最高位精霊ヴィヴィアンと天人族
今日はヨミの提案でこの山を散策して回る事にした。
まぁ確かに自分が住んでる場所の周辺に何があるかくらいは知っておいた方が良いだろう。
俺は転生した時と同じ服装に着替えると、先に準備を終えていたヨミと共に北の方向へと向かう。
散策して分かった事だが、この山は食材や資源が豊富だ。
一見、ただの草かと思ったら普通では手に入らない薬草だったり、貴族や豪商人の間で人気の極旨フルーツがなっていたりと、俺はもちろんヨミでさえも目を輝かせていた。
そんな中、水質が綺麗そうな小川を見つけそこで少しだけ休憩を摂る。
するとヨミが不思議そうに小川を見て、俺にこんな事を聞いてきた。
「ねぇ……この川ってどこに流れてるのかしら?」
「どこって……町方面にある大きな湖だろ?」
「それはありえないわ……だって流れてゆく方向が真逆だもの」
よく見たら確かに川は南ではなく北方向へと流れている。
どうしても気になってしまいその川をつたって進むと、驚く事に目の前に違う湖が現れた。
大きさは南側の湖よりは小さいが、その湖よりもとても澄んだ湖であった。
そして目を凝らしてみると、その湖には小さな……それこそ蛍のような光が飛び交っている。
「とても綺麗な湖ね……」
「そうだな。それよりも周りに飛んでいる光はなんなんだろうな?」
「光?」
ヨミに首を傾げられた……どうやら彼女には光が見えないらしい。
その証拠に彼女はキョロキョロと周りを見渡して、その光を探しているようだった。
「光なんて見えないけれど……────っ!もしかしてタケル……貴方は精霊が見えるの?!」
ヨミ曰く、どうやら俺だけが見えている光は下級の精霊らしく、普通は人間には見えない存在らしい。
精霊を見ることが出来るのは限られた精霊魔導師か、聖女もしくは勇者だけだとか。
そういや俺が持つスキルの中で眼に関するスキルが一つだけあった。
〝神天眼〟────今まで使うことは無かったが、どうやらこれも常時発動するタイプのスキルのようだ。
思えば確かに、かなり離れた場所もしっかり見えるし、砕牙獣と戦っていた時も奴の動きがよく見えていた。
まさか精霊とやらを見ることも出来るとは思わなかったが……。
『ヤマト様がお気づきになっていないだけで、あの家の周りや中にも結構隠れてましたよ?』
オウルがそう告げる。
そうか……俺が知らなかっただけか。
ヨミは精霊が見えないので、あの家にもいる事を当然知らず、よってその存在を教えてくれる者がいなかったという訳だ。
いや、と言うか知ってたんなら教えてくれても良かっただろうに……。
『どうやら物陰からヤマト様を見ているだけで満足そうでしたので……』
あの家にいる精霊達は俺のファンクラブか何かなのか?
「でも精霊達がいるってことは、ここはもしかしたら聖域なのかも知れないわね」
「聖域?」
「精霊達が特に多くいる場所のことよ。聖域に入ったらたちまち難病が治ったとか、良い事ばかり起こるようになったとか聞くわね」
なるほど……つまり前世で言うところのパワースポット的な所という事か。
確かにこの湖は、俺達のような者がおいそれと立ち入ってはならない場所のような気がしなくもない。
「けれどこんな所に湖があるなんて思わなかったわ……」
山の中に湖があるのは確かに珍しい……。
しかし俺には何故、湖が山の中にあるのか、その理由に心当たりがあった。
前世にて〝カルデラ湖〟というものがある────これはかつて山の中にあったマグマ溜まりからマグマが無くなると、そこは空洞になる。
そして時が経つと地面を支えられなくなり崩落……そしてそれによって陥没した場所に雨水などが溜まり湖となるのである。
今回、この湖の場合は上の方から流れていた川の一部分が決壊し、そこから流れ込んで溜まっていったのだろう。
こうして湖になるまでかなりの年月を要したのかと思うと、歴史の凄さを感じてくる。
「逆に人が立ち入らない場所だからこそ、こうして精霊達が集まり聖域となったんだろうな」
俺の言葉に賛同するようにヨミも頷く。
まぁヨミがこうして散策を勧めてくれなかったら見ることが無かった景色なので、そこは彼女に感謝をしておこう。
「この湖を見れたことだし、そろそろ戻るか」
「そうね。それにこの景色は私達だけしか見ていないのだと思うと、ちょっと嬉しかったし」
踵を返して家へと帰ろうとする俺達……すると背後で〝パシャン〟という水音が聞こえ、振り返るとそこにはいつの間に居たのか一人の女性が湖の中央に立っていた。
俺はそんな彼女を見ただけで人間ではないことを悟る。
見れば隣にいたヨミも口を開けたまま唖然としていた。
『あらあらまぁまぁ!珍しく人間が来たと思ったら、まさかこんな所で〝天人族〟に会えるなんて思いもしなかったわ!』
女性はそう言うと嬉しそうに身をくねらせていた。
「天人族……ですって?」
ヨミが〝信じられない〟といった表情でそう呟く。
「なんだ、〝天人族〟って?」
「私達、人族の最上位に位置するとされる種族よ!でも天人族は遥か昔に絶えたって聞いてたのに……」
ヨミはそう言いながら俺の事を凝視していた。
まるで珍しい生物を目の当たりにしたかのような顔であった。
「いやいやいや、なんでそこで俺を見てんだよ?」
「だってここにいる中で該当するのは貴方じゃない!」
確かに一理ある。
俺はそれを確かめるためにステータスを見ると、確かに種族名の欄に〝天人族〟と書かれていた。
『天人族は神と直接通じた者しかなれないの。貴方……もしかして過去に神と通じたことがあるのではなくて?』
確かに……俺は天照大神によってこの世界に転生した人間だ。
故に天人族になる条件を満たしていると言っても過言では無いのだろう。
「と言うかあんたはいったい誰なんだ?なんで俺がその天人族ってやつだと分かった?」
そう訊ねると女性はテヘペロをしながらこう言った。
『そういえばまだ名乗ってはいなかったわねぇ。私はこの湖に住む最高位精霊。名をヴィヴィアンと言うわ。この湖を護っている精霊なのよ♪︎』
「ヴィヴィアン?!」
女性────最高位精霊のヴィヴィアンが名乗ると、ヨミがその名を口にして驚いていた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも無いわよ!ヴィヴィアンって言ったら様々な湖に住む精霊の中で最も有名な精霊の名前よ!勇者選定の儀の際に女神アルテラと共に現れ、聖剣を授ける存在なのよ!」
全世界知識で調べてみたら確かにヨミの言う通り、目の前にいるヴィヴィアンはそのヴィヴィアンであった。
しかしその有名人がどうしてこんな山奥の湖に?
『勇者選定の儀以外はずっとここにいるのよ、私?儀式が行われる時は女神アルテラ様からの遣いに迎えに来てもらって、それで儀式へと向かうの。私の代わりにはその遣いの方がここを護ってくれるから、安心して儀式へと向かえるのよ』
この世界の人間において驚愕の事実を聞いたのではなかろうか?
俺が非常に珍しい天人族だというのも驚きだが、まさか家の周辺にそんな存在が住んでいようとは思いもしなかった。
「こんな所で……最高位精霊ヴィヴィアン様に出会えるなんて……」
隣ではヨミが感激の涙を流しながらヴィヴィアンを拝んでいる。
彼女にとってはまさに雲の上の存在なのだろうな。
『私達、精霊の中では天人族は勇者以上の強さを持つと言われているわ。だから天人族は精霊界では大人気なの。出会えたらとても幸運だとも言われてるのよ?本当に自慢話になる程なんだから』
そう嬉しそうに話すヴィヴィアン。
もし彼女が精霊界とやらに帰ったら皆に自慢しまくるのだろう。
なんだろう……そんな事をされた次の日にはこぞって俺の前に精霊達が長蛇の列で現れそうだ。
「俺……静かに暮らしたいんで自慢するのは勘弁してくれないか?」
『う〜ん……約束できないけど分かったわ♪︎』
そこは例え嘘でも〝約束する〟と言って欲しかった。
あとはヴィヴィアンが精霊界へと帰らずにずっとこの場にいてくれる事を祈るしかない。
しかしそんな俺の祈りはヴィヴィアンの次の言葉で儚くも崩れ去ることになる。
『それに貴方が住んでる家の中や、ここにいる精霊達は好きな時に精霊界に帰れるから、中には今頃帰って自慢してる子もいるんじゃないかしら?』
現実は無情である。
俺は今後、精霊達が我が家に押し寄せる未来を見据えては、絶望にその場で崩れ落ちるのであった。