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二日目


 今日もあいもかわらず神社の裏手にて腰かけ、ギターを手にしている。

 心なしかソワソワしてしまっている自身に気づき少し恥ずかしくなる。


 独学でやってきたものでもあるので上手いというわけでもないし、特別音楽に対する才能があるとかそういうわけでもない。

 それでも私のギターをまた聴きたいと素直に言ってくれたことが思いのほか嬉しかったのだと思う。


 木陰こかげにいるとはいえ、夏真っ盛りである。

 にじみ出た汗がナメクジのように背中をって滑り落ちていく。

 

 昼過ぎに到着したが、昨日の彼と出会ったのは黄昏たそがれに差しかかった頃である。

 もうこれは言い訳しようもなく、私の中で心が浮ついていることの何よりの証明となってしまっている。


 「こんな早い時間でもいるんだね」


 昨日聞いたばかりの声が耳に入ったことにより、なぜか私はホッとしていた。

 顔を上げるとサウナにでも入ってきたのかと思うくらい、汗が噴き出していたので笑ってしまった。

 彼はなんで笑うんだよと少し不満そうにしながらもこちらに向かって笑みを返す。


 「あまりにも汗をかいていたからつい」


 「汗っかきだから仕方ないんだよ、それにしてもずっといるね。暇なの?」


 仕返しとばかりににやけ顔で尋ねてくる。

 でもその言葉はそっくりそのまま返せるので、あまりイジリにはなっていない。


 「まぁね、誰かさんと違ってみんな忙しいから私は暇なの」


 私がそう言うと彼は誰のこと? と言いながら大袈裟に周囲を見渡した。

 その動きがまた滑稽こっけいで自然と笑みが溢れてしまう。


 「こう見えて僕は忙しいんだよ、大学受験が控えてるからこうやって勉強合宿に来てるんだ…… 決して僕は暇なわけじゃない!」


 「でも、今こうして私と喋ってるってことはサボりなんじゃないの?」


 私の意地の悪い返しに彼は一所懸命に言い訳しようとしていた。

 だが、私にそんなことをしたところで意味がないと気付いたのかすぐに切り上げる。


 それにしても大学受験ということは私よりも年上だ。

 だけど、今更敬語にするのはしゃくだったのでこれまで通りに話すことにした。


 「この話は一旦置いておいて、こうやってサボりに来てるわけだからさ、ギター聴かせてくれないかな?」


 そう言いながら私の目の前に腰を下ろした。

 せっかくなので私はある提案をすることにした。


 「いいけど、そのかわりに歌ってよ」


 その言葉に少し驚いたような顔をしたあと、下手だから恥ずかしいと言いながら頭をかく。

 例え下手だとしても私は気にしないし、周りに人がいるわけでもないので大丈夫だと思うんだけど……


 「じゃあ、私もギターが下手で恥ずかしいからやめておくね」


 「わかったわかった、僕が悪かったよ。ただ、絶対に笑うなよ!」


 絶対に笑わないと約束した後に、私は昨日出会った時に弾いていた曲を弾くことにした。

 彼は大きく息を吸うと歌い始める。

 確かにお世辞にも上手いとは言えないけれど、気持ちのこもった歌声は人の心を揺らすような力があるように感じられた。


 「凄くいい歌声だね! 私はとても好きだよ、別の曲もやろうよ!」


 「お世辞をどうもありがとう、こうなったらとことんやろう!」


 それから1時間ほど私たちは音を鳴らし続けた。

 はたからみたら、とても聴いていられるものではなかったかもしれないけど、とても楽しい時間だった。




 「私さ、バンドを組んでみたいんだよね」


 「いいじゃん! やってみなよ」


 彼は簡単に言うけれど、そう簡単な話ではない。

 人を集められるのなら、こんな所に一人でいないのである。

 私の暗い気持ちを察してか彼は言葉を続ける。


 「じゃあ明日を楽しみにしてて、君の思っている感じとは違うかもしれないけど……」


 そう言いながら彼は苦笑いを浮かべる。

 何をしようとしているのかは分からないけど、期待してしまう。


 「あっ、今更だけど名前はなんていうの?」


 「本当だ、お互い名前を知らなかったね。僕の名前は赤羽旭あかばねあさひ。君は?」


 「私は岸和田楓きしわだかえで


 こんなやりとりをして気づいたけど、なんだか小っ恥ずかしい。

 人の名前を聞くなんて長い間していなかった気がする。


 「楓ね、じゃあまた明日! 期待しててよ」


 そう言って私に背を向けて駆け出す。

 私も人のことを言えないけど、落ち着きがないなと思った。

 いきなり名前呼びだし……


 何はともあれ楽しみが増えたことだし、今日は片付けをして家路についた。

 どんなことが起きるのかと明日に期待して。


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