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ヨミ・アステールと供養追悼

 さて、あの女性が再び目覚めるまでにやる事を済ますとしますか。


 俺はナイフを片手に外へと出ると、昨日大木の枝に吊るし上げていた砕牙獣の前へと立った。


 血抜きのために逆さ吊りにしていたのだが、どうやら上手く血抜き出来ているようだ。


 全世界知識の案内通りに皮を剥ぎ、それぞれの部位ごとに肉を切り分けてゆく。


 関節部にある軟骨は意外にも固くて斬るのに難航したが、他は順調に解体する事が出来た。


 ちなみに解体中に心臓の近くから大きな石を見つけたのだが、調べてみるとどうやらその石が〝魔石〟というやつらしい。


 うん……胆石とかじゃなくて良かったよ……。


 魔石は前世でのブラックダイヤモンドとレッドダイヤモンドを混ぜたような色合いをしており、陽の光に当てるとキラキラと輝いて、とても綺麗なものだった。


 魔石は魔道具や魔力を貯める電池のようなものに使えるという事で、とりあえず保管しておくことにする。


 さて……肉の解体を終えた後に行うのは当然、その肉を調理し食すことである。


 オウルの話では相当美味いらしいが、やはりこういうのは自ら食してみた方が早い。


 解体したばかりの肉をまな板の上へと置き一枚だけ切り分ける。


 元来、その肉の味を確かめるにはシンプルに塩コショウだけの味付けにする事である。


 しかしいきなり一枚焼くのは勿体ないので、ケチっぽくも10切れに分けてそのうちの一切れだけを焼く。


 魔法によってガスコンロも薪も必要なく調理出来るのを見ると、本当に異世界って感じがするな。


 気づけば窓の外に狼の家族が座ってこちらを見ていた。


 どうやら砕牙獣の肉を焼いた際の匂いに誘われて来たらしい。


 確かにこの肉は焼いただけで香ばしい匂いがしてくる。


 〝味付けなど不要!〟とでも言わんばかりの匂いであった。



「折角だし、お裾分けって事で」



 まだ残っていた砕牙獣の肉を程よく切り分け、外にいた狼達に差し出す。


 親と思わしき二匹の狼に感謝され、子供達にも〝ありがとう〟と言われたが、〝おじちゃん〟は余計だ。



 十分に焼けた肉に塩コショウを振りかけ、皿に盛り付け、そして一口……。



「美味い!!!!」



 前世でよく見ていた料理バラエティーに出ていた眼鏡の芸人のような、そんな感想を口に出していた。


 香ばしく、歯ごたえがよく、それでいて脂身のジューシーさが口に広がり、一口だけでも満足感と幸福感に襲われる。


 これぞ美味しさの暴力……このような肉は前世でも食べたことがない。


 いや、A5ランクの肉でさえもこのような美味しさは無いのではなかろうか?


 一口食べてしまえばもうどうにもやめられない止まらない。


 まさに〝やみつき〟という表現でしかない。


 恥ずかしい話、これを食べただけで〝転生して良かった〟と思えるほどだ。


 今は塩コショウだけであるが、逆に言えば塩コショウでこのレベルである……本格的に調理したらいったいどのようになるのか想像もつかない。


 見れば狼達も我を忘れて肉を頬張っている。


 俺が魔獣を狩り、肉を肉食獣に提供してやればこの山は、森は食物連鎖とは無縁の楽園になるのではなかろうか?


 いや、魔獣がそこかしこに跋扈(ばっこ)していればの話ではあるが……。


 そう思っていた時、どこからか可愛らしいお腹が鳴ったらしい音が聞こえ、そちらを見れば先日介抱した女性がドアの影からこちらを見ていた。


 僅かにヨダレを垂らしているところを見るに、目が覚めた後に美味しそうな匂いにつられてここに来たらしい。


 ンで、俺が肉を食べているのを見て腹が鳴ってしまった、と。


 ちなみに最初は拘束しておこうかと思ってたのだが、流石にそれは可哀想だなと思いやめておいたのだ。


 俺が出ている間に目覚めて、しかもトイレに行きたくても行けず漏らされるのも困りものだったからな。


 女性は警戒心を(あらわ)にしながらも、チラチラと皿の上に乗る肉に視線を移している。


 その姿に思わずクスッと笑ってしまい、手招きしながら席に座るよう促した。



「そんな所で見てるだけならこっち来てお前も食べろよ。腹減ってんだろ?遠慮はいらねぇからよ。まだまだ肉はあるしな」



 そう言って新たに肉を焼こうと立ち上がるが、その前に食事を終えた狼達に伝言を頼む。



「お前ら、もし他の肉食動物に出会ったら俺のところに来るよう伝えておいてくれ。肉が食いたけりゃやるからってよ」



 その伝言を聞いた狼達は頷いてその場から去っていった。


 その光景を女性が目を丸くしながら見ていたが、それを気にせず調理台へと向かう。


 女性はなおも警戒しているのか暫く無言だったが、その空気に耐えられなくなったのかようやく口を開いた。



「貴方……ここに住んでるの?」


「見ての通り住んでるよ。つってもここに来たのは昨日くらいだけどな」


「こんな所に家が建ってるなんて知らなかった……」


「元からあったものを改装や修理をして使ってるからな」



 そういう事にしておいた。


 馬鹿正直に神様に与えられたなんて言ったら、何を言われるか分かったもんじゃないからな。


 信じてくれなくて結構だが、逆に崇拝の対象にされたらたまったもんじゃない。


 この世界には魔法があるので、あっという間に直したりするのは別に珍しい事ではないかもしれないしな。



「今朝もそうだけれど、貴方って随分と動物達に慕われているのね?」


「あ〜……砕牙獣を倒してやったら感謝されてな」



 〝それに動物の言葉が分かるし〟という言葉は飲み込んでおく。


 無闇矢鱈にこちらの情報を明かすのは宜しくないからな。



「ねぇ……私の仲間達はどこ?」



 ようやく本題か。


 まぁそれよりも色々と聞きたいことが多そうだったので仕方ないのだろうが、それとは別に自分自身では認めたくない現実と向き合うのが怖いのだろう。


 ここで全てを話してやってもいいが、その前に先ずは食事をとってもらうとしよう。



「まぁその話はコレを食ってからだ。それと風呂があるから入ってサッパリしろ。あとは身なりを整えてからだな」



 そう言いながら差し出した肉を女性は凝視していたが、そのうち匂いに抗えなくなったからか恐る恐るそれを口に運んだ。


 直後に口元を抑え、目を見開きながら肉を見る女性。


 しかし数秒後にはポロポロと涙を流し始めた。



「ごめん……なさい……」



 気持ちは分かる……死にかけたのだ。


 今こうして美味い肉にありつけているのは、彼女からしてみれば奇跡以外の何物でもないのだろう。


 そうして涙ながらに謝る女性に、俺はあえて何も言わずに食器を洗い始めるのだった。


 その後、女性は沸かしておいた風呂へと入り、対して俺は目隠しをしながら、スイカ割りのようにオウル達の声を頼りに彼女の服に手を(かざ)していた。



『ヤマト様、もう少し右です!もう少し左!そこです!』


「OK。んじゃ、まぁおっ始めますか。〝修繕〟、〝洗浄〟、〝乾燥〟!」



 行っているのは彼女の服の補修と洗濯。


 流石に直に女性の下着を見るわけに行かず、こうして目隠しをしながら行っているというわけだ。


 結果は当然の如く、彼女の服は全て完全に直り、とても綺麗になっていた……そうである。


 見れてねぇからな。


 そこはオウル達の言葉を信じておくしかない。


 ちなみに服についてはリスたちがせっせと脱衣所へと運んでってくれたらしい。


 ありがたいことだ。


 そうして待つこと数十分……ようやく女性が浴室から出てきて、濡れた髪をタオルで丁寧に拭いていた。



「ありがとう……お風呂を貸してくれて……」


「別にいいって。ちなみに鎧については後で直しておく。そんじゃ、まぁ……行くとするか?」


「ど、どこへ?」


「決まってんだろ……あんたの仲間の所へだよ」


「────!!」



 俺の言葉を聞いて彼女の表情が引き締まった。


 これから目の当たりにするであろう非常な現実への覚悟が決まったようだ。


 ちなみに彼女の剣はヒビが入り、刃こぼれも酷く、剣先が少し折れていたので、これも後で直しておくことにする。


 となると流石に丸腰で山の中を歩かせるのは、ちと気が引けるな。



「あんた、弓は使えんの?」


「こう見えて、故郷では弓の名手とも言われていたわ」


「じゃあ俺のを貸してやる」



 そう言って女性に弓と、魔法の矢筒ごと矢を貸す。


 昼食も持ち、俺と女性は共に外へと出たのだった。


 すると一匹の尖角鹿が玄関先に待機していた……どうやら荷物を持ってくれるようだ。


 俺は心遣いに甘え、その鹿の背に弁当と、そして花束を括り付けた。


 その花束の意味を理解していたのだろう……彼女はそれに対して何も言わない。


 そして山の中を歩くこと数分────俺達は森と湖が一望できる程の高台へと来ていた。


 ここは木々もなく開けており、夕日がバッチリと見える絶景スポットである。


 その先に建てられた、丸太で作られた墓標……もちろん、ここに眠るのは彼女の仲間達だ。


 悲痛な表情となり、今にも泣き出しそうな女性。


 俺は何も言わずに花束を持つと、その墓標の前にそっと置いて手を合わせた。


 その姿を不思議そうに見ている女性。



「何をしているの?」


「ん〜?無事に天国に行けるよう手を合わせてんだよ。俺の故郷では当たり前にやってる事だ」


「貴方……もしかして極東出身?」



 前世での日本もかつては〝極東の国〟と言われていた。


 もしこの世界にも日本のような国があるのなら、俺が極東出身という点では間違いないだろう。


 なので俺は〝あぁ〟とだけ答えておいた。


 そのうち女性も俺の隣で手を組み祈りを捧げ始める。


 この仕方はキリスト教と同じものだろう。


 その後、女性が少しだけ一人にさせて欲しいと言うので、俺と鹿は少し離れた場所へと移動する。


 暫く待っていると、彼女のすすり泣く声が聞こえてきたが、俺は気にせずに彼女が戻ってくるのを待つ。


 しきりに〝ごめんなさい〟という言葉が聞こえてきたが、彼女はこの先も自分を許すことは無いのだろうと推測する。


 残された者が死者に対して出来ることは、亡くなった者達を忘れず、彼らの分まで生きることなのだ。


 彼女もそれを理解して、前を向いて生きていって欲しいものだ。


 暫くして聞き覚えのある可愛らしい音が聞こえてくる。


 まぁ険しい山道を歩き進み、そして散々泣いたのだ……疲れて腹が減ってしまうのは人として健全な生理現象である。


 まぁ、当の本人は恥ずかしいのか頬を赤くしてプルプルと震えてるけどな。



「軽食でもつまむか」



 そう声をかけて彼女の元へと歩み寄る。


 返事こそしなかったが、頷いていたので食べるのだろう。


 あの家にパンがあったので、それを使ったハンバーガーを彼女に手渡すと、彼女は不思議そうにそれを見ていた。


 どうやらこの世界にはハンバーガーとやらは無かったらしい。


 まぁ当然か……この世界ではハンバーグを野菜と共にパンに挟んで食べるという考えが無いのだろうから。



 二人で静かにそれを食べながら、墓標を見つめる。



「あのさ……」


「……?」



 声をかけられ、疑問符を浮かべながらこちらを見る女性。


 そんな彼女に俺は静かにこう言った。



「もし、またこうして墓参りに来たかったら、いつでも来いよ。声掛けてくれりゃあ、またこうして飯を作って連れてきてやるからよ」


「ありがとう……」



 俺の言葉に少し微笑みながらお礼を言う女性。


 そして話は、彼女が今後どうするのかという話題になる。



「あんた、これからどうするんだ?」


「王都の、冒険者ギルドに戻るわ。今回のこと、報告しなくちゃならないから……」


「その後は?」


「冒険者は続けるつもり。彼らの分まで頑張りたいから。でも、信用は落ちるかもしれないけれど」


「信用は信頼はまた頑張って得ればいい。生きてりゃいつかは報われるンだからよ」


「そうね。ところで貴方はここにずっと住むの?」


「まぁな。前々から山奥でひっそりと、悠々自適に過ごしたいと思ってたからよ」


「貴方いったいいくつなのよ……」


「まだ15歳だよ」


「私と同じ歳じゃない!なのにもうそんな年寄り臭い考えなの?」


「色々あったんだよ」


「そう……。ねぇ、もし良かったら、またお邪魔してもいいかしら?」


「構わねぇよ。それに、いつでも来いって言ったろ?」


「そうだったわね……」



 気づけば夕暮れ時────このまま日は沈み、翌朝になれば彼女は帰るのだろう。


 せっかくこの世界で初めて出会った人間ではあったが、彼女には彼女の人生がある。


 だから引き止めることは無いし、彼女はこうしてまた会いに来たいと願っていた。


 今生の別れでもあるまいし、生きてりゃまた会う機会はいつでもあるだろうしな。


 また来た時には土産話のひとつは聞かせて欲しいものだ。


 翌朝、別れの時────



「それじゃあ、私は行くわ」


「おう、またいつでも来いよ」


「その時はお酒でも持って来るわ」


「そいつは楽しみだな」



 女性は最後に俺とそんな会話をした後、案内兼護衛役を頼んだ狼達と共に歩き出した。


 しかし直ぐにこちらへと振り返ると、俺に声をかけてきた。



「ねぇ!」


「ん?」


「名前!貴方の名前は何ていうの?」



 その質問に思わず吹き出してしまう。


 そういや、またいつか会う約束までしてたってのに、未だにお互いに名前を名乗ってはいなかったな。


 俺は笑いながらも女性に向かって名乗った。



「タケル。タケル・ヤマトだ」


「そう……私はヨミ。ヨミ・アステール!」


「ヨミ・アステールか……良い名前だな!」


「貴方もね!」



 そうして彼女────ヨミ・アステールは手を振りながら去っていった。


 ヨミの表情は昨日とは別人のように明るく、見ただけで彼女が仲間達の死を乗り越えて前を向いて生きていこうという意思が感じ取れた。


 そんな彼女に呼応するように、昨日直した鎧や剣が綺麗に輝いていたのであった。


 そうしてヨミを見送ったその日の夜……夕方頃に急に降ってきた雨が未だにやまず、それどころかその強さを増しているような気がした。



「あとで干し肉の様子を確認しに行かねぇとなぁ……湿気とかでダメになったらもったいねぇし」


『そうですなぁ……』



 家の中には俺以外に梟のオウルと、それと一匹の狼と熊がいる。


 狼と熊はそれぞれ群れからはぐれた者達で、どうせなので名前をつけてやったのである。


 ちなみに狼の方は〝ウォルフ〟、熊の方は〝アルクトス〟と名付けている。



『主の魔法は優れているので、不安は無いと思われる』


『それでも心配でしたら、あっしが見に行きやすよ』



 俺を〝主〟と呼んで慕うウォルフと、座りながら代わりに確認しに行くと進言するアルクトス。


 まぁ確かに、それなりの魔法はかけてあるのでウォルフの言う通り心配は無用か。


 打ち付ける雨の音が響く中、俺はどっかりとソファーに座り、そのまま眠ろうとした。


 しかし玄関のドアがノックされたことにより、俺は欠伸をかみ締めながら玄関へと向かった。


 そしてドアを開くと────



「────は?」



 そこにはズブ濡れになったヨミが立っていた。


 彼女は俯いていた顔をゆっくりと上げると、憔悴(しょうすい)によるものだろう乾いた笑みを浮かべながらこう言った。



「今朝ぶりねタケル。私……ギルドをクビになっちゃった……」



 彼女はそう言うとフラつき、そして俺に倒れ込むのだった。


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