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第8章 潜入


「ほんとに何にも無いんだね」


 千葉みなと駅で降りて改札を出るとアマンダがあたりを見回して言った。


 駅のロータリーの周囲にはマンションやホテルやビルが並んでいたが、人通りも少なくお店らしいお店は無かった。


 新浦安や西葛西の臨海町の風景に似ていた。無機質な巨大な倉庫や業務用の建物と集合住宅の合間にコンビニがあるだけだった。


 少し歩くと海に面した公園があった。その海岸沿いの遊歩道を歩いた。


「あの高い建物は何?」


 細長い鏡張りの塔のような建造物が出現した。


「千葉ポートタワーだよ」


「空と一つみたい」


 全面が鏡のようなガラス張りの建造物には雲が映っていて空と一体になっているように見えた。


「4階建てで最上階が展望台になっている」


「あの高さで四階建てなの?」


 アマンダが不思議そうに淳を見た。


「あの塔は中が吹き抜けになっていて上の部分だけが人が入れるんだ。そこが4階建てなんだよ。普通の建物で言えば30階建てくらいの高さだ」


「そうなんだ」


 そんな話をしているうちに千葉ポートタワーの横にある人工海浜のビーチプラザに着いた。


「わあ、海だ」


 浜辺と海が広がっていた。平日の午前中なので人はまばらだった。


「どこで着替える」


「ポートタワーのトイレを使う?」


「いや、あそこで水着になったら目立つ」


「あの林の中のトイレはどうだ」


「よし、そこにしよう」


 僕たちは公園の公衆トイレに行き、水着に着替えた。着てきた服は濡れないように何重にもビニール袋に入れてパックした。着替え終わると蓮と淳は浜に行き、ポンプでバナナボートに空気を入れ始めた。


 アマンダがトイレから出てきて浜に来た。


 黒のビキニ姿だった。


「ワオ!」


「モデルみたいだ」


「プエルトリコってミス・ユニバース常連の優勝国で、美人の産地って聞いていたけど本当だな」


 渉たちは初めて見るアマンダの水着姿に驚きの声を上げた。僕は居心地の悪い気持ちになった。


「大和撫子とプエルトリカンのいいとこ取りだな」


「くそう、こんなアマンダちゃんを独占できるなんて、ずるいぞ流司」


 アマンダは恥ずかしそうに手で前を隠した。


「皆、いいかげんにしてよ。恥ずかしいでしょ」


「本気で称賛しているんだ」


 アマンダは困ったような顔をした。


「アマンダちゃんに見とれていないで出発の準備をするぞ」


「了解」


 バナナボートが十分に膨らむと、持ってきたプラスチックのオールを組み立てた。


「服はどうする」


「ボートにくくりつけよう」


「目立たないようにイエローのビニールの敷物も持ってきた。これを服の包の上にかぶせよう」


 出発の準備は整った。僕はあたりを見回した。人工の浜には、犬の散歩をしている人や魚釣りに来ている人が数人いたが、誰も僕たちには関心が無いようだった。夏休みなので学生が朝早くから遊びに来ているくらいにしか思っていないようだった。


「いくぞ」


 渉が言った。


 僕たちはバナナボートを引いて海に入った。


 7月だというのに朝の千葉の海は冷たく足がひんやりとした。


「乗るぞ」


 ボートが転覆しないように押さえながら一人ずつ慎重にバナナボートに跨った。


 オールは二本だけなので僕と連が漕ぐことになった。僕が右舷に、蓮が左舷にオールを入れて漕いだ。


 ボートはゆっくりと沖を目指して滑って行った。


 それから一時間くらい漕ぎ続けた。


 日差しがきつくなり、汗で体がベトベトしてきた。


 だが、まだ隣のチバファクトリーの人工渚に着くことができなかった。


「なんとかならないのか」


「やっている」


 オール二本だけで五人が乗っているバナナボートの進路をコントロールして進むことは難しかった。オールで漕いでも沖の方に流されてしまう。


「畜生、チバファクトリーの浜が見えているのに近づけない」


 淳が悔しそうに言った。


「ねぇ、流司、暑い、それに喉乾いた」


 アマンダが少し苦しそうな表情をして言った。


「もうすぐだから我慢しろ」


「ボートを放棄して泳いでゆくか」


「服はどうする」


「私、泳げない」


 アマンダがあっけらかんと言った。


「えっ、泳げないのか」


「うん」


「体育とかでプールで泳がなかったのか」


「泳ぎは苦手だから、水泳は見学した」


「本当に泳げないのか」


「うん」


「困ったな」


「じゃあ、服とアマンダをボートに乗せたまま、俺たち四人で泳いで、ボートを引っ張って浜までゆくか」


「ちょっといいか」


 淳が遠慮がちに言った。


「何だ」


「俺もなんだ」


「何のことだ」


「俺も泳ぎはだめだ」


「この前、体育で泳いでたろう」


「あれが自己最高記録だ」


「てことは?」


「12メートルしか泳げない」


「じゃあ、だめだ。なんとか漕いであの浜に近づくしかない」


「なあ、潮の流れにもってゆかれているようだ」


「ああ漕がないでいると東京湾の外に流される」


「でも、こんなオール二本じゃ流れに逆らって前進できない」


 そんな話をしていると赤色灯を回転させた船が近づいてきた。


サイレンが鳴った。


「こちらは千葉県警水上警察隊です。そこのバナナボートに乗っている若者たち! ここは許可なく航行することが禁止されている区域です。また遊泳も禁止されています。ただちに浜に戻りなさい」


 拡声器の声がそう告げ、小型のモーターボートくらいの大きさの警備艇が近づいてきた。そして、そばまで来るとエンジンを止めた。


「おーい。君たち何している。そんなボートで沖に出るなんて危険だぞ。それに航路を妨害している」


「すいません。浜で遊んでいたら流されて戻れなくなったんです」


「今の時間は引き潮だから沖に出たらだめじゃないか」


「ごめんなさい。知らなかったんです。水遊のつもりだったんです」


「どこから来た」


「チバファクトリーです」


「チバファクトリー?」


 水上警察隊の警官がいぶかしげに僕たちのことを見た。


「休みを取って学生時代の仲間と遊びに来ました」


「君たちは何歳だ」


「22歳です」


 警官は疑いの眼差しでアマンダを上から下まで見た。


「年齢を確認できるものは?」


 僕は心臓の鼓動で体が震えるような気がした。


(これで万事休すか)


「チバファクトリーのゲストだから荷物はゲートで全部預けているので身分証明書はここにはありません」


 渉が平然と答えた。


「それもそうだな。とにかくここは危険だ。本挺が曳航するから浜に戻りなさい」


「はい」


「それからこれを着なさい」


 警官はオレンジ色のライフジャケットとロープを投げた。そして、バナナボートの先端についていた金輪にロープを通すように指示を受けた。もともとバナナボートはモーターボートに曳航されて遊ぶように作られているのは知っていたが実際にはこうするのかと僕は妙に納得した。


「落ちないようにしっかりつかまっていなさい」


 そう言うと、警官は再び警備艇のエンジンをかけた。バナナボートは警備艇に曳航されて飛沫を上げながら航行し始めた。ほどなくしてチバファクトリーの人工渚の前まで着いた。浜の近くに接近するとセキュリティのドローンが飛んできたが海上警察隊の警官が無線で何かを話したらすぐに消えた。


「ここから先は水深が浅いからこれ以上本船は進入できない。泳いで浜に戻りなさい」


「実は泳げない者がいるんですけど」


「なに? 君たちは泳げない者を連れてライフジャケットも着けないでこんなボートで沖まで出たのか」


「すみません」


「本当に危険な行為だからもう二度としてはいけないよ」


「はい」


「少し泳げばすぐに足が底に着く。泳げないのは何人だ」


「二人です。でもそのうち一人は少し泳げます」


「そうか。その二人はライフジャケットを着けたままでいい。後で中のセキュリティセンターに返しておいてくれ。それで、泳げる者はボートを押して泳げ」


「分かりました」


 アマンダと淳をバナナボートに乗せたまま、渉と蓮と僕はバナナボートを押すようにバタ足で泳いだ。足が着く浅瀬に着くとアマンダと淳はボートを降りて歩いて浜に向かった。

 

 警備艇は全員が浜に上がるまで沖で停まったまま監視していた。


 浜に上がると、僕たちは警備艇に手を振った。


 警備艇は一回サイレンを鳴らして応えるとエンジンをかけて去って行った。


「おい!」


「やったな!」


「一時はどうなるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」


「ついているな」


 僕は浜に立って辺りを見回した。


 そこにあるのはまさに夢の国だった。




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