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第7章 決心


「用意はいいか」


「OKだ」


「じゃあ、カウントダウンするぞ」


「流司、頑張って!」


 大型のショッピングカートの中に入ったアマンダが振り返って言った。


「俺の方が軽いぞ」


 隣に並ぶショッピングカートの中に同じように体育座りをして収まっている淳が言った。


「私の方が軽いもん」


「箸とコントローラー以外に重いものを持ったことがない俺の方が軽い」


「悔しい。流司、絶対勝つのよ」


 二台のカートの真ん中に立っている渉がカウントダウンを始めた。


「5、4、3、2、1」


 渉が上げていた両腕を下ろした。


 僕はアマンダを乗せたカートを押して走り出した。


 すぐ横を同じように淳を乗せたカートを蓮が押している。


 二台のカートは閉店して廃墟となったスーパーのフロアーでレースを始めた。


「もっと速く!」


 アマンダが叫んだ。


 走ることには自信があったが潰れたスーパーの床にはゴミや遺棄された商品の残骸が転がっていた。それに乗り上げてしまうとカートがひっくり返ってしまうかもしれない。障害物を避けながらホコリが積もって滑りやすい床を駆けるのは難しかった。


「赤いコーンに先に着くのよ!」


 赤いコーンが折り返し点で、それを回って渉のいるスタート地点に戻ればゴールだった。僕はカートを少し傾けるようにしてコーンを回った。そのすぐ後に、蓮のカートが続いた。


「その調子!」


 だが、目の前にスプレー缶が転がっていた。


 それを避けようと進路を変えた瞬間に蓮のカートに抜かれた。


「何をしているの!」


 蓮のカートはスプレー缶を弾き飛ばして進んだ。


 僕は万が一のことを考えてカートに乗っているアマンダに怪我をさせない方を選んだのだ。


「もう! 遅れちゃったじゃない」


 最後にスパートをかけたが蓮との距離を詰めることはできなかった。


「ゴール」


 渉がどこからか見つけてきた特売の幟を振った。


「蓮チームの勝ちだ」


 淳がカートから降りるとアマンダを見てウィンクした。


「やっぱり体重差が大きかったね」


「もう!」


 アマンダがふくれ面をした。


「流司のせいだからね」


 アマンダの猫パンチを避けようとした時だった。


「こら! お前たち、そこで何をしている」


 青い制服の男がいつのまにかフロアーに入ってきてこちらに近づいてくる。


「マッポか?」


「制服を見ろ、警備員だ」


「どうする」


「逃げるに決まっているだろう」


 蓮と渉はレースに使ったショッピングカートを迫ってくる警備員に向けて押し出した。


「いくぞ」


 警備員がひるんだ隙きに出口に向かって駆け出した。


 そのまま走り続けた。


「追いかけてきているか?」


 僕は後ろを振り向いた。


 警備員の姿は無かった。


「大丈夫だ。いない」


「びっくりしたな」


「この後、どうする」


「仕方ない。いつものところに行くか」


「アメリカン・ダイナーか」


「ああそうだ」


 アメリカン・ダイナーに入ると平日の午後なので空いていた。窓際の一番大きな席に陣取った。


「結局、ここで打ち合わせをすることになったな」


「チバファクトリーへ潜入する計画を相談するのに雰囲気を出そうと言ってわざわざ潰れたスーパーマケットの跡に行ったのに、ショッピングカートでレースなんか始めて大騒ぎをするからだよ」


 淳が言った。


「一番はしゃいでいたのはお前じゃないか」


「でも楽しかったね」


「ああ、面白かった」


「それじゃあ、本題に入ってチバファクトリーへの潜入計画について話そう」


 皆が頷いた。


「まず、当日は電車で千葉みなと駅にゆく。そこで降りて歩いて二〇分くらいのところにある千葉ポートパークに行く。そこには小さいがビーチがある。水着に着替えてバナナボートで海に出る」


「そのビーチって泳げるの?」


「港内だから多分遊泳禁止だと思う」


「捕まらない?」


「いや、休日にサーフィンとかをやっている人がいるらしいから大丈夫だと思う」


「でも五人でバナナボートに乗っていたら目立たないか」


「そこをなんとかクリアするんだよ」


「それからどうするの」


「沖に出て隣接する人工島のチバファクトリーに渡る」


「バナナボートでどうやってそこまでゆくの?」


「人力で漕ぐ。プラスチックのオールを何本か用意する」


「大丈夫?」


「一度、どこかの海水浴場で予行演習をしてみよう」


「了解」


「つぎに無事にチバファクトリーの人工渚についたら、ボートの空気を抜きボートはどこかに隠す。そして俺たちは持ってきた服に着替える。後は簡単だ、ゲストとしてチバファクトリーで楽しむだけだ」


「着替えはどこでする」


「トイレを考えている」


「ホテルは全部タダで使い放題だから、水着のまま皆でホテルに入って中で、シャワーを浴びて着替えてもいいんじゃないか。タオルやドライヤーもあるはずだし」


「よし、その案を採用しよう。淳、後でネットの情報で適当なホテルの目星をつけておいてくれ」


「着替えたらどうする?」


「まずは観光をして飯を食う」


「その後は?」


「流司とアマンダ組と俺たちの二組に分かれて、後は夜を楽しむ」


「帰りは?」


「現地解散だ。各自別々に帰る」


「中で正規に入場しているかどうかのチェックとかは無いのか」


「それは無いらしい。入り口の警備が厳重な分、中に入れば、あらゆる意味でフリーらしい。しかも、着ている服以外は、スマホもカバンどころか財布さえ、一切の私物の持ち込みは禁止らしいから、中に入りさえすれば大丈夫だと思う」


「私物持ち込み禁止っていうけど、僕らは財布とかをゲートで預けていないだろう。どうやって帰る」


「それは事前に服の中に帰りの電車賃分だけ縫い付けておく。外に出たらその金できっぷを買え」


「バイクで行ったらだめか」


「キーや免許証はどうする」


「どこかに隠しておけばいい」


「公園に隠したら誰かに盗られるかもしれないし、チバファクトリー内に免許証やバイクの鍵を持ち込んで見つかったらまずいことになる。電車で行く方がいい」


「分かった」


「他に質問はあるか」


「いつ行く?」


「7月末だ」


 あと3週間後だった。


 僕はアマンダの横顔を見た。


(二人でチバファクトリーに行って本当に男女の関係になってもいいのだろうか)


「私の顔になにかついている?」


 アマンダが視線に気が付いて言った。


「いや、何でもない」


「変なの」


 アマンダが微笑んだ。


(ただの遊びならいい。だがアマンダは本気だ)


 アマンダを抱くことも結婚することも決心がつかなかった。


(考えていても仕方ない。それより走ったからお腹が空いたな)


 僕は卓上のタブレットで注文を入れた。


「何注文したの?」


「ホットドッグ」


「お腹すいているの?」


「ああ、アマンダを乗せたカートを押して走ったからな」


「何それ」


「別に……」


「重たいとか言ったら承知しないからね」


「言って無いって」


 アマンダは疑わしいという目で見た。


 僕は席を立った。


「逃げるの?」


「トイレだ」


 僕はトイレの壁に飾ってある八〇年代のアメリカの青春映画のポスターのレプリカを見ながら用をたした。


(アマンダ以外に好きな女性はいない。だからと言って今の関係を壊して先に進んでもいいのだろうか)


 正直なことを言えば、家庭を築き子供が生まれて来ることが怖かった。幸せな家族の体験もイメージも無いからだ。家族や子供は苦しみや恐怖を連想させた。施設を出て、就職して自分で稼げるようになれば、やっと一人で自立した自由な生活を得ることができる。


 だが、似たような境遇のアマンダと家庭を築くことは、手本となるものが無くイメージすることが難しかった。その一方でアマンダのことを本当に好きで大切に思っているのも事実だった。


 だからこそ遊びでアマンダを抱くようなことはしたくなかった。


 席に戻るとテーブルにはホットドッグの皿が来ていた。座ると無造作にホットドッグを掴みかぶりついた。


 鼻から痛みが来て目頭がしびれ咳き込んだ。


「あーあー、引っかかっちゃったよ」


「大丈夫か? 辛子の量、半端なかったから」


 ホットドッグを皿に置いて開けてみた。わざわざソーセージを薄く切り、表面にその薄い皮だけを貼りつけていて中は黄色いマスタードの海だった。


「中身のソーセージはどこにやった?」


「アマンダちゃんが食べたよ」


「アマンダ!」


 アマンダは舌を出して逃げ出した。


「じゃあね。先に帰るから」


 そう言って駆け出した。


 僕は後を追った。


 アマンダは緑道のある公園に逃げ込んだ。


「捕まえたぞ」


 後ろから抱きかかえるようにして捕らえた。


「今日は許さないからな」


 アマンダは体をよじった。


 逃げるつもりだと思って引き寄せたが逆だった。


 アマンダは僕と向き合うために体を回転させていたのだ。


 アマンダの唇が僕を求めて来た。


 言葉を発しようとして開いた唇の間からアマンダの舌が入ってきた。


 まるで生き物のように僕の歯茎を舐めて、舌を僕の舌に絡ませて来た。


 頭の中が真っ白になった。


 それは、初めて大木先輩から格闘技を習い、ぶっ倒れるまでトレーニングをした後の荒川の土手に寝転びながら見た青い空を思い出させた。


 しばらく貪るようにアマンダと口づけをかわした。


 先に体を離したのはアマンダだった。


 上気した頬をして僕のことを潤んだ目で見た。


「もうすぐだね」


「もうすぐって……」


「私が流司の女になる日だよ」


「俺の女って……」


「別に重たく感じなくていいんだよ。私が好きですることなんだから。流司はいつまでも今のままでいて」


 アマンダがどこまで自分が言っていることの意味を理解して言っているのかは分からなかった。


 だが、この瞬間に僕の心は決まった。


(先のことはどうなるか分からない。でもアマンダといつまでも一緒にいたい。俺にもアマンダしかいない)




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