家訓「触らぬヤンデレに祟り無し」 ~枕を持ったなまけもの令嬢と黒狼の王子様~
ナマケモノに悪役令嬢は無理の「悪役貯金、始めました」と、ナマケモノの設定は同じですが、別々の作品です。
よろしくお願いいたします。
王国有数の資産家であるハウエル男爵家の朝は、母と娘による家訓復唱から始まる。
「ひとつ、触らぬヤンデレに祟り無し!」
「「触らぬヤンデレに祟り無し!!」」
「ふたつ、注意一秒ヤンデレ一生! ヤンデレを拾うべからず助けるべからず惚れられることなかれ!」
「「注意一秒ヤンデレ一生!! ヤンデレを拾うべからず助けるべからず惚れられることなかれ!!」」
「みっつ、ーーリリベル、起きなさい! 寝てはなりません!」
「ぷぅ、ぷぅ」
「お母様、仕方ないですわ。リリベルはナマケモノですもの」
「そうですわ、お母様。リリベルはナマケモノですから」
母からの叱咤に、双子の姉たちは末っ子の妹であるリリベルを庇う。ナマケモノだから、と。
「そうね。リリベルはナマケモノだものね。我が家は祖先の呪いで愛が激重の人に愛されてしまうというのに、動きの遅いリリベルでは逃げられないわ。心配だわ」
母のハウエル男爵夫人が溜め息をつくと、長姉が、
「お母様、逆転の発想はいかがでしょうか? いっそリリベルを愛が激重の方に守っていただく、というのは? リリベルは特別なスキルを所有していますもの、利用しようとする者がきっと現れますわ」
ついで次姉が、
「ええ、お母様。リリベル本人も、安心安全快適であれば我が家でなくても場所はどこでも良い、と言っておりましたし。愛が激重の方ならば自身の命をかけてリリベルを守って下さいますわ、必ず」
との姉娘たちの言葉に、ハウエル男爵夫人も深く考慮した後に頷いた。
「そうね。リリベルには愛されて大切にされて、たとえ全てを管理されようとも眠っているだけだから、その方が安全なのかもね」
「ええ、お母様。姉妹で以前から話しておりましたの。わたくしたち年頃でしょう、どのような殿方に嫁ぎたいかと。わたくしはお父様のようなお母様を屋敷に監禁する方はお断りですけれども、リリベルは動きたくないから、その方がいいと」
「ええ、お母様。ずっと男爵家に居ればいい、と言ったのですけれどもリリベルは、恋をしてみたいと。眠ったままの自分を一途に愛してくれる番は、リリベルとしては条件ぴったりだと言うのです。それに愛の糸は赤いから大丈夫だ、と」
扉のない鳥籠のような、絡みつく茨のような束縛は姉娘たちは断固として拒絶だが、リリベル的には許容範囲なので番を受け入れると。複雑な表情で姉娘たちは、ぷぅぷぅ寝息の可愛い末っ子のリリベルを見る。
需要と供給が一致した監禁傾向生活はいかがなものか、と。
「では罠を仕掛けましょう」
ハウエル男爵夫人は、持参のお気に入りの枕で丸くなって暢気に眠る可愛い末娘を見て姉娘たちと同じ複雑な表情をして、重々しく言った。
それがリリベルの望みならば、と。
王国の人々は極わずかな純血種を除き、人間と獣人の混血種である。
外見は様々だが、ほぼ人間の見た目をしている者が大多数を占めていた。そして人間の姿で祖となる獣人の特性を持つのだ。
多種多様な血を代々重ねていくため、兄弟姉妹で現れる血が全員違う場合も多い。
ハウエル男爵家でもナマケモノの特性を持つのはリリベルだけであった。
しかも面倒なことに、獣人として番を求める本能は男性だけに現れ、女性には番を感じる本能がないのである。
番に出会える確率は、砂漠で黄金の砂粒を発見するより低いとされているが、出会える者はそれでもいる。その時に問題がおこるのだ。
番を強く求める男性と、男性の強引さに逃げ出す女性。結果として女性の逃亡を許さぬように男性は、女性を監禁してしまうことが多いが、男性側が地位も高く権力もあることが大半のため罪にはならない、というのが現実であった。
法も人権も不平等な世界なのだ。
身分は絶対的な上下関係であり、裁く立場の者は公平ではなく、罪の天秤は地位や権力や財力や縁故あらゆるものによって片方に傾く。
厄介なことにハウエル男爵家の令嬢たちは、祖先の呪いによって100パーセント番と出会ってしまうので、年季の入った家訓までできてしまっていた。まぁ、それでも逃げられないことが多いのだが。
特にリリベルは、姿は人間であってもナマケモノの特性持ちである。
1日の睡眠時間が20時間もあり、動作はスローモーションの如くゆっくりなのだ。
リリベルがいっぽ歩く間に、40歩うしろに居た相手に追い付かれてしまう遅さである。
逃げることは不可能と早々に諦めたリリベルは、ならば逃げずに愛されればいいと方向転換した。
賢いリリベルは、相手には溢れるほどに愛があるのだから、よほど生理的に無理な相手でないかぎり、自分も相手を愛することができれば相愛の幸福を得られると考えたのだ。
リリベルはちゃっかりしているので、相手が貧乏ならば実家の男爵家のスネをかじって生活すれば心配性な母親は安心するであろうし、母親が笑顔ならば父親はご機嫌である、と計算もしていた。相手が金持ちならば、それはそれで全面的にお世話になっちゃうべし、と。
なにしろ活動時間が4時間しかないので、食事と水分摂取、運動という名前の散歩、勉強と身の回りの諸々をリリベル的にはセカセカと慌ただしくする必要があるのだ。どれだけ根性とやる気があっても身体はゆっくりとしか動かないのである。
動物のナマケモノであれば自然界において葉っぱ数枚で生きていけるが文明社会における社会不適合者気質全開の、経済的にも自立の難しいリリベルは、資産家の父親から生活の援助を受けるか番に養ってもらうかの究極の2択を考えた時。
母親にデロ甘くトロトロの父親の姿を見て、迷わず番を選択したのである。
と言うわけで、リリベルは大きな風呂敷包みを持って庭に座っていた。
木々の緑の葉に降り注ぐ光が木漏れ日となって、地面の草花を星屑のように照らしていた。あるいは光に透ける葉脈の影が、影絵の絨毯をつくっている。
光が降り落ち。
風が木々の葉をこすれ合わせる音は漣のようだった。
風呂敷には、万一の時のために男爵家に瞬間移動できる1回使いきりの超高価な魔道具、お金や宝石がどっさりと入っている。もちろんマイ・枕も忘れていない。
リリベルは自分の匂いを抑える魔道具のブレスレットを姉に外してもらい、すぅと深呼吸して叫んだ。
「私はここよ!」(愛の糸、くるくる巻いて連れて来て! 私を生涯愛して大切にしてくれて、ぐーたら寝を許してくれる人を!)
姉たちが風魔法でリリベルの匂いを、空中に拡散させる。高く、広く。太陽の光を浴びて呼吸する緑葉の吐息が流れるように、リリベルの匂いが空気中に樹液が巡るが如く走った。
ゴアアァッ。
風が唸った。木々の葉が風に巻き上げられて宙を舞う。
緑の葉が。
黄の葉が。
茶の葉が。
空から鳥の羽のように落ちてくる。
少年が、翼を失った鳥のように一直線に空を切り裂いて落ちてきた。少年の背中のマントがちぎられた片羽の如く翻った。
「信じられない、魔法で無理やり飛んできたわ」
「凄い。膨大な魔力のごり押しだわ」
双子の姉たちが驚愕の声をもらす。
夜の色をした黒髪の少年だった。
少年の射るような眼差しを受けて、リリベルがにこーーっと無邪気に笑う。
「はじめまして、リリベルです」
番とのファーストコンタクトは、たいてい女性が逃げ出すことから始まる。しかし、好意全開のリリベルに少年は嬉しい反面、面食らった。
「私は姿は人間ですが、特質はナマケモノです。それでも愛して大切にしてくれますか?」
「ナマケモノ?」
少年とリリベルが見つめ合う。数秒。短い時間だが永久に長く感じた。
「うん、ナマケモノだって何だって僕の番だもの。超絶に大切にするよ。僕は第三王子のレグリウス、歳は18で特質は黒狼。妻も妾も婚約者もいないよ、狼だからずっと番だけを探していたんだ」
レグリウスは、座るリリベルの前に腰を落として片膝をついた。
「生まれた時から、僕はリリベルを探して求めて何千日も愛してきた。でも、今わかった。愛は〈する〉もので、恋は〈落ちる〉ものなんだね。僕の初恋が僕の番だなんて、僕は果報者だ」
合格!! リリベルの後ろで姉たちがきゃあきゃあと飛び跳ねる。姉たちはレグリウスが不合格の場合は、風魔法でレグリウスを弾き飛ばして、竜が踏んでも壊れない強力結界を屋敷にかけて閉じこもるつもりだったのだ。
リリベルは握られた手を自分も握り返そうとして、ん~? と右に首をゆっくり傾げた。あれれ? と次に左にゆっくり首を傾げる。
「レグリウス殿下? ここに来る直前、誰かとお会いしていましたか?」
「レグリウスと呼んでくれ。長兄の王太子殿下と会話中だったが?」
「あ~、ああ~、それで残り香の色が濃いのですね」
くるん、とリリベルは後ろにいる薔薇の髪飾りをしている姉に振り返って言った。
「お姉様、番です。愛の糸の色はヤバめの黒っぽい青色です。お姉様の大嫌いな執着心が粘っこいタイプですけど、番に粘着しつつ多情なので浮気もするタイプです」
「まあ、レグリウス殿下からいもづる式でお姉様の番が判明するなんて。確か王太子殿下はライオンの特質で、複数の側室がいてお子様も何人かお生まれだったのでは?」
鈴蘭の髪飾りをしている姉が言葉を添える。香水も鈴蘭を使っているので、透明感のある清楚な香りがした。
「却下!」
薔薇の髪飾りの姉が美しい顔を歪めた。身体の芯から湧きあがる怒りにまなじりが厳しくなる。
「妻どころか子どもまでいる男なんて、番でも論外! もし番に靡いて妻子を捨てる男だったら、もっと許せない!」
うんうん、と頷くリリベルを見てレグリウスは、番に一途であった過去の自分を誉めたくなった。
くるん、リリベルがレグリウスに向きなおる。
「お姉様のこと、ナイショね?」
フルートを吹く角度で小首を傾げるリリベルの可愛さに、レグリウスは即行で、
「リリベルの姉上は僕の義姉上。もちろんナイショにするとも!」
と兄と媚びを売ることを決めた。
「うふふ、よいこの義弟にはお姉様がプレゼントをあげましょうね」
薔薇の髪飾りの姉が、分厚い冊子をレグリウスに渡す。
「これはリリベルの養育日誌よ、いわばリリベルのトリセツね」
鈴蘭の髪飾りの姉が、レグリウスに注意事項を促す。
「リリベルは特別なスキルを所有していて、相手が近くにいると番を繋ぐ糸が見えるの。赤色ならば障害無しの相性バツグン、それ以外ならば障害があったり相性が悪かったり色々あるみたいなの。貴方とリリベルは赤色で、リリベルは自分のスキルだから貴方が遠くにいても糸の色が見えていたそうよ。赤色だから嬉しい、て言っていたわ。このスキルは利用価値が高いからリリベルは狙われるかも、リリベルを守ってね」
「命をかけてリリベルを守ります」
レグリウスは姉たちに頭を下げて、それから木の影で様子を伺っているリリベルの両親に頭を下げた。父親が嫉妬心から男性に姿を見せることを、母親に許さなかったのだ。
レグリウスがリリベルを抱き上げた。
家族と離れる寂しさにリリベルの涙腺がゆるむ。浮かぶ涙は、蜘蛛の巣にかかった朝露の如く宝石のように輝いて、ころり、と頬に伝わる水滴を鈴蘭の髪飾りの姉がハンカチで拭ってくれた。
「「リリベル、私たちの妹。幸せになるのよ」」
カッ、カッ、カッ。
天空の神々の彫像が見下ろす王宮の回廊を、レグリウスがリリベルを抱き上げたまま走る。
もうすぐリリベルの活動限界となる時間なので、その前に父親である国王とリリベルを会わせたかったのだ。
普通であれば、国王にいきなりの対面など王子であっても考えもしないが、リリベルの特別なスキルを思えば国王からの保護は欠かせない必須条件である。
「陛下!」
謁見の間に駆け入ってきたレグリウスの無作法に、国王は眉をひそめる。
「無礼をお許し下さい。番を見つけました、リリベル、陛下にご挨拶を」
レグリウスがリリベルを腕からおろす。
リリベルがゆっくりと背筋を伸ばした。
ゆっくりゆっくり両手が少しずつ動く。
「レグリウス、この令嬢は……?」
「陛下、リリベルはナマケモノの特質持ちなのです」
じれったい速度で、片足が斜め後ろの内側に引かれる。もう片方の足の膝がゆっくりと軽く曲げられ、ゆっくりゆっくりとドレスの裾が軽く持ち上げられた。
カーテシーのポーズを決め、頑張りました(事実リリベル的には超頑張った!)という顔でにこーーっと笑うリリベル。かわいい。可愛すぎてレグリウスは鼻血を噴きそうになった。
国王も、リリベルは小柄なので子どもが初めてのカーテシーの披露を一生懸命に努力しているようで、庇護欲が掻き立てられる。ましてや素直に、にこーーっと笑う顔は可愛くて、あどけなくて、
「か、かわ」
「かわゆいのじゃーーっ!」
と国王が言う前に、隣の椅子に座っていた王妃がリリベルに飛びついた。
「レグリウスの番ということは、妾の娘なのじゃ! 嬉しや、妾には顔はいいがムサイ息子ばかり。嬉しいぞよ、妾の娘じゃ!」
むぎゅーーっ、と王妃はリリベルに抱きつく。
「王太子の側室たちはボンキュボンばかりで、かわゆく小さい者はいない。妾はリリベルのように小さくてかわゆい娘が欲しかったのじゃ!」
「母上! リリベルは僕のものです!」
すかさずレグリウスがリリベルを取り返す。
「いやじゃ! 妾の娘じゃ!」
レグリウスと王妃のリリベルを取り合う騒動に、出遅れた国王は羨ましげな顔をして、謁見の間にいた人々は餌をねだる雛鳥のようにパカッと口をあけた顔をしている。
「あっ!?」
リリベルが声をあげた。
「どうかしたか? リリベル」
「どうしたのじゃ? リリベル」
リリベルがゆっくりと右側のレグリウスを見て、ゆっくりと左側の王妃を見て、国王と謁見中だった若い貴族をゆっくりゆっくり指さした。
「糸が赤色……。番、お姉様の」
「「「「番!?」」」」
人々が驚きに半信半疑の声をあげる。
リリベルは若い貴族のもとへ行こうと歩くが、遅い。進まない。ゆっくりゆっくりゆっくりの一歩が終わる前に、若い貴族の方が一瞬でリリベルの前に来た。
「わたしの番、と?」
若い貴族の声には感情がなかった。信じていないのだ。しかし目の奥は黒く光っていた。信じたい、と。
リリベルはドレスの隠しポケットから、姉にもらったハンカチを取り出した。
バッ、と若い貴族がハンカチを奪いとる。
「おい! アルベルト!」
乱暴な行動をレグリウスが咎める。
アルベルトは金の髪を腰まで伸ばす美貌の公爵で、レグリウスの従兄弟であった。
「……番の匂いだ……」
ハンカチを鼻に押しあて、アルベルトがうっとりと香りに酔う。長い泥土の眠りから顔を出し、すっくと茎を伸ばして、清冽な大輪の花を咲かせた蓮のようにアルベルトの顔には耀きがあった。
ふわぁ、とリリベルがあくびをもらす。
「お姉様は、私からの伝言があれば逃げずに会って下さいます。リリベルが糸は…………」
最後まで言えずにリリベルは、今日の気力を使い果たしてレグリウスの腕の中で眠ってしまった。ぷぅと寝息がもれる。
「ま、待ってくれ、寝ないでくれ、糸は? 糸はどうなのだ!?」
アルベルトが必死にすがるが、レグリウスが眠るリリベルをマントで隠してしまう。
「リリベルの眠りを邪魔するな」
「しかし……ッ!」
アルベルトが呻くように迫る。
「大丈夫だ。リリベルの伝言は、リリベルが糸の色は赤いと言っていた、だと思う。リリベルには特別なスキルがあって、番が近くにいる場合のみ繋がりが見えるんだ。それは色で見えるらしく、赤い色は相性バツグンだそうだ。僕とリリベルも赤色だよ」
「レグリウス、それは」
国王が唇を噛みしめ、息を吐く。
「それは危険なスキルだ。リリベルを奪ってでも利用しようとする者が多く現れるだろう」
「はい。ですので陛下にリリベルの保護をお願いしたく、無礼を承知で強引に謁見の間に来ました」
国王が深く頷く。
「英断だ。リリベルは王宮の奥で守らなければ」
「そうじゃ。妾と仲良くお茶を飲むのじゃ」
「母上!」
レグリウスがたしなめるが、王妃はまろやかなリリベルの頬をなでなで撫でる。ついでにツンツンと魚のようにつつく。
「かわゆいのじゃ!」
リリベルに夢中の王妃は問題外として、国王とレグリウスとアルベルトが周囲に鋭い視線を走らせる。
謁見の間には貴族の姿も多い。
内密にするよりは堂々と露見した方が対策がたてやすい、とレグリウスはリリベルのスキルを公表したが、どの貴族も身を乗り出し狂おしい色をはらんだ眼差しをしていた。
それほどに男性側にとって番の存在は、命の根源の生命線であるのだ。
カツン。
王妃が靴を鳴らした。
「妾はのう、妾のリリベルを傷つける者は許さんぞよ。みな楽に死にたいであろう? 自身も、家族も、のう?」
口角を上げて、凄絶に麗しく王妃が嗤う。
部屋の空気が人々の番への熱を吸いとり、瞬時に重く、隅々まで氷を張った湖のように冷たくなった。
王妃は大陸の覇者である帝国の第一皇女だった。人々を恐怖にすくませる絶大な権力を所有していた。
「のう?」
繰り返される王妃の言葉に、一斉に人々は頭を垂れたのだった。
こうして始まったリリベルの王宮における一日目は、リリベルが眠っている間に最大の難問が解決することとなったのである。
翌日にリリベルが目覚めると、鈴蘭の髪飾りの姉が王宮にいた。姉の姿にリリベルが嬉しげに、にこーーっと笑う。
「おはよう、リリベル」
「お姉様、おはようございます」
「私、アルベルト様と結婚することになったの、リリベルのいもづる式は私の方だったわね」
姉の花色の唇が優雅な曲線を描く。
「ありがとう、リリベル。アルベルト様との出会いをくれて。番というものがこれほど幸福なものとは思わなかったわ」
「お姉様、番という選択も悪いものではないでしょう?」
「ええ、まあ、でも、番になる相手にもよると思うけれども」
うふふ、と微笑むリリベルたちの後ろには当然のようにレグリウスとアルベルトがいる。
「愛しい人、喉は乾いていないかい?」
さっ、とアルベルトがお茶を用意する。
「可愛いリリベル、果物を食べる?」
すっ、とレグリウスが果物をのせた皿を差し出す。
陽光が部屋に射し込み。
木々を渡る風がおこす葉擦れの音が、優しい音楽のように窓から聞こえた。小鳥の鳴く声も。
ひっそりと呼吸する花の香りが風とともに届く。
「リリベル、起きたかえ?」
王妃が扉を開けて艶やかに入ってきた。しずしずと侍女たちが続く。
「妾も、リリベルたちとお茶をするのじゃ!」
王妃の乱入により、穏やかだったお茶会はたちまち賑やかで華やかなものとなった。
その後、王国でも帝国でも幸福な番の夫婦が幾組も誕生することとなるのだった。
しかし、王位を継承した王太子の正妃の座は生涯にわたり空位のままであった。
《ちょこっと》リリベルの薔薇のお姉様
「僕の愛の女神、美しい人、どうしたの? 君の端麗な眉間にシワが寄っているよ」
ヴィクトールは妻の百合のような白い手を取り、心配げに尋ねた。
「母国にいる妹たちが結婚式を挙げることになったのだけども、私は母国の王太子殿下の番だから。出席できなくて……。万が一、王太子殿下と顔を合わせることになれば危険だもの」
妻を心から愛するヴィクトールは顔色を変えた。
「もちろん出席だなんてとんでもない! 君を奪われでもしたら、僕は、僕は、母国を滅ぼすよ」
「そうよねぇ、あらゆる意味で全方位で危険だものねぇ」
王太子の番と判明した日に母国を旅立ち、父親の男爵が所有する貿易船を譲り受け、順調に商売の成功者となった姉は、母国から追いかけてきたヴィクトールと結婚をしていた。
ヴィクトールは幼なじみで、桁外れの資産家だった。それこそ王国すら買えるほどの。無から黄金を作り出す錬金術師のように、ヴィクトールは商売の天才であった。
「金は金持ちの奥義だよ。金を上手に使えば国を傾けることだって可能なんだよ」
幼い頃からベッタリとヴィクトールに愛されて、番以上にヤバイものに愛されてしまった、と姉は思ったが一途なヴィクトールに絆されてしまったのだ。
しかも、
「もしヴィクトールの番が現れたら?」
と聞いた姉にヴィクトールはヒンヤリと冷たく笑って言ったのである。
「僕の番は、この世にはいないから大丈夫」
こんなヴィクトールを愛する自分も男爵家の呪いがかかっているのでは? と最近悩む姉であった。
読んで下さりありがとうございました。