最終日
むせかえるような植物の匂いと早朝のおかげかいつもより涼しい空気。
私は昨夜の余韻に浸るように例の場所に腰掛けた。
ただ、いつもとは違い手ぶらでそこにいた。
旭や龍司さんはそろそろ出発の時間だろうか?
最後、ろくに別れの挨拶もできなかったので見送りに行こうと思っていたけど、宿の場所がわからなかったため断念した。
だけど、諦めの悪い私は一縷の望みにかけてここにきた。
「えっ、なんでいるの?」
急に声が聞こえたのでそちらへ顔を向けると走ってきたのか息を切らしながら汗を拭う旭の姿があった。
「それ、こっちの台詞なんだけど」
最後にもう一度会いたいと思っていたけど、まさか本当に会えるとは思っていなかった。
旭も予想できていなかったようで、この状況がおかしく感じて2人して笑った。
「さっきコンビニで昨日撮ってもらった写真を現像してきたから、ここに置いてたら気づくかなと思ってきたんだよね」
一通り笑い合った後、そう言いながら一枚の写真を手渡された。
そこには舞台上で輝いている一夜限りのバンドの姿が映し出されていた。
私は感極まって泣いてしまい、それを落ち着かせようとオロオロする旭。
心が落ち着くまでに少し時間がかかってしまった。
「本当にありがとう、とってもいい思い出になった」
私は素直に今の気持ちを伝えた。
旭はその言葉にこちらこそと返す。
「私決めた、今からでも頑張って勉強して大学に行くから、そしたらまた一緒にバンドを組みたい!」
「おっ、それはいいね! その前に僕が大学に入れるかが問題だけどね……」
そして私はポケットに手を突っ込み、握りしめたものを旭の掌に無理やり乗せた。
私が愛用しているピックである。
「絶対に返しにもらいにいくから、それまで預かってて」
旭はニッコリと音が出そうなほどの笑みを浮かべ、わかったと答える。
お互い、もう会えないかもしれないことはわかっている。
連絡手段も持っていないし、住んでる場所も随分と違う。
それでも、再会した時にはまたバンドを組んで、この短くも濃い時間を笑い合えたらいいなと思う。
いつかまたで会えることを願って、私たちは別々の道へ新たな一歩を踏み出していく。