二人の魔族
ここは武尊達のいるヴォルガナ山から西の方向……北西部にある森〝アルティム大森林〟。
その最奥の洞窟内にて、一人の少女が怪しげな笑みを浮かべながら水晶の前で何やら作業をしていた。
その水晶は球体で、しかしその中ではドス黒い煙のようなものが渦巻いている。
それを見ながら少女はニヤリと更に口角を吊り上げた。
「うふふ……これなら簡単にこの国を堕とせられるわ♪︎」
彼女の名は〝ラプス〟。
魔族……それもただの魔族ではなく魔王軍に所属している魔族である。
この世界の〝魔族〟とは吸血鬼や悪魔などの総称ではなく、それとは別の非常に高い魔力を持つ存在の事である。
また魔王の眷族という存在故か吸血鬼などの種族よりも強力で、かの魔獣ですらも彼女らには無抵抗で降伏する程であった。
そんなラプスが行っていることはアルテラ神やヴィヴィアンが予期した通り魔物氾濫を故意に引き起こすこと。
その理由はこのルノワール王国の陥落であり、その陥落した王国を他国侵攻への拠点とする事である。
魔王軍も来たるべき戦争の為に戦力を強化温存している状況であり、故にラプスは魔物氾濫によって兵を用いずに王国を陥落させようと企てているのである。
しかも彼女は〝魔獣使い〟の職業持ちであり、魔物氾濫を引き起こし魔物や魔獣を従えるなど造作もない事なのだった。
その準備を着々と進めているラプス……そんな彼女の背後に一人の男性が音もなく現れる。
「順調かラプス?」
「こ、これは────魔王軍四天王が一人、ガブラス様!」
ガブラスという名の男性にラプスがその場でかしずく。
ガブラスはラプスの言う通り魔王軍四天王の一人であり、その四天王の中でもトップを争うほどの強力な魔族である。
そんなガブラスの登場にラプスは恭しく頭を下げるのであった。
「よい。それよりも順調に事は進んでおるようだな?」
「はい、それはもう……いつでも魔物氾濫を引き起こすことが出来ます」
「ふむ……しかし油断はするなよ?何やらこの周辺で強大な力を持つ者が現れたらしいからな」
「勇者でしょうか?」
「分からぬ。しかし勇者選定の儀式が行われたのは数年前……可能性は無しとは言い切れぬ」
「であれば……更に魔物氾濫の規模を拡げた方が宜しいですか?」
「いや、よい。これ以上無理をして万全な状態でなければ意味は無い。それに今でも充分過ぎるほどであるからな。たとえ勇者と言えど一溜りも無いだろう」
ガブラスはそう言うと視界の端で蠢いていた魔物や魔獣達を一瞥し、そして再び視線をラプスへと戻す。
「期待しているぞラプス。これが成功した暁には、お前の昇格を魔王様に進言すると約束しよう」
「本当ですか!」
ガブラスの言葉にラプスは表情を明るくさせた。
彼女の夢はこのガブラスの隣に立つこと……そして彼をそばで支えることである。
その夢に一歩近づくかもしれないという事に、彼女の心は震えた。
「では良い報告を待っておる」
「ははぁ!」
ガブラスは最後にそう言うと頭を下げるラプスを背にその場から姿を消した。
その際にニヤリと口角を上げていたのだが、頭を下げていたラプスがそれを見ることは無い。
(くくっ……ラプス、底辺の魔族故に扱いやすい奴だ)
ガブラスのその思考は誰にも悟られる事はなく、哀れなラプスは意気揚々と準備を進めるのであった。




