思いつきの効能
ふと、クラウドストレージについて気づいてしまいました。
陽菜は、いつものように小説のコーナーを物色していた。ふと、あまり手入れのされていない書架に目が止まり、近づいてみると、そこには見慣れない古書が置かれていた。埃をかぶった表紙には、幾何学模様のような奇妙な文字が刻まれていた。興味を惹かれ、本を手に取ると、ページをめくるたびに、背中にぞくっとするような感覚が走った。
「静電気。もしくは、多い日も安心」
自分に言い聞かせる。
陽菜は、古書に書かれた奇妙な文字を解読しようと、図書館の地下書庫へと足を運んだ。埃まみれの書棚をひっくり返し、
「ファッツ? ホワイ?」
古文書や辞書を片っ端から調べ上げる。
「あんたねぇ。あたしじゃないと通報されるからね?」
陽菜が、挙動不審に地下に向かうのを見かけた夏海は、こっそり後をつけていた。
「夏海ちゃ~ん。勝手に体が動くのぉ」
陽菜は涙目に救いを求め、
「うん。怪奇だね」
「今日は、多い日も安心じゃないのにぃ~」
陽菜はギャン泣き。しかし、その文字は、いかなる言語にも当てはまらないようだった。
途方に暮れていた時、ふと、古書のページの端に、小さな絵が目に入った。それは、図書館の図面の一部のように見えた。
「もしかして、この本は、図書館のどこかに隠された宝物を示しているのかも?」
陽菜は、図面を頼りに図書館内を探し始める。古書の記述と照らし合わせながら、一つ一つの書架や装飾品を丹念に調べていく。ここで夏海、吐息をひとつ、
「いっ痛ぁ~ッ!」
陽菜の頭に、強めの手刀を叩きこみ、
「ないわよ。そんなん」
ジト目を貼りつけ、陽菜を呪縛から解き放つ。
「ちぇー」
陽菜は口を尖らせる。が、
「あ、普通に話せる」
呪縛が解けたようだ。
「で、どうしたのよ? それ、どこの本? ウチのじゃないわよ」
夏海が、陽菜の持つ本を尋ねると、
「いつもの小説書架の近くに…」
「ま、マジかぁ~?」
チャー、と夏海は嘆息する。キョトンとする陽菜は困惑。
「どゆこと? てか、戻ろうよぉ~。怪奇は嫌だよぉ~」
陽菜は動けない。気がつけば腰が抜けている。夏海、また嘆息し、
「わかった。わかった」
陽菜を連れて地下を後にした。
★ ☆ ◇ ☆ ★
「この図書館には秘密があるの。古書の君の件で、わかったと思うけど…」
夏海は、淡々と語り始める。陽菜は、手刀を繰り出さない。怪奇を二度も味わえば、与太話の類いでないのはわかるから。
事務室に職員は、夏海だけ。でも、利用者は疎らだが、他にもいる。陽菜は、ゴクリと唾を飲み込み、目で先を促す。
「時代の狭間の叡知の図書館らしいよ?」
夏海、どこまでも、
「なんで疑問形? あと軽っ!」
軽い。怪奇に怯えていたことから、夏海が図書館側の人間ではないのはわかってる。
「いやぁ、知らなくていいことは、流すする主義なんで」
夏海は、シレっと受け流し、
「ヒナっちが、見た書架は、きっと発明家の落書きかなんかだよ。なんかインスピレーション湧いてない?」
「えぇ~。なに、そのメンドーそうな響きぃ~」
ヒナは、ゲンナリと嘆息し、机の上に置かれた端末に目を止める。夏海の私物だ。
「ま、また…い、いやぁ…」
陽菜は、勝手に動き出す自分の手に涙目だ。素早いキータッチで、
「パスワード?」
出だしで詰まって、涙目で懇願。夏海は吐息しながら、タイプし、
「夏海ちゃん。このクローム端末で、オンラインRPGをサーバレスで作れるって言ったらどうする?」
端末を受け取った陽菜は、素早く華麗なキータイプで、人工知能に次々コードを生成させてゆく。
「えぇ~、あたし社会通信網とか、マジで無理」
夏海は拒絶。陽菜は苦笑。
「奇遇ね。あたしもよ。でも、あたしと夏海ちゃん、気心の知れた人たちだけの閉塞通信網だったら?」
「それなら、いいけどさ。でも、知らないのが、ウザ絡みしてくんでしょ?」
「できないわよ。こうして、クラウドストレージの物理ファイルを、仮想記憶に見立てて、共有すればね」
ターンっと快音を響かせ、決定を押下。
「な、なに言ってるのかわかんないんだけど…」
「大丈夫。あたしもよくはわかんないから。要はネットのディスクに、ファイルを置いて、そのファイルをあたしと夏海ちゃんで共有して、ファイルを更新することで、ゲームをしたり、チャットをしたりできるみたい」
陽菜は、ザックリと仕掛けを説明する。クラウド上の記憶装置に物理ファイルを配置して、物理ファイルを利用者同士で共有して、メモリに見立てて、更新されるデータを利用者同士がやり取りする仕組みのようだ。
「文学少女のあたしでも、人工知能にコードを書いてもらえば、これこの通りッ! 伝説の名作、テキストベースRPG「ローグ」もどきの完成よ!」
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画面には、文字列で表現されたダンジョンに、一文字だけのキャラやモンスターが。
「地味だね」
「地味と言うなかれ。ここに様々なルールを付加して――」
いつしか、2人は中学校の休み時間にやっていた紙媒体遊戯を次々に生み出して行く。人工知能にコードを生成させて。利用者である陽菜はいいが、
「夏海くん。仕事しましょうね」
夏海は、館長に叱られる。壮年の男性で、そこそこにハンサムだ。きっと超常的ななにかであろうが、
「あ、館長さん。こんにちわ~」
陽菜は流す。気づかないフリをするのは簡単だ。日本人だから。館長は陽菜の思惑に気づいて苦笑。
「それ、悪いことにも使えるからね~。大手のクラウドストレージは、セキュリティも万全で、無償で誰でも使えるけど。悪い人が連絡手段として利用できちゃうんだよね~」
ポソリと独り言。ファイル共有をメール代わりに使えば、確かに足は付きづらい。勿論、当局が本気になれば特定されるのだが。
「ほら、メンドーじゃん!」
陽菜は涙目。
「いや、知らんがな」
夏海ジト目を貼りつけ仕事に戻った。
人工知能のジェミさんとコパイロットさんに聞いたら、作れるみたいですね。サーバーレスオンラインゲーム。