家族との思い出
「ふーん……」
羅美は読んでいた絵本を閉じると、ベッドの上に寝転んだ。
「何これ?つまんない!」
そう言って、枕元に置いてあったクマのぬいぐるみを投げ飛ばす。すると、部屋の扉が開いて誰か入ってきた。
「こら!投げちゃダメでしょう?」
お姉さんだった。羅美を見ると優しく微笑む。
「ごめんなさい」
「もう、しょうがない子ね」
お姉さんは羅美の頭を撫でた。
「今日は何をして遊んでるのかしら?」
羅美は少し考えてから答える。
「えっとねぇ、お絵かきとかぁ、あとは鬼ごっこかなぁ」
「あら、そうなの。楽しかった?」
「うんっ!」
羅美が元気よく返事をすると、お姉さんも嬉しそうに笑った。
「良かったわね」
「あのさ、お姉さん」
「なあに?」
「この本って知ってる?」
羅美は手に持っていた絵本を見せる。お姉さんはそれを見て首を傾げた。
「うぅん、知らないわよ。どうして?」
「そっかぁ……」
やっぱりお姉さんにも分からないらしい。羅美は残念に思いながら絵本を見つめていた。その時、急に部屋中が真っ暗になった。
「きゃあっ!?」
驚いて声を上げる。怖い!暗い所は嫌いなのに!!羅美は泣きそうになったけど必死に耐えて目を瞑っていた。しばらくすると、再び明かりがついた。ホッとして目を開けると、目の前に黒い影があった。思わず悲鳴を上げそうになる。だけど、それは見慣れたものだって事に気付いて慌てて口を塞いだ。
「驚かせてゴメンね」
優しい声で謝ってきたのはお父さんだった。どうやら電気をつけようと思ったらスイッチの場所が分からなかったらしく、困っていたみたい。
「びっくりしたぁ……」
心臓がまだドキドキしている。落ち着くために深呼吸をしていると、お父さんが何かを差し出してきた。
「はい、飴だよ。食べるかい?」
羅美は笑顔になると大きく何度もうなずいて受け取った。そして包み紙を開くと口の中に放り込む。甘い味が広がっていく。美味しい。幸せだ。そんな事を考えていると、お父さんは真剣な表情になって話しかけてきた。
「ねえ、羅美ちゃん。最近変なものを見たり聞いたりした事はないかな?」
「へんなものぉ?」
羅美はキョトンとした顔になる。なんだろう?全然心当たりが無いんだけど……。でも、一応答えておくことにした。
「んー……特に無いと思うよ?」
「本当に?」
「ほんとうだよ!」
力強く言う。でも、お父さんは納得していない様子だ。ちょっとムッとする。
「じゃあさ、これはどうかな?森の中で不思議な女の子に出会った事はある?」
不思議な女の子……。その言葉を聞いて思い出す。そうだ、妖精さんだ。妖精さんの話をすればきっと分かってくれるはず!
「妖精さんならいるよ!」
「妖精……?どんな妖精だい?」
「えっとねぇ、小さくて可愛いんだよ!それで、羅美が書いた物語を読んでくれたり、一緒に遊んでくれたりするの!!」
羅美は興奮気味に話していた。妖精の事を話す時はいつもこうなるのだ。でも、お父さんは不思議そうな顔をして黙っているだけだった。あれ?おかしいな……。もっと詳しく説明しないとダメなのかな……。でも、これ以上話すとなると妖精の事だけじゃなくて夢の話までしなくちゃいけなくなる。流石に恥ずかしい……。
「……」
お父さんは何も言わずに羅美の方を見ている。なんだか怖くなってきた。怒られるかもしれない。そう思った時、部屋の扉が開いた。
「ただいま~」
お母さんの声が聞こえてくる。羅美は急いで立ち上がると、お母さんに飛びついた。
「おかえりなさい!」
「はい、ただいま。良い子にしてた?」
「うん!あのね、お絵かきとか鬼ごっことかしたの」
「あら、そうなの。楽しかった?」
「うんっ!」
羅美が元気良く答えると、お母さんも嬉しそうな顔をする。そして、羅美を抱き上げるとギュっと抱きしめてくれた。
「うふふ、良かったわねぇ。それじゃあ、ご飯にしましょうか」
「やったー!今日の晩御飯なに?」
「今日はねぇ、ハンバーグよ」
「わぁ、楽しみだなぁ……」
羅美がそう言った瞬間、突然部屋中に凄まじい音が響き渡った。まるで雷が落ちたような音だった。羅美はビックリして泣き出しそうになる。
「うぇ……うぅ……」
「大丈夫、大丈夫だから……」
そう言いながらお母さんが優しく頭を撫でてくれる。羅美は安心して泣き止んだ。すると、今度はお母さんが羅美を床に降ろした。それから扉の方に向かって歩いて行く。
「さっきの音は何だったのかしら?」
お母さんは扉を開けると、廊下を覗き込んだ。羅美は何が起きたのか気になってお母さんの横から覗いてみた。そこには黒い影が立っていた。
「きゃあっ!?」
羅美は驚いてお母さんの後ろに隠れる。するとお母さんが「どうしたの?」と言ってきた。羅美は震えながら指差すと、黒い影はこちらを向いた。
「あら、帰って来たのね」
お母さんがそう言って近づいていく。すると、黒い影はお母さんに抱き着いた。お母さんも嬉しそうに笑いながら黒い影の背中を撫でている。黒い影の正体はお兄さんだった。
「もう、驚かせないでよね」
お母さんが呆れたように言う。お兄さんは悪びれる事もなく笑っていた。
「ごめんね。ちょっと忘れ物を取りに来たんだけど、部屋に入るのを忘れていたよ」
「まったく、しっかりしてよね。ところで、羅美ちゃんはどうしたの?また泣いているけど……」
お母さんが心配そうに見つめてくる。羅美は慌てて涙を引っ込めようとした。だけど、上手くいかない。
「う、うえええん……」
結局泣いちゃった。すると、お父さんが近寄ってきて頭の上に手を置いた。
「よしよし、怖かったかい?」
「こ、怖くないもん……」
羅美は強がりを言う。本当はまだ少し怖いけど、お父さんの前ではカッコつけたいのだ。するとお父さんは優しい笑顔を浮かべると、羅美を持ち上げた。そのまま膝の上に乗せる。
「お父さん、重いでしょ……」
「そんな事無いさ。むしろ軽いくらいだよ。ほら、こうして抱っこしてあげると落ち着くだろう?」
「う、うん……」
確かに落ち着く。羅美はお父さんの首に手を回しながらホッとしていた。お父さんは羅美の事をとても大事にしてくれる。それが嬉しい。
「そうだ、羅美ちゃん。お父さんに絵本を読んであげようか?」
「ほんと!?」
「ああ、本当だとも」
お父さんが微笑む。そして、ゆっくりと絵本を読み始めた。羅美はその声を聞きながら目を瞑って幸せな気分に浸っていた。