三日目
今日も今日とて蝉の鳴き声が響き渡る中、神社の裏手へと足を向ける。
楽しみにしててと旭に言われたけれど、一体何をしようとしているのだろうか?
時間は15時過ぎ、いつもより少し行くのが遅くなった。
目的地には既に先客がいたが、見慣れない人物がもう一人いた。
「あっ、きたきた! 僕が言ってたのはこの子のことだよ、本当だっただろう?」
「あぁ、本当にギターを持った女の子だな。疑って悪かった」
そうぶっきらぼうに返事をした男性は旭よりも背が高くガタイもいい、さらに風貌も厳ついので威圧感を感じる。
端的に言えば雰囲気や見た目が怖い。
ただ、その肩にはギターケースをかけているので音楽をやっている人なのは間違いなさそうだ。
「僕が提案したいのは明日祭りがあるから、そこでゲリラライブしてみたらどうかな?」
「えっ」
私はいきなりの提案にびっくりしてしまった。
唐突に明日と言われてもろくに練習もしていないし、人前で演奏するなんて……
「俺はやるとは言ってないぞ」
「えぇーいいじゃん龍司、高校最後の思い出作りだと思ってさ? 頼むよ!」
龍司と呼ばれた男性はチラッとこちらを見た。
その目はお前が決めろと言っているように感じた。
「や、やりましょう! 龍司さん明日だけ、明日だけでも私とバンドを組んでくれませんか?」
龍司さんは軽く息を吐くとわかったと言いながら、頭をかいた。
私が同意をすれば初めから協力してくれるつもりだったようだ。
「よかったね楓! これで僕の役目は終わったよ」
「いやいや、旭にはボーカルとして歌ってもらわないと」
旭はその返しは予想していなかったようで動揺していた。
こうなったら一緒にやるのは当然の流れだと思うんだけど……
「僕が歌うの? ほ、他の人を誘ってみるからさ、考え直さない?」
「普通に考えて、旭以外にいないでしょ?」
よっぽど人前で歌うのが嫌なのか頑なに拒否をし続ける。
私だって人前で弾くことになるなんて恥ずかしいのに……
同じような問答が繰り返されるのを見かねた龍司さんが口を開いた。
「もう観念しろよ、お前が言い出しっぺだろ? 男らしくないぞ」
旭はしばらく黙っていたが、意を決したのかようやく言葉を発した。
「わかった、やるよ! 僕に頼んだことを後悔しても知らないからな!」
もう完全に投げやりだった。
そんな姿を見て私と龍司さんは声を出して笑った。
「時間はほとんどないけど、少しだけみんなでやってみようよ。」
「曲はどうするんだ? 3人が知ってる曲じゃないと駄目だろ?」
旭が聴いている音楽は龍司さんの影響が大きいとちょっとした雑談の中で聞いた。
となれば私たちがやる曲はもう決まっている。
「私と旭が出会った時の曲をやりたいんですけど大丈夫ですか?」
その言葉に旭は龍司さんにあのバンドの曲なんだけどと耳打ちをする。
龍司さんは頷いてからギターを取り出した。
年季の入ったギターからはこれまでの努力が滲み出ているように感じられた。
「俺が合わせるからお前らは好きにやってくれ」
「あ、ありがとうございます! 下手っぴですけど頑張ります」
龍司さんは下手とかそんなの関係ないと言って少し笑う。
旭もその光景を見ながら微笑んでいた。
「じゃあ、始めよう。楓、楽しんでやろう!」
そこからは3曲続けて演奏したのだが、時間はあっという間だった。
緊張もあったのか普段よりも失敗が多かったけれど、初めてバンドらしいことができたのでとても多幸感を感じられた。
「まぁ、良かったんじゃないか? 想像していたよりも弾けてた。旭は……お前はてんでダメだな」
「だから言ったじゃん! 僕の歌が下手なのは龍司が悪い!」
そんなわけないだろと言いながら龍司さんは適当にあしらう。
その後、私にちょっとしたアドバイスをしてくれた。
「もうそろそろ、戻るぞ」
「わかった、龍司は先に行ってて」
やりとりが終わると先に龍司さんは帰っていった。
残った旭と目が合う。
「迷惑じゃなかった? 僕が勝手に色々としちゃったけど……」
その声色からは本当にこれで良かったのかという迷いのようなものが感じとられた。
「何言ってるの? 私はとても嬉しかったよ!」
「そう? それなら良かったよ!」
そこでようやく旭に笑顔が戻った。
出会ってからそこまで時間は経っていないけれど、笑顔の方がらしさがあると思う。
「私、明日だけだとしても夢が叶うんだから本当に…… ありがとう!」
「僕も誰かの中ためになれてとても嬉しいよ!」
2人の間にしばし沈黙が流れる。
そこには気まずさなどはなく、ただただ心地の良い時間だった。
「じゃあね、明日は目一杯楽しもう!」
私は旭の言葉にうんと大きく頷いて見せた。
明日はどんな1日になるのだろうかと楽しみにしながら、2人は別々の道に別れて歩いた。