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第3章 ベイサイド・ストリートファイター

     1


『アマンダと本当の家族になれ』


 渉の言葉は、僕の胸に突き刺さった。


(そんなに簡単な話じゃないんだ)


 何と言えばいいのか分からないもどかしさに、怒りのようなものが湧いて来たがそれをぶつける先はなかった。


 渉とトイレから戻るとアマンダと蓮と淳が見知らぬ三人組の男に絡まれていた。


「キャンユー スピーク ジャパニーズ?」

 芝居がかった言い方で白いジーンズの男がアマンダに話しかけていた。


「俺たちとドライブしない?」

「ねぇ、彼女、モデルなの」

「ガイジン?」


「その()に気安く話しかけるんじゃねぇ」

 蓮が怒りで顔を赤くして立ち上がった。


 その瞬間、白いジーンズの男が左手で蓮の肩をつかむと右拳を腹に入れた。


 蓮が体を折った。


「女は借りるぜ」

 そう言うと男はアマンダの手を掴もうとした。


「イヤ!」


 アマンダが手を引っ込めた。


「なあいいだろ、横浜までドライブしようぜ。湾岸の夜景が綺麗だぞ」


「待て」

 渉が目を細めて男の前に出た。


「何だ、お前は」

「消えろ」

「ガキのくせして粋がるな」


 僕はアメリカン・ダイナーの店内を見回した。


 ウエイトレスが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「外へ出よう」

 僕は割って入るとアマンダの手を取り店外へ出た。


 三人組の男たちが追いかけてきた。僕は駐車場の奥の照明が暗く防犯カメラの死角になっている場所にまっすぐ向かった。


「すぐに終わるから」


 アマンダにそう耳打ちした。


「おい、ガキのくせに調子にのるんじゃねぇよ。定岡はボクシングをやっている。それに社会人だ。遊んでいるだけのお前らとは根性も鍛え方も違うんだよ」


 白いジーンズの男が、誇らしげに後ろの筋肉質の坊主刈りの男を指して言った。


 僕は黙って手足を軽く振って準備をした。


「聞いているのか、コラッ」


 地面を蹴って白いジーンズの男の懐に飛び込むと、鼻の下を右拳で思い切り殴った。


 あっけなく白いジーンズの男は仰向けにひっくり返った。

 気配を感じて思わずかがんだ。

 頭の上をパンチが風を切って通過した。

 定岡だった。

 フットワークを使って回り込みながら攻撃を繰り出してきた。

 僕はアップライトに構えてジャブを両腕でブロックした。

 そして近接の間合いから踵を踏み下ろすようにして膝の関節を狙った。


 定岡の動きが変わった。


(こういう関節を折る蹴りは総合格闘技や空手でも反則技だ。ましてボクサーならこういう攻撃は嫌がるはずだ)


 三発目で足の裏が相手の膝関節を捕らえた。


 そのまま踏み込んで膝を折ることはできなかったが、定岡は明らかに焦った表情をして後ろに下がった。


 その隙きに定岡に抱きつくと耳たぶを噛み切った。


 定岡が悲鳴を上げた。


 噛み切った耳たぶを定岡の顔に吐きつけると、自分の体幹を捻り全身をぶち当てるようにしてこめかみに肘打ちを入れた。


 定岡が倒れた。


 倒れた定岡の腹に何度も踵を踏み落とした。


 三人目の連れはあっけにとられて立ち尽くしたままだった。


 そいつを横から蓮がタックルで倒すと馬乗りになり顔面に拳を振り下ろした。


 白いジーンズの男が口を押さえながら立ち上がった。

 鼻から流れ落ちる血で白いジーンズが赤い大陸の地図みたいになっていた。

 僕は、白いジーンズの男に向かって構えた。


 白いジーンズの男は手を大きく振って降参するジェスチャーをした。

「悪かった。もう止めてくれ」


 ダイナーから出てきた人がこっちを見て携帯電話を取り出した。


「警察が来るとやっかいだ。いくぞ」

 渉の言葉に、僕たちは初夏の湾岸の夜に向かって駆け始めた。


「もう走れないよ」


 ダイナーから10分近く走り続けてかもめ橋のたもとまで来ると淳が息を切らしながら言った。

 橋の近くのかもめ公園に入ると足を止めた。

 振り返って見たが、さっきの三人組は追いかけて来てはいなかった。


「顔が血だらけだけど大丈夫か」

 淳が心配そうに訊いた。


 僕は手を顔に当てた。どこも怪我は無かった。多分、返り血だろう。

「平気だ。なんともない」


 公園の水飲み場に行き顔を洗った。


「それにしても流司の強さは半端ないな。それにこれだけ走っても息切れ一つしていない」

 蓮が肩で息をしながら言った。

「流司は毎朝走っているから」

 アマンダが言った。

「毎日かよ」

 蓮があきれ顔をした。

「誰か来る」

 自転車のヘッドライトが二つ歩道から近づいてきた。

「まずい。警官だ」

「静かにしろ」

「普通にしているんだ」


 自転車に乗った警官は僕たちを見た。


 拳や顔についていた返り血は洗い流していた。黒のティシャツなので血痕は目立たないはずだった。


 警官は何も言わずに公園を抜けて走り去っていった。


「私達を探していたわけじゃないのね」

「だが、こんな時間に公園にたむろしていたらそのうち職質される。とりあえず今日は解散しよう」


           2


 渉たちと仲良くなったのは、渉が入学式の日にドンキホーテで東葛西高校の連中にからまれていたのに出くわしたのがきっかけだった。


 僕は西葛西臨海高校の入学式の後に買い物に寄ったドンキホーテ葛西店を出ると、会ったばかりのクラスメイトの渉たちが東葛西高校の制服を着た一団に連れて行かれる姿を見た。


 何の考えもなしにその後をついて行った。東葛西高校の連中は渉たちをドンキの裏手にある野球場がある大きな公園に連れて行った。


「臨海校は目障りだ」

 東葛西高校の連中の一人が前に出てきて渉を睨んでそう言った。


 数は向こうが倍以上いた。


「ここは北葛西だ。東校のテリトリーじゃないだろう」

 渉が言い返した。


「東西線の北側は俺たちのテリトリーだ」

「どこで買い物をしようが勝手だろう」

「お前、誰だ」

「臨海校の柴田だ」

「何年だ」

「一年だ」

「なんだ、一年坊かよ」

 東葛西高校の連中が笑った。


「俺は東校の二年のマサユキだ。ここは俺たちの縄張りだ。臨海校の奴らは出ゆけ」

 マサユキの連れの一人が僕を見た。


「おい、なに見ている」

「こいつも臨海校だぞ。仲間か」

「違う。やつは関係ない」

 渉が言った。

「そんなことどうでもいいんだよ。俺たちのテリトリーを臨海の野郎が我がもの顔で歩いているのが気に食わねぇんだ」


 東葛西高校の一人が寄ってきた。


 制服の襟を左手で掴んだ。


「そいつは関係ない。手を出すな」

 渉が僕の襟を掴んでいる奴につかみかかろうとした。


「させるか」

 マサユキが飛び出してきて渉を殴ろうとした。


 僕は体を後ろに引いた。


「てめえ、逃がすものか」


 相手は掴んでいる手に力を込めて僕を引き寄せた。


 その力を利用して、ごめんなさいをするように頭を下げて相手の鼻に頭突きを入れた。


「うぐう」

 相手は鼻を抑えて苦悶した。


 ポケットに手を入れるとドンキで買ったばかりの電池のセロハンの包装を剥がして単三の電池を握りしめた。


「おい」


 渉とつかみ合いをしているマサユキの元に歩いて行った。


「何だ、テメェ」


 パンチの射程距離にマサユキが入った。

 下腹と下肢に力をいれると腰を振った。

 腰の回転が肩、腕に伝わり、その先の拳がマサユキのこめかみにヒットした。

 上半身には余計な力は入れない。

 足腰で殴る感覚だ。


 マサユキがよろめいて数歩下がった。


 そのまま前に踏み込んだ。


 踏み込んだ勢いを拳の先に伝えて電池を握り込んで威力を増した拳をマサユキの鼻腔の下に打ち込んだ。


「ぶおっ」


 引いた拳の下から赤い花のような鮮血が咲いた。


 さらに顎を打った。


 マサユキが崩れ落ちるように倒れた。


 さっきまで怒声を上げていた東校の連中が静かになった。


(おそらく、このマサユキというのが一番強いのだろう。一対複数の喧嘩は一番強い奴を見せしめのように最初に叩けば残りの連中は戦意を喪失する)


 相手が戦意を取り戻す前に敵の群れに飛び込んで順番に殴って行った。


 握り込んだ電池の威力は絶大だった。電池を握ることでパンチは重さを増し拳も痛まない。


 5,6人を殴り倒したところで、後ろから「もう十分だ」と抱き止められた。


 そいつも殴り倒そうとして振り向いて拳を上げた。


「待て」

 渉だった。降参するように手をあげていた。


 僕は拳を寸前で止めた。


「さあ、いくぞ」

 何のことか分からなかった。


「逃げるんだよ。ぼやっとしていると警察が来て補導されるぞ」

 辺りを見回した。


 ベビーカーを押して公園に来ていた母親が目の前で乱闘が始まりパニックになりどこかに助けを求めて電話をしていた。殴り倒した東校の連中は地面に這いつくばり鼻血を出してうめき声をあげていた。まだ殴られていない者は凍りついたように立ち尽くしていた。


「こっちだ」


 渉が走り始めた。

 その後を僕は追った。

 中川の堤防まで一気に走り抜けた。


 中川の向こうには荒川がゆっくりと流れていた。河川敷沿いに南下して東西線の鉄橋と清砂大橋の下をくぐり抜けた。

 清新町まで走った。


「ここまで来れば平気だろう」

 膝に手を当てて荒い息をしながら渉が言った。呼吸が少し落ち着くと渉は僕を見上げるようにして見た。


「お前、クレイジーだな。それにめちゃくちゃ喧嘩が強いな」

「相手が弱かっただけだ」

「いや。お前が強すぎるんだよ」

「……」

「確か同じクラスだったよな」

 僕は頷いた。

「柴田渉だ」


 渉が手を差し出した。


 僕は戸惑いながらもその手を握った。


「俺は流司だ。流司と呼び捨てでいい」

 両親の名字はテストの時に名前を書く以外は使わなかった。


「よろしくな」

「俺は蓮だ」

「僕は淳だ」


 それからチームとして四人で行動するようになった。

 渉がチームのリーダーだった。


 蓮はオールラウンドになんでもこなせるサブリーダー的存在だった。


 淳はパソコンオタクのゲーマーでチームの情報屋的存在だった。


 そして僕は喧嘩に特化したチームの攻撃手になった。


 江戸川区の南端の湾岸エリアは高齢化が進む中でも若年層が多く住んでいる。23区の中では治安はあまり良くない方で若者同士の喧嘩は日常茶飯事だった。


 千葉からも愚連隊のような少年たちが流れて来ては暴れ、東京の東の玄関口として賑わっていた。そんな中で僕は湾岸の喧嘩屋として一目置かれる存在になっていった。




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