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新たな居住者

 傷心の果てに疲労困憊の状態で来たのだろうヨミを風呂へと入らせ、その間に俺はホットココアを作るためにお湯を沸かす。



 ──私……ギルドをクビになっちゃった……──



 来るなりそう言ったヨミのその言葉が頭の中を何度も駆け巡る。


 俺が知る限りでの冒険者とは常に死と隣り合わせの仕事だ。


 もし彼女の解雇が仲間達を死なせた事が理由だとするならば、今頃何人もの冒険者が解雇されているはずだ。


 その辺りは風呂から上がったヨミ自身に聞くとしよう。


 今回は前回と違って彼女は着替え等の荷物を持ってきていた。


 解雇されたならば故郷へと戻れば良いものなのだが、何やら複雑な事情がありそうだな。



「ありがとう……おかげで温まったわ……」


「こっちも出来たからよ、まぁ色々と聞きてぇ事はあるが、先ずはコレを飲んでくれ」



 そう言って彼女に淹れたばかりのホットココアを差し出す。


 どうやらホットココアも無い世界のようで、彼女はハンバーガーの時と同様不思議そうにホットココアを見つめていた。


 しかし今回は俺が促す事無くそれを口につけ、そして不安も何もかもを吐き出すように吐息を漏らした。



「さて……落ち着いたところで、いったい何があった?」


「どこから話せばいいかな……そうね、貴方と別れて王都のギルドに報告したところからしましょうか」



 彼女はそう言うとポツリ、ポツリとその時の事を話し始めた。



 私ね……あの場で起こったことをひとつの漏れもなく話したの────


 この山に膨大な魔力の気配を感じたこと────


 それを調査しにこの山へ仲間達と共に入ったこと────


 今ではその魔力は貴方だったと理解できるけれど、貴方はひっそりと暮らしたがっていたようだったから、貴方の事はギルドには報告していないわ────


 それで山に入って暫く進んだ時に砕牙獣に襲われたの────


 私は仲間達と共に奮闘したけれど、皆やられてしまったわ────


 私は意識が途切れそうになりながらも飛びかかってきた砕牙獣を斬り付けたわ────


 そうしたら砕牙獣はそのまま逃げていった────


 どうしても追いかけたかったけれど、その時はもう身体が思うように動かなくて……私はそのまま意識を失ったのよ────


 そして貴方がそんな私を見つけてくれて、介抱してくれた────


 貴方の事は極力話さずにその事をギルドに報告したの────


 冒険者は常に死と隣り合わせ……私は亡くなった彼らの分まで頑張ろうと思っていたわ────


 けれどギルドは私に解雇を言い渡してきた────


 理由を訊ねたら〝仲間をいたずらに死なせたから〟だって────


 私のような事態に陥った冒険者達は他にもいたはずなのに……私だけ解雇を言い渡された────


 私、孤児なの……だから頼れる人もいなくて……気づいたらここに来ていたわ────



 ヨミはそこまで話すと涙を流し、声を上げて泣いてしまった。


 さぞかし悔しかったのだろう。


 そして俺はヨミがこうなった理由について、ある程度の目星をつけていた。



(随分とギルドの連中から目をつけられてたんだな……)



 ヨミがどれ程の冒険者なのかは知らないが、このような目に遭わされたところを見るに相当な実力者だったのだろう。


 本来ならばもてはやされるべきなのだろうが、人間と言う奴はどうしても出る杭を打ちたくなる生物である。


 嫉妬により排除したいと……そのギルドに所属している冒険者達は分からんが、少なからずギルド職員には煙たがられていたのだろうな。


 如何にしてヨミを排除するか悩んでいたところに今回のことが起こったということで、そいつらにとっては絶好の機会だったと言うわけだ。


 適当な難癖をつけるよりも、その方が大義名分にし易いのだろうから……。



(だとしても癪に障るなぁ……)



 身寄りもなく、大切な仲間を失ったヨミの事などお構い無しに、何食わぬ顔で鎮座している奴ら。


 そんな奴らの犠牲となったヨミを見ていると、どうしても雨の中、寒そうにしている野良猫のように思えて可哀想に思えてくる。


 だからなのだろう……無意識に、彼女に向けてこんな言葉をかけてしまったのは。



「身寄りが無いんなら、いっそここに住むか?」


「……え?」



 俺の言葉にヨミが意表をつかれた顔でこちらを見てくる。


 俺は気にすることなく自分用のお茶を淹れながら再度同じ事を言った。



「だから、身寄りが無いんならここに住んだらいいじゃねぇかって言ったんだよ。ここ以外に頼れる所は無いんだろ?」


「いいの……?」


「別に人が増えたからってどうなるってわけでもねぇし、俺は迷惑だとは思わん。まぁあんたが良かったらの話だけどな」


「……」



 返事はない……ヨミはただ黙って手の中にあるホットココアを見ているだけだった。


 まぁ〝そういう選択肢もあるよ〟って意味で言ったわけで強制する訳では無いので、そこはヨミ自身の判断に任せるとしよう。



「まぁゆっくり考えといてくれや」


「分かった……ここに住む」


「おいおい……別に急いで答えを出せって訳じゃねぇんだぜ?」


「どうせここを出たって行くところが無いもの……一人で生きていくよりは、誰かといた方が落ち着くの。貴方もそうでしょう?」



 見透かされたなぁ……。


 確かに、一人で過ごすよりは誰かと一緒に過ごした方が楽しかったりする。


 まったく……人間ってやつはどうにも、たった一人で生きていくことが出来ない生き物なんだな。



「じゃあ、改めてよろしくな、ヨミ」


「えぇ、これからお世話になるわね、タケル」



 そうして俺とヨミは握手を交わした。


 当初はこの山で一人で生きていくのだと思っていたのだが、梟のオウルを皮切りに動物達と共に暮らすことになり、そして〝ヨミ・アステール〟という女性と過ごす事になった。


 人間万事塞翁が馬────人生何が起こるか分からない。


 これは異世界に転生したとしても同じ事で、だからこそこういった人と人との出会いや関わり合いが何よりもかけがえのないものなのだと思う。



(さぁて、明日はもし晴れたら、彼女の為に家具作りでもするとしましょうかね?)



 俺はそんな事を考えながら、ソファーの上で眠りにつくのであった。


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