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お父さん



「……で、説明はしてくれるのか? お前の親父さんについて」


 クイーンズを代表する高級ホテル、ベルベット。

 その豪奢なロビーに置いてあるふかふかなソファでくつろいでいるミアに向け、僕は疑問をぶつける。

 先刻、ブラックマーケットの案内係と話していたミアは、急に父親の名前を出した。

 クーラ・アインズベル。

 その名前を聞いた案内係の紳士は露骨に態度を変え、会員証のない僕らのために部屋を用意できるか確認してくれている。

 ミアの父親がブラックマーケットに影響力を持っていることは間違いない。

 一体、どんな人物なのだろうか。


「話したくないってんならいいけどさ。ただ、気にはなっちゃって」

「……そりゃそうよね。ちなみにだけど、イチカはお父さんの名前を訊いてもピンとこなかった?」

「ピンと……は、こなかったな。全然聞き覚えはない」

「そう……まあ、イチカはド田舎育ちだもんね。世俗に疎くても仕方ないわ」

「いきなり僕の出身を馬鹿にするな。喧嘩なら買うぞ」


 ルッソ村に愛着こそないが、それでも故郷であることに変わりはないのだ。

 第二の故郷である。


「クーラ・アインズベル……私のお父さんは、ギーラ地域で名をあげた商人だったの」


 ギーラ……今僕らがいるカザス地域の、北側に隣接している地域だっけか。


「……あれ? でもお前、出身はカザスの西の方って言ってなかったっけ?」

「あれは控えめに言って嘘ね」

「控えめもクソもあるか。ただの嘘だろ」

「良く知りもしない相手に地元を晒す程、私は尻軽じゃないのよ」

「そんなに警戒してたのかよ」


 普通に心外である。


「とにかく、私のお父さんはギーラではかなりの権力者だったってわけ。あの地域で商売をするには、お父さんの影響を受けずにはいられないくらいね……もちろん、ブラックマーケットにも深く関わっていたわ」

「その親父さんの伝手を利用して、無理矢理部屋をぶんどろうってことか」

「無理矢理ってのは人聞き悪いけど……まあ、どっしり構えて待ちましょう」


 ミアは大きな欠伸をしながら、グッと腕を伸ばす。


「じゃあミアさんって、実は結構なお嬢様ってことですよね? どうして冒険者なんていう危険な職に就いているんですか?」


 ふと思い立ったようにレヴィが口を開いた。

 確かに、一地域で名を馳せるような商家の令嬢ともなれば、裕福な暮らしを送っていてしかるべきである。

 だが、以前ミアは言っていた。

 私は絶対Aランクになって、大金持ちになってみせるわ――と。

 彼女の生い立ちと、現在の状況が噛み合わない。


「……」


 ミアはしばらく天井を見つめ、それから静かに話し始める。


「……四年前、お父さんの会社が倒産したのよ。盛者必衰、栄枯盛衰……まあ、かなりあくどいことも際どいこともやってたみたいだし、自業自得よね。そんなこんなで、今の私には実家の後ろ盾はないってこと。世間知らずのお嬢様が生きていくには、冒険者以外の道はなかった」


 特別な資格やコネがなくとも、冒険者になることはできる。

 その日暮らしの日銭程度であれば、子どもであっても何とか手に入れることは可能だ。


「……その、お父様は今どうされているのですか?」

「死んだわ。私の目の前で自殺した」


 事実だけを端的に伝えるその口調は。

 無理をして抑揚を殺しているようだった。


「お母さんは私が産まれてすぐに病気で死んじゃったし、兄弟はいないし……天涯孤独の身ってわけ」

「えっと……すみませんでした。辛いことを思い出させてしまって……」

「いやね、謝らないでよ。いつかは昔の話もしなきゃなって思ってたし、いい機会だったわ」


 ばつが悪そうに俯くレヴィに、笑いかけるミア。


「それに、レヴィだって天涯孤独仲間じゃない。似た者同士は惹かれ合うわよね~」

「私の場合は事情が特殊ですから……」

「一歩引くんじゃないわよ。仲間ったら仲間なの」

「あうぅ~」


 レヴィの小さな頭をぐりぐりと撫で回しながら、ミアは無邪気な笑顔を浮かべる。


「……」


 本人の中でどう折り合いがついているのかは知らないが、ミアは前を向いているようだ。

 なら、僕らが下手に気を遣うのは失礼だろう。

 彼女が頼ってきたら、黙って力を貸してあげればいい。

 それが仲間というやつだ、多分。


「ところで、イチカの家族は? 故郷の村にいらっしゃるのかしら」


 と、話の流れでミアが訊いてくる。

 そう言えば話したことはなかったっけ……。

 ここは一つ、空気を壊さないように、明るく冗談めかして答えるとしよう。


「僕の両親も死んだよ。天涯孤独仲間、いえい」

「……」

「……」


 右手のピースが虚しい。



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