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楽しいお仕事 003



 登山を初めて一時間弱。

 ミアによると、フェンリルの群れが確認されたのはこの辺りらしい。

 背の高い木々や茂みに覆われた、深い森の中……魔物が身を隠すにはもってこいのロケーションだ。


「既に奴らの縄張りに入っているはずだから、迅速に事を進めましょ」


 ミアに促され、僕らはそれぞれの役目を遂行する。

 まずは、作戦を実行するのに相応しい場所……木が生えておらず、開けた地面を探す。


「……ここでいいか」


 丁度いい場所を見つけた僕は、少し離れたところにいたレヴィに合図を送る。

 それからミアに目配せをし、場所が決まったことを伝える。


「ふう……」


 後はただ、静かに待つだけである。

 奴らが罠にかかる、その時を。






 フェンリルは狼を模した魔物で、その体長は二メートルを優に超すらしい。

 そして見た目通り、鼻が利く。


「……やるか」


 レヴィとミアの準備が整ったことを確認してから、僕は腰からナイフを取り出し――一閃。

 自分の左腕を、切りつけた。


「っ……」


 腕を覆う鋭い痛み……次いで、全身をつんざく苦痛が押し寄せる。

 後者の痛みは、【不死の王(ナイトウォーカー)】が発動した合図。

 苦痛と引き換えに、あらゆる傷を治癒する不死身のスキル。


「……やっぱ痛いな、ちくしょう」


 治りはするが、痛いのは痛いし辛いのは辛いのだ。

 あまり積極的に発動したくはない……まあ今回の作戦では、このスキルにおんぶにだっこになるのだけれど。


「……」


 僕の足元には、左腕から流れ出た大量の血液が溜まっている。

 これが作戦の第一段階。

 獣をおびき寄せるのに一番効果的なのは、獲物の流す血の匂いだ。


「さてと……」


 僕はナイフを仕舞い、周囲へと神経を尖らせる。

 しばらくすれば、血の匂いにつられたフェンリルたちが襲ってくるはずだ。

 僕の役目は、囮。

 血によって敵を呼び寄せ、格好の的になる。


「……」



 温い汗が、頬を伝った。



「――っ!」


 僕が気づくのと同時。

 いや、数瞬、敵の方が早かった。


「――……いってえええ‼」


 僕のステータスはレベル1のまま。

 物理攻撃にもスキルによる攻撃にも、何ら抵抗することなどできない。

 よって、必然。

 フェンリルの鋭い牙と頑丈な顎が僕の右腕を食いちぎるのは、当然の出来事だった。


「はっ……はっ……」


 僕はフェンリルから距離を取るように地面を転がり、荒くなった呼吸を整える。

 落ち着け……どうせすぐ、回復する。


「ぐぅ……」


 全身を貫く激痛。

 食いちぎられた右腕から意識が逸れる程、名状し難い苦痛が身体の中を駆け巡る。

 そして――再生する。

 僕の右腕は、何事もなかったかのように復活した。


「問題は、あと何回これを繰り返せばいいのかってことだな」


 フェンリルの群れは、大抵の場合五頭で構成されるらしい。

 先兵として突撃する若い狼が一頭。

 弱った敵を追い詰める、熟練した狼が三頭。

 最後に、獲物の一番うまい部分を食うボスが一頭。

 僕の囮としての役目は、そのボスをおびき出すまで続くことになる。

 まずはこの若い一頭に、自分一匹じゃ僕を倒せないと思い知らせなければならない。


「精々すぐ音を上げてくれよな……!」


 僕はナイフを構え、フェンリルに向かい合う。

 【神様のサイコロ(トリックオアトリート)】は使えない……あれは強い光を発するので、周りで警戒している残りのフェンリルが逃げる恐れがある。

 それに、こいつの生命力を1にできたとしても、僕の攻撃力じゃあダメージを与えられない。

 僕がやるのは、泥臭い接近戦。

 体長2メートル、相対すれば5メートルはあるかと思わせる肉食獣相手に、頼りないナイフ一本で立ち向かわなければならないのだ。


「こいよ、ワンちゃん。できれば甘噛みで頼むぜ」



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