第5章 湾岸線
1
「先生お久しぶりです」
「まあ、大木君」
ホームのシスターが微笑んだ。
「元気にしていた?」
「はい」
「今日はどうしたの?」
「流司の成人のお祝いをしに来ました」
シスターが僕を見た。
「まあ、そうなの」
「誕生日は先々週でしたけどね」
照れ隠しに僕は言った。
「すまん。やっと休みが取れたのが今日なんだ」
大木先輩は僕の言葉を真に受けて返した。
「別にいいんですよ」
「流司を連れ出してもいいですか」
大木先輩がシスターの方を向いて言った。
「もちろんよ」
「どこに行くの」
アマンダが出てきた。
「まず、先輩にご挨拶でしょ」
シスターにたしなめられて、アマンダは大木先輩にペコリと頭を下げた。
「アマンダちゃん、大きくなったな」
「もう大きくなったとか言われる歳じゃない」
「ごめん。ごめん」
「それで流司と何をするの」
「ドライブに連れて行く」
「どこに行くの?」
「横浜だ」
「そうなんだ……」
アマンダが大木先輩のことを覗き込むような目で見た。
「何だ?」
「ねぇ、アマンダも一緒に行ってもいい?」
「俺はいいけど。流司、お前はどうだ」
「いいですよ」
「じゃあ、決まりだ」
「やった!」
「くれぐれも今度は門限に遅れないでね」
シスターが心配そうに言った。
この前、門限に遅れて怒られたばかりだった。
「大丈夫です。自分が責任を持ってちゃんと帰します」
大木先輩は直立不動の姿勢で片手を誓うように上げて言った。
シスターは思わず笑った。
「大木君のそういうところは変わらないわね」
「そうですか」
頭をかきながら大木先輩が言った。
支度をしてホームの外に出るとガンメタリックのピカピカに光るごつい四輪があった。
「すごいスねぇ」
僕はトランクの後ろに生えている流線型のウィングを見ながら言った。
「スカイラインGTR、R34だ。さあ乗れ」
「私は後ろがいい」
アマンダが先に車に乗った。
僕は助手席のドアを開けるとR34乗り込んだ。
硬めのシートは体を包み込むような形状をしていて戦闘機のコクピットにいるようだった。
「行くぞ」
大木先輩がハンドルの横のイグニッションキーを回した。
エンジンが咆哮して車体が震えた。
体をホールドしているシートにもその振動が伝わった。
車はゆっくりとスタートした。
環七を右折して湾岸道路に入るとすぐに首都高湾岸線に入った。
葛西料金所のゲートを抜けると大木先輩の雰囲気が変わった。
アクセルが踏み込まれた。
バゲットシートに背中が強く押し付けられる。
タコメーターが高まるエンジン音と共に右に振れてはレッドゾーンの手前で左に落ち、また右に振れ、シフトチェンジを繰り返しながら加速してゆく。
そして、走行している本線の車を軽々と追い抜きながら湾岸線の本線に躍り出た。
そして野に放たれた禽獣のように唸り声を上げながら次々と前に走る車を獲物のように追いかけては抜いていった。
「どうだ。これが本物の車だ」
葛西ジャンクションを飛ぶように過ぎたところで大木先輩が満足そうに言った。
「この車どうしたんですか」
「先月完成した」
「完成?」
「ああ廃車寸前のやつをスクラップ屋から買って自分でリストアして先月車検も通してナンバーを取得したばかりだ」
「あまり見かけない車ですけど」
「30年以上も前の車だからな」
「30年前……」
僕が生まれるよりもはるか昔だ。
「でもな、中古で買うと今でも1000万円以上はする」
「1000万円!」
想像もつかない大金だった。
「じゃあ、先輩も1000万円でこの車を買ったんですか」
「俺にそんな金あるかよ」
大木先輩が笑った。
「だから廃車寸前のスクラップを買って自分で修理して走れるようにした。それでも部品代や全塗装なんかで数百万円はかけた」
数百万円でも大金だ。
「前からの夢だったんだ。スカイラインGTRは数々の伝説を残した歴史的名車だ。今は環境に良くないと言ってこういう車は生産していないし、走っている実車も少なくなってきた。だが本当の車好きなら、こういう車に乗らずにはいられない」
僕は周りの車を見た。
ほとんどが自動運転の電気自動車だった。常時ネットワークに繋がりAIが走行を制御している。安全で安心で環境に優しい乗り物だというふれこみだ。運転者は何もすることはない。ただ、AIに向かって目的地を告げてスタートボタンを押すだけだ。運転すると言ってもタクシーに乗っているのと大差ない。車を操る楽しみなど無い。そんな羊のような電気自動車の群れの中をGTRは獣の咆哮を上げて疾走して行った。電気自動車は景色と一緒に後ろに飛ぶように消えて行った。
すると、甲高い電子音が響いた。
その音を発しているのはダッシュボードに挿してあるスマホだった。
赤い警告の文字が画面で点滅していた。
「おっと」
急に速度を落とした。
「どうしたんですか」
「速度違反取締のドローンが接近してきた警告だ」
「そんなソフトがあるんですか」
「ああ、だが市販のものは当局に遠慮して精度が低い。これは自分で作った」
「大木先輩が?」
「ああ、知らなかったのか。俺の本職はプログラマーでソフトウェアの開発をしている」
スカイラインGTRは周囲の羊のような丸みを帯びた形の電気自動車と同じ速度で流れに乗った。しばらく走るとその流れが淀み始めた。
「チッ」と大木先輩が舌打ちをした。
車の速度はみるみるうちに落ちた。
「渋滞だ」
「高速に渋滞はつきものじゃないんですか」
「いや、自動運転の電気自動車のせいだ。あいつらは自動制御されているから法定速度をきっちり守り、車間距離も十分にあける。だから、すぐに詰まっちゃうんだよ」
大木先輩は苦々しげに言うと僕の方を向いた。
「ところで、お前、まだ喧嘩しているのか」
後ろの席のアマンダが先に答えた。
「すごいよ。臨海エリアでは敵無しだよ。千葉のチームからも恐れられている。この前もボクサーをボコボコにしたんだよ。しかも相手は社会人で大人だったんだよ」
「どうしてそんな奴とやり合った」
「私をナンパして無理やり連れて行こうとしたの。それに先に手を出したのは向こうよ」
「だがな。社会人になったら殴り合いでは何も解決しないぞ。それどころか殴ったら一発でアウトだ。下手すれば刑務所行きだ。もう喧嘩は卒業しろ」
「なんだか鎌田みたい」
「鎌田って誰だ」
「葛西署の生活安全課の刑事。いつも流司に説教している」
「これまで少年院に行かないですんだのは奇跡みたいなものだ。刑事に目をつけられているなら、なおさらもう喧嘩するな」
「なんだか大木先輩、思っていたのと違う」
アマンダが不満そうな声を上げた。
「アマンダちゃん、何が違うんだ」
「先輩は流司の味方だと思っていた」
「味方だから言っている。それに流司が喧嘩屋になったのは俺のせいだ。だから責任を感じている」
「大木先輩のせい?」
「ああ。流司をこんな風にしたのは俺だ」
「どういうこと?」
アマンダが怪訝そうな声で訊いた。
「その話はしなくてもいいですよ」
「その話し聞きたい!」
「別に隠しておくことはないだろう」
僕は横を向いた。
大木先輩はハンドルを握りながら後ろの席のアマンダに話し始めた。
「流司がホームに来たのは八歳の時だ。その時こいつは、無口で暗くて、殴られても反撃しない子供だった」
「えー、今と全然違う」
アマンダが驚きの声を上げた。
「ホームの他の子供や近所の悪ガキによく殴られていた。でもなぁ、流司は当時からタッパがあって、しっかりとした骨格をしていて、いじめられるような体格じゃなかった」
「じゃあ、どうしていじめられていたの?」
「本当にいじめられていたのはコイツじゃなかった。ホームのもっと弱い子だった。それをかばっていたんだ。だが、こいつは反撃しないから、いいようにいつも殴られていた」
遠い昔のことだった。そんな昔のことを蒸し返してほしくなかった。
大木先輩は僕のことを横目で見ながら続けた。
「俺は見るに見かねて、『どうして他の子をかばって殴られているんだ』と訊いた。そうしたら弱い子が虐められているのを黙って見ていられなかったと言うんだ」
「でもなぜ反撃しなかったの? 今の流司だったら半殺しにしちゃうよ」
「信じられないかもしれないが俺が教えるまでは、こいつは戦い方を知らなかったし、自分が強いことも知らなかったんだ」
「どうして?」
アマンダが驚いたような声をあげた。
「一人っ子で幼稚園にも行かず、小学校に上がってもろくに学校に行っていなかったから同世代の子と一緒に遊んだことも無ければ、まして喧嘩の仕方も知らなかったからだ。だが、それだけじゃない。流司はいい体格をしていて身体能力も高い。俺はひと目見てすぐにそれが分かった。だからおそらく母親の男は、流司がすぐに自分よりでかくなって強くなるのを見越して、先に誰が主人かを分からせるために暴力を振るっていたのだろう。自分は無力で暴力を受け入れるしかないと体で教え込まれていたんだよ」
「ひどい」
「ああ、ひどい話だ。だけど、こいつはずっとその暴力に耐えてきた。そして自分の痛みには耐えることができても、自分以外の弱い者の痛みには見て見ぬふりできない。そんな奴なんだ」
「そんなのないよ」
アマンダが涙声で言った。
「だから、俺がコイツを開放した」
「開放?」
「ああ、まさに開放だ。こいつの野生を解き放ち、戦うすべを俺が教えた」
「大木先輩、喧嘩強かったっけ?」
「ははは、アマンダちゃんはストレートだな。確かに俺はオタクだ。パソコンや車をいじっているのが好きで喧嘩は俺の柄じゃない」
「じゃあどうして?」
「青木眞人って知っているか」
「知っているよ。ホーム出身の唯一の有名人じゃない」
「眞人先輩は俺の二つ上だ。そして総合格闘技でプロになってホームを卒業するまで、ずっと眞人先輩の練習につきあわされていたんだ」
「大木先輩が?」
「そうだ。俺以外に練習相手になれる体格の奴がホームにいなかったからだ」
「えー」
「痛いのは苦手で、すごく嫌だった。でも眞人先輩は逆らうと怖いから、仕方なく相手をしていた。けれどもそのおかげで総合格闘技の基礎は俺も身につけた。だからこいつにそれを教えた」
「もう、それぐらいにしておいて下さいよ」
「ここまで話したらあと少しだ」
「最後まで聞きたい!」
「俺は流司に総合格闘技を教えた。もっとも基本だけだ」
「大木先輩も一緒にやったの?」
「いや、指示しただけだ」
「ずるい」
「その話は置いておけ、それより、こいつはとんでもない変人だった」
「変人?」
「誰もが三日坊主で投げ出す単調なランニングや筋トレ、パンチやキックのシャドウを何時間も飽きずに毎日続けた」
「別に変人じゃないですよ。ただ、頭が真っ白になるまでトレーニングするとなんだか落ち着いた気持ちになれたんです。そういうのは初めての経験だったから、ハマっただけですよ」
「とにかくこいつは桁違いのトレーニングをした。そうしたらどうだ。次に近所のいじめっ子に遭遇した時、一発で漫画みたいに相手をふっとばしやがった。スパーリングもしていないし、ろくな技も知らないのにわずか数ヶ月で大化けしやがった。俺の思っていた通りだった。しかも、その後もずっとトレーニングを怠らないでストリート最強になった。ゲームに例えれば、序盤の村の周りで弱いモンスターを鬼のように狩っているうちにマックスのレベルにまで達したようなもんだ」
大木先輩は愉快そうに笑った。
「それからこいつは見違えるように明るくなり友達もできた。だから俺はこいつに格闘技を教えたことは間違っていなかったと思っている。でも最近心配なんだ。こいつは馬鹿の一つ覚えのように喧嘩しか知らない。学生ならそれでもいい。喧嘩が強いことは一つの正義だ。だが社会人になったらそうはいかない。先輩風を吹かすようだが、俺はこいつが成人したのをきっかけに、今度は喧嘩をやめることを教えないといけないと思っている」
前方の渋滞が解消し始めた。大木先輩は再びアクセルを踏み込むとギヤチェンジしてスカイラインGTRを加速させた。
前方に尖ったロケットのような架橋の橋が見えてきた。
「つばさ橋を渡ったら大黒で休憩するか。あそこのパーキングエリアの売店のソフトクリームは美味いぞ」
「食べたい!」
アマンダがエンジンの音に声がかき消されないように叫んだ。
2
「もっと食え」
「胡麻団子、お代わり」
アマンダが先に注文した。昼飯は中華街で飲茶の食べ放題だった。
「じゃあ、チャーシュ饅を追加でお願いします」
「ところで、夏休みはどうする」
「そうですね……」
「バイトか?」
「それもやりますけど」
「何か計画でもあるのか」
「最後の夏休みだから渉たちと何か思い出になるようなことをしようと思っています」
「それはいい。俺も学生時代の最後の夏休みは原チャリで日本一周する計画を立てた」
「それで日本一周したんですか?」
僕は身を乗り出した。
「いや、名古屋まで行って帰ってくるだけで精一杯だった。宿代や食費もかかるからな」
「そうですよね」
「でも、今となってはいい思い出だ。お前たちは何をするつもりだ」
「それがね」
アマンダが話そうとするのを、僕は咳払いをして目配せした。
「それが、まだ決まっていないんです」
アマンダは言葉を遮られて不満そうな目をして僕のことを見た。
「すみません。ちょっとトイレに」
そう言って僕は席を立った。
別に大木先輩のことを信用していない訳ではない。でもチバファクトリーに行く計画はできるだけ秘密にしておきたかった。
トイレから帰ってくるとチャーシュー饅が来ていた。
僕は、ふかふかの湯気の出ているチャーシュー饅を手で掴むとかぶりついた。甘辛いタレに絡まった柔らかいチャーシューの角切りを噛み締めると急に鼻に激痛が走った。
激しくむせた。
目から涙がこぼれ落ちてきた。
「こ、これは」
「やった!」
アマンダがいたずらっぽい笑顔を見せると逃げるように席を立った。
「ごめん。私もトイレ!」
そして女子トイレに逃げ込んだ。
「何ですかこれは?」
「アマンダちゃんがやった。卓上にある辛子を一瓶分、その饅頭の中に入れた」
「どうりで」
ため息をつくと残ったチャーシュー饅を再び手にした。
「どうするつもりだ」
チャーシュー饅を口に持っていった。
「やめろ。悲惨なことになるぞ」
「俺は、食べ物は粗末にしない主義なんです」
意を決し辛子入の饅頭を口に放り込んだ。
「それ本当に食べるの」
いつの間にかアマンダが後ろにいた。
僕は、むせながら飲み込んだ。そして口の中を冷やそうとして中国茶を口にして吹き出した。ポットで出てきたお茶は熱すぎた。
「大丈夫?」
涙を流しながら僕は頷いた。
「だけど、アマンダちゃんもやりすぎじゃないか」
大木先輩が呆れたような顔をして言った。
「そうかもしれない。私、ちょっと頭がおかしいの」
「流司に恨みでもあるのか」
「うんうん」
「分からんな」
「私、まともでないのかもしれない」
「そんなことをして嫌われないか心配にならないのか」
「流司のことが好きだけど、流司にいたずらもしたくなるの。この気持ちはこんがらがっていてうまく説明できない」
だが、僕はアマンダの理不尽ないたずらが嫌いではなかった。子供の頃は誰も自分にはかまってくれなかった。親からも無視されていた。今は喧嘩の強さで皆から一目置かれているが、かかわり合いにならないように一定の距離を置きたがっていた。アマンダのいたずらは確かに迷惑ではあったが、同時にそんな関係でいられる唯一の存在がアマンダだった。
3
スカイラインGTRは首都高湾岸線を流れに乗って走っていた。
「アマンダちゃんは寝ちゃったな」
大木先輩がバックミラーに目をやりながら言った。
「そうみたいですね」
「大はしゃぎだったからな」
「ええ」
中華街で食事をした後は、赤レンガ倉庫や港の見える丘公園や外人墓地を観光した。アマンダは子供のように走り回って騒いだ。そして、車に戻りシートに座ると静かになり、すぐに寝息を立て始めた。アマンダが眠ると大木先輩は、行きとはうって変わった静かな運転で他の車の流れに乗って走っていた。スカイラインGTRはすっかりアマンダの揺りかごになったようだった。
「ところで、俺が朝に言ったこと覚えているか」
「もう喧嘩はするなってことですか」
「そうだ」
「……」
大木先輩は再びバックミラーに視線を向けてアマンダが寝ていることを確認してから続けた。
「なあ、お前はアマンダちゃんのことはどう思っている」
「妹のように思っています」
「それは分かっている。施設育ちの俺達には施設の者は家族みたいなものだ。俺が訊いているのはそのことじゃない」
「……」
「アマンダちゃんとは付き合っているのか。もう男女の関係なのか?」
「違います」
「だが、アマンダちゃんはお前を兄以上に思っているぞ。これからどうするんだ」
「どうするって言っても」
「なあ、就職したらアマンダちゃんと身を固めろ」
「身を固めるって」
「古風な言い方をしたから分からないか」
「いえ。意味は分かります」
「心配なんだ。お前たちのことが」
大木先輩は視線を前方に置いたまま言った。
そう言われても返す言葉が無かった。
「お前も、アマンダちゃんも危ういんだ。確かに俺たちはみんな家庭環境に恵まれていなくてそれぞれ危ういところはある。だが、その中でも、お前とアマンダちゃんは抜きん出てやばい」
「そんなことないですよ」
「だったら選手でもないのにどうして今も毎朝二時間も走る」
「どうして知っているんですか」
「シスターから聞いた。シスターも心配しているぞ」
「お前は、自分の気持ちのはけ口を、体を苛め抜いて鍛えることと喧嘩にしか見出だせていない」
そこで言葉を切ると、再びバックミラーでアマンダの様子を伺い、声を落として大木先輩は続けた。
「アマンダちゃんはお前にベタ惚れだ。あの子にはお前しか見えていない。そんなお前たちが来年の春には離ればなれになり、お前は社会人として働き始める。俺にはそれが不安なんだ」
「でも大学に進学する金なんてないし、どうしろと言うんですか」
「だから、アマンダと家庭を持てって言っているんだ」
「早すぎます。それにアマンダは一七歳です。まだ結婚もできません」
「今すぐに結婚しろと言っているわけじゃない。でも結婚を前提に付き合って早く二人で家庭を持つんだ」
「そんなこと、急に言われても困ります」
「アマンダと家庭を持つのは嫌か」
「そういうことじゃないです」
「じゃあ、何がだめだ」
「まだ若すぎます」
「その若さが心配なんだよ。お前たちは若くて、不器用で、寂しがりやで、何かあったらどこに飛んでいってしまうか分からないような危なっかしさがある。俺はお前たちのことを本当に弟や妹のように思っている。子供の頃に苦労した分、幸せになってほしいと思っているんだ」
そんな話をしているうちに車は羽田空港を通り過ぎお台場に差し掛かった。
「お台場?」
後ろからアマンダの声がした。
僕たちは話を止めた。
「もうこんなところまで帰ってきているのね」
「よく眠れたか」
「うん」
車は葛西の出口で湾岸線を降りると左折して環七に入った。
「もう、着いちゃうの」
名残惜しそうにアマンダは言った。
「シスターに門限前に連れて帰ると約束したからな」
「まだ明るいよ。門限は一〇時だよ」
「それは平日のことだろ。日曜日は八時のはずだ」
「そうだった」
「今の時期は陽が長いからまだ明るいが、すぐに暗くなり門限の時間が来る」
そんな話をしているうちに車は施設の前に停まった。
「じゃあな。今日俺が言ったことをよく考えろ」
「ねぇ、何のこと?」
アマンダが無邪気に訊いた。
「なんでもない」
「喧嘩のこと? 流司はやりすぎるから」
アマンダの問を聞いていないふりをして僕は大木先輩に頭を下げた。
「先輩、今日はありがとうございました」
「ありがとう。ごちそうさま」
アマンダも手を振った。
「じゃあな」
そう言うと大木先輩はウィンドウを上げてスカイラインGTRを発進させた。
僕はGTRの丸いテールランプが見えなくなるまで見送った。
大木先輩が言った通り、すぐにあたりには夕闇が迫ってきた。
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