第1章 アメリカン・ダイナー
1
外に出ると夜風に潮の香りが混ざっていた。
初夏の夜はまだ若く、僕の一七歳は残すところあと数時間だった。歩き出すとディズニーランドの打ち上げ花火の音に混ざって後を追ってくる足音がした。
アマンダだった。
「どこに行くの」
「アメリカン・ダイナーだよ。渉たちが待っている」
「私も行く」
「べつに面白いことなんて何もない。ただドリンクを飲んでだべるだけだ」
「それでも行く」
「ホームにいろよ」
「ヤダ」
(困ったな。アマンダがいると話ができない)
「帰れよ」
「邪魔なの?」
「そうじゃないけど……」
「知っているよ」
「何のことだ」
「夏休みに渉たちとチバファクトリーに行って筆下ろしをするんでしょ」
僕は思わず咳き込んだ。
「どうしてそれを……」
「流司のことなら何でも知っている」
「とにかくホームに戻れ」
「だめ。私も連れて行って」
僕はため息をついた。
「仕方ない。じゃあ、ジュースを飲んだらすぐ帰れよ」
「違う。アメリカン・ダイナーのことじゃない」
「どういうことだ」
「私もチバファクトリーに連れて行って」
「そんなこと言っても……」
「約束を忘れたの」
2
僕がアマンダと一緒に、環七沿いの閉店したファミレスを改装してできた八〇年代の西海岸の雰囲気のアメリカン・ダイナーに入ると渉たちが驚いた顔をして僕を見た。
「アマンダちゃんも来たのかい」
渉たちが顔を見合わせた。
「ついて来た」
「まあいいか。アマンダちゃんは何を飲む」
渉が席を詰めて場所を作った。
「ところで、今週リリースされたゲームだけど」
淳が話しかけてきた。
「無理に話題を変えなくてもいいのよ。チバファクトリーに行く相談をするんでしょ」
アマンダがぶっきらぼうに言った。
渉がどうなっているという顔で僕を見た。
「何のことだ?」
「ごまかしても無駄よ。流司から聞いた」
「おい、流司!」
「違う」
「分かった。アマンダちゃんもここにいて話を聞いていいから。その代わりチバファクトリーのことは内緒だぞ」
「内緒にしてもいいけど条件がある」
「条件って?」
「私も連れて行って」
「無理だ。大人でないと入れない」
「渉たちだって高校生じゃない」
「アマンダちゃんは未成年者だけど、僕らは一八歳で成人だ」
「でもチバファクトリーは二二歳未満入場禁止でしょ」
「とにかく、アマンダちゃんは連れて行けない」
「私も行く」
「どうしてそんなに来たい?」
「だって、渉たちはチバファクトリーで筆下ろしをするんでしょ」
蓮は飲みかけていたジュースを吹き出した。
「どこで聞いた」
「流司が自白した」
「流司!」
「俺は喋ってない」
「だから私も行く」
「アマンダちゃん、筆下ろしの意味が分かっている?」
「知っているよ。男の子が初めてエッチをすることでしょ」
「なら、アマンダちゃんが筆下ろしできないことも分かるだろう」
「違う。私が流司の筆を下ろすの」
「……」
「流司の初めては私。前からの約束なの」
「だめだ」
「なら、鎌田に言いつけてやる。もちろん先生にも言うからね」
渉が席を立った。
「ちょっとこい」
僕の袖を引いて立たせると男子トイレに連れて行った。
「おい。どうする?」
「どうするって……」
「アマンダは本気なのか」
「本気って?」
「鎌田だよ。鎌田に本当に言うつもりか」
僕は葛西警察署の生活安全課の無骨な刑事の顔を思い浮かべた。
「アマンダは言ったことは本当にやる」
「まずいな。この前もドンキの前で鎌田に呼び止められて説教された。鎌田に知られたらおしまいだ」
渉が僕を見た。
「お前が責任を取れ」
「責任って?」
「こうなったらアマンダを連れてゆくしかない。だけどチバファクトリーに潜入したら別行動だ。お前がアマンダの面倒をみろ」
「それはないだろう」
「他に方法はあるのか」
「……」
「アマンダのことは嫌いか」
「そうじゃない。けど、アマンダとはホームで一緒に育った。俺たちは家族がいないから、アマンダは妹みたいなものだ。だから……」
「あきらめてアマンダと本当の家族になれ」
「そんなことを軽く言うな!」
「悪かった。いまのは言い過ぎだった」
渉が僕の目を覗き込むようにして続けた。
「とにかくアマンダが鎌田に話したら全て終わりだ。だからアマンダも仲間に入れるしかないだろう」
僕はしぶしぶ頷いた。
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