一日目
ジリジリと照りつける日差し。
周囲を包み込むようにさんざめいている蝉の鳴き声。
いかにも夏といった趣だ。
私はいつものように入り口付近でボール遊びをしている小学生の脇を通り抜け、神社の裏手に回る。
ここまで来ると青々と生い茂った木々のお陰で比較的涼しくなる。
そしていつものようにケースを開け、ギターを取り出し、音を鳴らし始める。
それが私、岸和田楓の中学生最後の夏休みの過ごし方である。
私の物心がついた時には既に父親がいなかった。
仕事中の事故で亡くなったと聞かされた。
小さい頃は周りと比べて貧乏で欲しいものもなかなか買ってもらえなかった。
だから、他人と比べて不幸だと思っていたし、羨んだりもした。
だけど、それが意味のないことだと気がついたし、母親が私のために頑張っていることを理解した。
それからは、この生活も特に苦ではなくなったのだ。
そんな私の娯楽はCDプレーヤーとギターだった。
両方、父親が大切にしていたものだったそうだが、今は私が大切に使っている。
CDは沢山あったから、飽きることはなかった。
でも、今時の音楽は聴けないのでさっぱり分からず、周りの子達にはついていけなかった。
「バンドを組んでいるんだ、すごくいいバンドなんだ」
この曲を奏でる度にバンドへの憧れが増していく。
私だって、誰かとバンドを組んでみたいし、いつか人前でライブをやってみたい。
だけど、音楽の嗜好が合う人がいないし、そもそもド田舎なので人も少ない。
いつか本当にできたらいいな……
「君もその曲好きなの?」
急に声をかけられたので顔を上げる。
そこには近辺では見かけない学生服を着た男の子が立っていた。
ウェーブがかかっている少し癖のある髪、キラキラとした吸い込まれそうな瞳が特徴的だ。
「そうだけど……」
夏休みに入ってから人と話していなかったからか、思うように喋ることができない。
意識はしていないが緊張しているようだ。
「そっか、このバンドの曲はいい歌が多いよね! 友達の影響で聞き始めたんだけどもう最高だよ!」
矢継ぎ早に目の前の彼は言葉を捲し立てる。
その言葉からはバンドへの愛が感じられた。
「私も大好き、家でもよく聴く」
「僕が言うのもなんだけど、どこで知ったの? 同世代でも知ってる奴なんてほとんどいないのに君みたいな小さい子が知ってるなんて……」
その言葉に少し傷つく。
確かに私はチンチクリンだから、年齢よりも幼く見られるけど、それがコンプレックスだ。
目の前の彼も対して年齢は変わらなそうだけど……
「私は親の影響で聞くようになった。後、私はこんなだけど、これでも中3だから」
私の言葉から怒気を感じたのか、ごめんごめんと手を合わせて謝る。
あまりにも大きなリアクションだったので少しおかしかった。
「お詫びにこれあげるから許して」
そう言って大量に飲み物の入ったレジ袋からお茶を取り出し、私に向かって突き出す。
私はありがとうと言ってからそれを受け取る。
「そんなに大量に飲み物を買ってどうしたの?」
「あぁ、これは買い出しに行ってたから…… まずい、早く戻らないと! じゃあ、ばいばい、明日もそのギター聴かせてね」
こちらの返事を聞く前に表の方へ走って行く。
毎日ここに来ているから大丈夫だけど、一方的に約束されてしまった。
ただ、私のギターをまた聴きたいと言ってくれたのが初めてだったので少し頬が緩んでしまう。
いつもより早いけどギターを片付ける。
先ほどまでより静かになった道を高揚した気持ちのまま歩き出した。