合ってしまったのだ。
えっ?マジか?!と、思いはしたが、断れる空気じゃなかったから、俺も流されるままに誓ってしまった。そのツケが、今になって支払わされようとしている。
「いよいよだな、慧」
石柱の前に立ち、感慨深げに呟いたのは幼馴染の宗侍だ。
その両目は、獲物を仕留める捕食者のようにギラついている。
初対面の人が見たら、”え、どっかの事務所に特攻でもするの!?”と思って、警察に通報するレベルだろう。
あ、そこの通りすがりのお姉さん。彼はただ、仲間とダンジョンに入れる喜びを噛み締めているだけですから、スマホはしまってください。
「早く行こうよ! やっと慧も一緒に入れるようになったんだし!」
宗侍に元気よく声をかけたのは柑奈。
彼女を見ていると”快活”という言葉が頭に浮かぶ。
柑奈の言葉に頷きながら、他の幼馴染たちもダンジョンの入り口にある石柱の前でスマホを取り出した。このスマホの専用アプリを使うことで、ダンジョン内部へと転移できるのだ。
俺を含めた六人の幼馴染。
3人は年上であったため、すでにダンジョンデビューを済ませている。
だが俺を含む残り3人は、先日になってようやくダンジョンに入る許可が降りたばかりだ。
ああ、結局、最後まで流されたまま、ダンジョンデビューするはめになってしまった。
”怖いから行きたくない”って言えなかったな……。
「「3……2……1……」」
全員がアプリを起動させる。
そして同時にダンジョンへ入るために、声を合わせてカウントし始めた。
希望に満ちた目をする幼馴染達の隣で、俺の瞳だけが後悔の色に染まっていたに違いない。
だが、もう後戻りはできない。泣きたい。
「……0」
観念してスマホのアプリを起動した瞬間、視界の景色ががらりと変わった。
話に聞いていた通りだ。
周囲を見回すと、目に入ってきたのは色とりどりの花々。
ただ咲いているだけでなく、人が丹精込めて手入れしたかのような花壇がどこまでも続いている。
その先には、陽光を受けて輝く白亜の城。
明らかに人の手が加えられた空間。
だが、これが自然に現れるのがダンジョンという場所だ。
「職業教えて」
俺よりも一回り小柄な穂が尋ねてきた。
彼女は物静かな雰囲気だが、コンビニのレジに立つと売上が二割増しになると言われるほどの美少女だ。
ダンジョンに入ると、自動的にスマホの専用アプリに職業が登録される。
本来は探索者協会という場所で登録するらしい。だが、一部の人間はダンジョンに入った方が早いので、こちらを利用すると聞いた事がある。
自分のスマホアプリを確認すると、他の幼馴染たちも、俺の画面を覗き込んできた。
俺のスマホには、プライバシーの概念は存在しないらしい。
ん?
見間違いかと思った。
目を擦って再度見ても、残念なことに画面の表示は変わらない。
画面には────
▼▼▼
職業:足手まとい(LV1)。説明:足手まといさんをダンジョンに連れて行くなんてとんでもない!ですが、そんな彼女を守る労力は良い訓練になります。
▲▲▲
悪口じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!
えっ、マジか!?
職業には、後から変えられるものと、一生固定のものがあるって聞いたぞ?
下手をすると、俺は一生”足手まとい”なんていう不名誉な職業を背負って生きる羽目になるんだけど?
これ、どうすれば、え、ぇぇ。
いや、それはそれで大問題でツッコミどころなんだけど、他にもあるんだよ、職業名の下に書かれたスキル名とか──。
▼▼▼
スキル:守ってあげたいタ・イ・プ
▲▲▲
そのスキル名をタップして説明を見る。
すると、”守りがいのある可憐過ぎる外見に、あなたを磨きあげます”と。
「ほうほう、これが慧の美貌の秘訣だったか」
穂、美貌の秘訣とか言うな。
その美貌とやらのせいで、散々な目にあってきたんだからな。
幼稚園、小学校、中学校と、男からラブレターを毎日送られ。
勇気を出して女子に告白したら、「慧君と並んで歩くと、自分が引き立て役になるのが辛いから」と断られ。
親戚のお姉さんたちから、お古の可愛い服を着せられて、そのいい匂いに少し興奮したり──全部、このスキルのせいだったのか!?
なかなかショッキングな表示に驚愕しながらも、再びスマホの画面に意識を向けると、さらに別の不自然な点に気が付いた。
説明:ダンジョンに足手まといさんを連れていくなんてとんでもない。でも、そんな彼女を守る労力は良い訓練になります。
彼女? 俺、男ですが?
もしかして、この見た目ってスキルのせいじゃなくて、アプリの方が俺の性別を勘違いして──いや、そんなはずはない。この見た目は絶対にスキルの影響だ。
一瞬、恐ろしい事実に想いが至りそうになったが、それは忘れることにする。
色々とツッコミどころが多すぎる職業だが、一つだけプラスの側面がある。
それは、これなら、パーティーを抜ける理由になるということだ!
もはや存在自体が悪口のような職業名だが、命の危険を冒さなくて済むと考えれば、かろうじてプラス……いや、やっぱり大幅なマイナスだな、うん。
それでも、このパーティーを抜ける口実になるという利点を使わなければ、俺が失ったもの(男達から毎日送られたラブレター、女子の自分よりも可愛い男と歩きたくないという言葉、服を着せられて少し興奮した)があまりにも多すぎる。
このままでは、損しただけで終わってしまうのだ。
「他のスキルはどんな感じ?」
俺に抱きついてきた柑奈が、勝手に俺のスマホを操作し始めた。
お嬢さん、俺のスマホにもプライバシーを頂けないかな?
いやいや、冗談を言っている暇などなかった。変な発見がある前に、パーティーを断らなければ。
「この職業じゃ、冒険は「すごい。慧がいれば私たち、本当にトップにだってなれるよっ!」
パーティー離脱を宣言しようとした俺の言葉を、柑奈の明るい声が遮った。
なんで不遇をフォローされるどころか、トップになる鍵あつかいされてんの?
いや、変な何かを発見されたというのは分かるんだが。
それが予想をはるかに凌ぐ超特大の爆弾である気がしてならない。
そう思い、幼馴染たちの視線が集まる俺のスマホ画面を再度確認する。
悪口にしか見えない職業名と、俺の人生に悲劇を運び続けたスキルの名前があり──その下を見ようとした瞬間、体の緊張で目が止まってしまった。
絶対に見てはいけないと、本能が悲鳴を上げている。
これを見てしまったら、俺は何か大切なものを失う、と。
だが、知らずにいたらもっと面倒くさいことになるという直感に覚悟を決めて、スキル:守ってあげたいタ・イ・プの下に目を向けた。
そこには──
▼▼▼
スキル:絶対無敵なアイドル:パーティーを組むとデバフ+経験値アップ(設定したデバフの数だけ効果アップ)
スキル:だってお姫様なんだもん:パーティーを組むと状態異常+ボーナスドロップ(設定した状態異常の数だけアイテムの取得率&レア度がアップ)、
▲▲▲
──あっ、これ、抜けられねぇわ。
スキル名が微妙にイラっとするが、デメリット付きとはいえ優秀すぎるスキルが並んでいた。
「慧、スキルの設定をしたら、ちょっと狩りに行こうぜ」
命のやりとりを、近所のコンビニにスナック菓子を買いに行くような感覚で言わないで欲しんだけどな。
それに目が血走って、”殺人犯”から、”殺人鬼”に目付きがLVUPしていまっせ宗侍君。
これは、今の段階でパーティーを抜けるのは無理そうだ。
素直にスキルを使うことにしよう。
とりあえず、スマホを操作してスキル設定画面を開く。
選択肢は2つしかない。
▼▼▼
絶対無敵アイドル:-ST10%/+EXP10%(ステータス10%ダウン / 経験値10%アップ)
だってお姫様なんだもん:鈍重付与/+A10%(動きの鈍化 / アイテムドロップ率&レア度10%アップ)
▲▲▲
今は、これらのONかOFFに切り替えられるだけのようだ。
職業レベルが上がれば、スキルレベルも上がると思うが、それは”足手まといLV2”とか表記されるんだろうな……いっそう馬鹿にされている感が増す気がする。
とりあえず、どちらもONにしておくか。
効果はまだ低いだろうけど、倒したモンスターの数が増えれば大きな違いになるはずだ。
そんなことを考えながら次のエリアに向かう。
さっそく、穂が躊躇なく炎で痩せ細った緑色のモンスターを火だるまにする。
続いて宗侍がモンスターの首を文字通りへし折り、柑奈が鼻歌交じりでモンスターにナイフを何度も突き立てる。
さらにそ?れっとゆるい掛け声と共に鋼鉄のハンマーを振り下ろしてモンスターを赤い染みに変えている”ゆるふわ風お姉さん”に、大笑いしながらシールドでモンスターを轢き逃げしている大柄な少年。
──幼馴染達のあまりものサイコパスぶりに、お兄さんドン引きです。