ある少女の憂鬱と苦悩
「ある少女の憂鬱と戦い」の続きです。
もしかしたらBLかもしれない(一方通行表現のみなので微妙です)のでご注意を。
――むかしむかし、ある所に、神に愛された巫女がいた。
そしてある時、その無垢な魂を愛しんだ神は、巫女に祝福と、ある役目を与えたという。
『私の愛しい子、これよりそなたは大地を廻り、幸福の種を落として回るのですよ』
こっくりと素直に頷いた白い光を神は優しく撫でた。
その時より、神の眷属たる巫女は人の世に生まれおちることとなったのだ。
「ふうん……で、それでなんでうちの海央は『迷子』になったの?」
「さあ。今の所はまだわかっていない」
問い掛けに返されたのは、実に端的で冷たい声。
目映い金の髪に濃い藍色の瞳、冷徹な美貌の青年は、滅多なことでは顔色を変えず、常に無表情が標準装備であるらしい。
しかし、視線を移した瞬間、その頬は僅かに緩んだ。
これは周囲の者達にとって衝撃的なことであったらしく、近頃は大分慣れてきた者も増えたが、給仕をしていた侍女の一人は真っ青になって硬直していた。
……まあ、確かに、今まで何があろうと眉ひとつ動かさなかった人間が、いきなりにやけ――かなり語弊がある表現だが彼女にはそのように見える――出したら、恐ろしく感じるだろう。
「…ん?」
ゆっくりと目をそちらに向ければ、幸せそうに甘い菓子を頬張っていた片割れが、リスのように小首を傾げ、にっこりと微笑んだ。
「ふたりとも、何?」
「いや…ミオ。おいしいですか?」
「うん!すっごく!ありがとうライル!!」
「……それほど喜んで食べてもらえるなら、用意した甲斐がありましたね」
満面の笑みを浮かべた天使に、青年はもうめろめろのようだった。
海央のあの笑顔を爆弾と評した人が昔いたなあと思いながら、有空は遠い目をした。
「あーちゃんあーちゃん、おいしいよ、これ。食べない?」
クリームでべたべたな手で、ひとつ菓子を差し出すのは、短い黒髪の天使。
れっきとした少年でありながら、何故これほど可愛いのだろうかと、双子の姉はまた内心で溜め息をついた。
「私はいらないわ、太るから。海央みたいに太らないならいいんだけどね」
「んー?そう?」
じゃあ自分で食べる、と言って手を引っ込めて、ぱくりとクリームのたくさん挟まった小さなパイを口に入れた海央は、見ているこちらが柔らかな気持ちになる程おいしそうに食べている。
食べることと眠ることが大好きな双子の弟は、それ以外ではひどく純粋無垢だった。
そう、今自分がどのような目で見られているのかなど、全く気付いていないのだ――。
「人の弟を厭らしい目で見ないでくれないかしら?まさかあの手を舐めたいとか思ってないでしょうね」
「……まさか」
何だ、意外と常識人だったのか、と驚きかけた有空は、次の瞬間固まった。
「――ただ、頬についているのを舐め取ってやりたいと思っているだけだ」
こんなのが宰相でこの国大丈夫なんだろうか、とよくよく思う。
こちらはこれでも年頃の乙女なのだ。花の女子高生なのに――最近、思考が物凄く下品になってきた。
間違いなくこいつらのせいだ。
夜這いをしかける王太子に卑猥な思考の宰相その他が、あまりにも生々しさを剥き出しにしているから、感化されてしまったではないか。
ひどすぎる。
というかこんな変態な奴らには大事な弟はやれないと奮起してしまうから、益々私が護衛に力を入れていることに当人達は気付いているのかいないのか。
この国に落ちてきて、弟は多くの人間を虜にした。
何でも、巫女はとても清らかな魂の持ち主で、そこにいるだけで人を幸福な気分にさせてくれるのだという。そういえば思い当たる節は多いな、と納得したものだ。
この世界には国が七つあり、代々の巫女は順々に一つずつ国を廻って生まれてきていたそうで、先代が逝去し、次はこの国、という時に、何かの弾みで巫女の魂は異世界に渡ってしまい、海央として生まれたらしい。
巫女がいないと世界はバランスを崩す。結果、この十数年、あちこちで異常気象だの天災だの戦争だのが起こっていたので、「迷子」になっていた巫女、海央の帰還はそれはそれは喜ばれた。
ゆるやかにだが世界は回復しつつあるとか。
おかげで海央に感謝の印として、贈り物がたくさんくる。食べ物が地球、特に日本のものに近いために、海央は両手をあげて喜んでいた。
異性愛は勿論、同性愛にもかなり寛容らしいこの世界で、自分の貞操が危機であることなど知りもせず――思うが海央は恋愛感情なるものを生まれる時どこかに置き忘れてきたのではなかろうか。奴らのアプローチは全く気付いてもらえていない――、弟はおいしいご飯とおやつがたくさん食べれて、ひなたぼっこをして眠れる暮らしを呑気に楽しんでいる。
その平穏を護れる人間といえば、私しかいないではないか。
そんな思いから、慣れない暮らしに強制的に体を馴染ませ、竹刀や木刀しか持ったことのない手で、剣を握れるように努力を重ねた。そういえば、宝物庫のような所から見つけ出した、現在愛用している、やけに手に馴染む西洋風の剣は、どうも魔剣と呼ばれるものらしい。
そんな怪しげなものを扱って大丈夫なのかと思われるだろうが、私は聖なるものにも邪悪なものにもかなりの耐性を持った特異な体質をしているそうで――何でも巫女は生まれた瞬間に自分を護る存在として「騎士」となる人物を無意識に選んで力を与えるそうで、双子である私がそれに選ばれてしまっているとか。
そうか。無駄に男らしいとか女子を惹きつける何かがあるだとか凛々しすぎるだとか言われ続けてきた理由はそれか。
おかげで生傷は絶えないし、ちょっとしたことでもすぐに目を覚ますし、体が自然と気付けば海央を護っているのだけれど。
――巷で人気の異世界トリップとかいうジャンルと、何か違わないか。
弟に宰相が狼藉を働かないかと剣に手を掛けて見張りながら、有空は今日も頭を抱える。
短編連作で連載にすべきか悩み中です。
何か反応頂けると嬉しいです。