第9章 昭和のシャトー(僕たちの夏の始まり)
「淳、ここでいいのか」
「ああ、ネットで調べてある」
僕たちは水着のままゲームに出てくる中世のお城のような建物の前に来ていた。
「これがホテルなのか」
「そうだ。昭和の時代に有名だったラブホテルのレプリカだよ」
「昭和っていつのことだよ」
「大昔さ。戦争を本当にやっていた時代だよ。東京も爆撃機で爆弾を落とされたんだぜ」
自分が住んでいる町が爆撃されるなんて想像がつかなかった。
「とにかくシャワーを浴びて着替えよう」
「どこから入る」
昭和のシャトーは入り口からすでに迷宮だった。
「おい、ここじゃないか」
入り口の前には、そこに入り口があることを隠すように壁が立てられていた。
「壁の後ろに玄関がある」
「なんでこんな造りになっているんだ」
「それよりも、水着姿で入ってフロントに不審がられないか」
「大丈夫だよ。このホテルは人と一切顔を合わせないシステムだから」
「それは、ここがチバファクトリーだから?」
「いや、昭和のラブホテルの独特のシステムらしい」
「あった。あれだ」
淳が指し示す方向に部屋の写真が映し出されている大きなパネルがあった。
「あの写真のパネルを見て好きな部屋を押せばチェックインできる」
「でもタッチパネルじゃないぞ」
「昭和の時代にタッチパネルはなかった。写真の下にあるプラスチックのスイッチを押すんだ」
「どれにする」
「アマンダは一人で一部屋使え」
まずアマンダから部屋を選ぶことになった。アマンダはパネルを見て、お姫様が寝るような天蓋付きのベッドがある部屋を選んだ。
アマンダが部屋の写真の電光パネルの下のスイッチを押すとカードキーが出てきた。
「俺たちはこれだ」
一番広そうな部屋を渉が選んだ。
「じゃあ、各自シャワーを浴びて着替えをすませたら、このホテルの前のカフェで待ち合わせよう」
「分かったわ」
中が金ピカでシャンデリアのついたエレベーターで五階にある部屋に僕たちは行った。男同士なので一部屋で十分だった。
「すげー。なんだ、これ」
部屋に入るなり蓮が叫んだ。
広い部屋にはルーフバルコニーがあり空中庭園になっていて露天風呂のようなジャグジーもついていた。
「バスルームが二つもあるぞ」
「体が海水でベタベタしているからまずはシャワーを浴びよう」
各自、シャワーを浴びると、持ってきた服に着替えた。厳重にビニール袋に何重にもパックしていたので服は無事で濡れていなかった。水着はドライヤーで乾かすとポケットに突っ込んだ。
「用意はできたか」
少しでも大人に見えるように皆クールな洋服を用意してきていた。僕はブラックジーンズに黒のドレスシャツだった。蓮はティシャツの上にジャケットを着ていた。
「ジャケットは暑くないか」
「クールに見えるだろ」
僕たちは着替え終わるとホテルの前のカフェに行った。
まだアマンダは来ていなかった。手持ち無沙汰なのでビールを注文した。
通りに面したオープンエアの席に座って待っているとビールが瓶のままで出てきた。ビールの口にはカットされたライムが刺さっていた。
「乾杯」
僕はビールの小瓶を上に持ち上げた。
そして渉の真似をしてライムを瓶の中に押し込むと口をつけた。喉が渇いていたので一気に半分まで飲んだ。
よく冷えていたのでビールの苦味はあまり気にならなかった。
一本目のビールが飲み終わりそうになってもまだアマンダは姿を現さなかった。
「どうしたのかな」
「女の子だから時間がかかるんだよ」
「まさか先に出てどこかに行っちゃったとかないよな」
「それは無いだろう」
「お待たせ」
アマンダの声がした。
声の方を向いた。一瞬誰だか分からなかった。
「本当にアマンダちゃん?」
淳がすっとんきょうな声を上げた。
「どうしたの? 私よ」
僕はアマンダを上から下まで眺めた。いつもストレートで下ろしている黒髪は巻き上げられていた。そして肩が出た黒のパーティドレスを着ていた。
「その髪型」
「夜会巻風にしたの。どう? 大人っぽく見えるでしょ」
「ドレスはどうしたんだ」
「古着屋で見つけたの」
「化粧品は?」
淳が矢継ぎ早に尋ねた。
「ホテルに全部あるってネットの情報があったから持って来なかったけど、本当にあのホテルは充実していたわ。口紅も新品だったし」
メイクをして鮮やかな紅を口元に引いたアマンダは22歳と言っても不自然ではなかった。むしろアマンダと比べて僕たちの方が年齢そのままの若さが顔に出ていた。
「じゃあ、まずは街を探索しよう。その後は皆で飯を食べよう」
渉の言葉に皆頷いた。
僕は空を見上げた。
電線も電柱も無い街並みの空は広かった。
太陽は傾いてはいたが、まだあたりは明るく海岸のシュロの木が海風で揺れていた。
僕たちの夏が始まろうとしていた。
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