四日目
今日はこの小さな町で年に2回ある祭りの2回目である。
1回目は2月の半ばという中途半端な時期であるが、理由はこの町の名前の由来となったお偉いさんの縁日法要という説が一般的だ。
なのでそちらはお堅い行事という印象だが、この夏の方は催物もあったりして、いかにもお祭りといった感じだ。
過去には有名な漫才師の方が来られたこともあった。
予定では18時に集まる約束だったのだが、気持ちが落ち着かないのでお昼を済ました後、いつも通りの場所に腰をかけてギターを触っている。
18時集合の理由は単純に旭たちの自由時間が祭りに合わせて17時からとのことだったので自然とそうなった。
旭曰く、みんなこの祭りのために勉強合宿を頑張っているといっても過言ではないらしい。
規模感で言えば大きな祭りというわけではないが、学生にとっては祭りがあるということに意味があるのだと思う。
突然、ザッザッと砂利を踏みしめる音が表の方から聞こえてくる。
予定の時間より早く姿を見せたのは旭だった。
「どうしたの? 予定よりも早いよ」
「さ、最終日だから、勉強を頑張ったから早めに解放してくれたんだ。」
その口ぶりや態度から察するにどうやら抜け出してきたらしい。
毎日こんなことをしていてバレたりはしないのだろうか?
そんなことよりも気になることが一つ……
「今日が最終日って本当なの?」
「あっ、ごめん! 言ってなかったけど明日の朝で地元に帰るんだ……」
「そっか……」
2人の間に重たい沈黙が流れる。
勉強合宿と聞いていた時点で長い時間ではないと理解していたけど、まさかここまで急だなんて思っていなかった。
でも、これは至極当然のことで私の中では日常の中に突如降って湧いた特別な時間だ。
しかし、旭たちにとっては非日常から元の時間に戻るだけなのだ。
そう思うと涙が込み上げてきそうで堪えるのに必死だった。
「なら、今日は全力で楽しまなくちゃね」
私は努めて明るく振る舞う。
旭はうんと大きく頷いた。
祭りはもうすぐ、目の前に迫っている。
時刻は18時を少し過ぎ、段々と祭りらしく場が華やかになってくる。
周りには浮ついた雰囲気が充満していて、私もソワソワとしてしまっている。
龍司さんはまだ時間はあるからと私のギターを預かり、私と旭を送り出した。
「何か食べたいものはある?」
その問いかけに私は窮してしまう。
お世辞にも裕福とは言えない環境で育った私にとっては祭りの屋台とは縁がなく、遠目から眺め続けることしか出来なかった。
だから、急にそんなことを言われても悩み過ぎて決めることができない。
「そうだな……、僕はまずたこ焼きが食べたいかな」
決めかねている私を見て、旭はまず自分が食べたいものを提案した。
私もそれに賛同して少し延びた列に並ぶ。
今までこういう行事はどちらかと言えば嫌いだったけれど、とても楽しくいい思い出になっていると思う。
こんな時間が続けばいいのに……
2人で屋台を数カ所回り、腹ごしらえを終える。
「そろそろ行こうか!」
この祭りでは催し物の時間は決まっており、舞台には空き時間ができる。
その空き時間は毎年、飛び入り参加の若者が漫才やダンス、歌などのパフォーマンスで盛り上がるのである。
私たちはそこに参加しようと決めていたのだ。
「エネルギーに満ち溢れた良いダンスでした! さぁ、次の勇気ある挑戦者は誰だ!?」
「はい、はい! 僕たちがやりたいです!」
司会者の煽りに旭は一所懸命に声を出し、大きく手を挙げる。
「おっ、ここら辺では見ない学生服の生徒さんだね! この勇気ある若者に拍手を!」
その司会者の言葉に会場中に拍手がこだまする。
想像以上の盛り上がりに急に緊張してきた。
舞台へと上がる足が震えでまともに踏み出せず、まるで自分のものではないみたいだ。
「それで君たちは何をするのかな? ギターを背負ってるしバンドってことでいい?」
「そうです、今日のために結成した一夜限りのバンドです!」
大勢の人前で堂々と受け答えする旭は今までとまるで別人に見え、はっきり言って格好良かった。
深く知っているわけではないが、普段の姿からは想像ができない。
「素晴らしい! 時間的にはそうだな…… 一曲が限界だけど大丈夫かい?」
大丈夫です! と返事をして旭は私の方へ身体を向ける。
「歌いたくなったら一緒に歌おう! この時間を楽しもう!」
私は頷きギターを構える。
準備ができたことを伝えるために龍司さんに目で合図を送る。
その合図を受けて龍司さんはゆったりとしたそれでいて壮大なイントロを奏で始める。
私もそれにギターの音を重ねていき、旭の歌声も合わさっていく。
とても上手とは言えないかもしれないけど、一つになったような心地よさを感じる。
私たちが音楽をできているという実感に少し涙が溢れそうだった。
サビに向かって段々と激しく、速くなっていく音。
集大成、気づけば大好きで憧れだった歌詞を私も歌っていた。
「バンドを組んでいるんだ、素晴らしいバンドなんだ、みんなに聴いてほしんだ、バンドを組んでいるんだ」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、祭りも余韻を残して終わっていく。
人もまばらになる中、私と旭は相も変わらず神社の裏手にて腰を下ろしていた。
「祭りも終わっちゃったね」
「そうだね……」
この胸に去来する寂しさを言葉にして伝えたいけれど、なかなか言語化することができない。
「短い間だったけど、楽しかったよ、ありがとう!」
そんなふざけたこと言わないでよ! と言いたいけれど黙り込んでしまった。
私も、もちろん旭もこの祭りが終わっていくことに気がついている。
「私もとても楽しかった、夢も叶えることができた、本当にありがとう!」
だからこそ、私は精一杯の笑顔で旭に感謝を伝えた。
この何気ない日々に訪れた1日が、特別輝き続けますようにと願いを込めて。