王城にて
皇獅獣討伐の為にタケルの住む山へと訪れた日から2日後……王城へと帰還したエドワーズはそのまま謁見の間へと足を運んだ。
彼の目的はただ一つ……今回の事で得た情報を国王へと報告すること。
そして謁見の間へと入るとルノワール王国の現国王であるオリンフィア・アーネスト・ルイ・ルノワールが微笑みながら彼を迎えた。
彼女は歴代初の女王であり、その手腕から〝賢王〟とまで称されている人物である。
そんな彼女はエドワーズに労いの言葉をかけた。
「お疲れ様でしたスプリングス将軍。こうして無事に帰ってきたところを見ると、どうやら皇獅獣は討伐したようね?」
オリンフィアにそう言われたエドワーズは内心複雑であったが、しかし手柄を横取りする訳にはいかないとして正直に話す事にしたのだった。
「申し訳ながら、皇獅獣を倒したのは我々では御座いません陛下」
その報告にオリンフィアは意外だと言う顔でエドワーズを見つめる。
「そうなの?我が国の将軍である貴方自ら出向いたのだから、てっきり貴方が倒したのかと思ったわ。なにせ貴方はこの国の英雄なんだもの」
「ははは、そう言われると面目次第も御座いませんな」
「責めたわけではないわ。それにしてもS級冒険者達が束になっても苦戦を強いられる程の皇獅獣を倒したのは誰なのかしら?」
「タケル・ヤマトという、ヴォルガナ山に住む青年です。歳は我が娘と同じだと言っておりました」
「貴方の娘って確か……」
「はい、今は17歳ですね」
「そうよねぇ。私が20歳で即位した時に出会ったあの小さな女の子が、今では立派な冒険者だものねぇ。時が経つのは早いわね」
「そのヨミの事で少しお話したいことが……」
エドワーズはそう言うとチラリと謁見の間の両端に並ぶ兵士や大臣達に目を向ける。
すると何かを察したオリンフィアは宰相に自分とエドワーズ、そして宰相自身以外の者達に退室するよう命じた。
宰相の号令に彼ら三人以外の者達は兵士までもその場から退室……そしてこの謁見の間に三人しかいないのを確認したオリンフィアは改めて口を開いた。
「それで……話っていうのは何なのかしらぁ?」
「ヨミが王都ギルドを解雇されました」
「ふぅん……」
いっけん興味なさげな声に聞こえるが、オリンフィアの事をよく知るエドワーズはその声に僅かながらの怒気が含まれていることに気づいていた。
なので彼は慎重に言葉を選びながら、武尊とヨミから聞かされた事の顛末を話し始めた。
オリンフィアはそれを静かに聞いていたが、話が終わるや勢いよくその場に立ち上がって宰相にとんでもない事を言い出した。
「宰相……今すぐ王都ギルドの幹部達を処しなさぁい」
「陛下……お気持ちは分かりますが、それはあまりにも横暴過ぎます」
(アレクセイ宰相……相も変わらず苦労なさっておるようだ)
ため息混じりに苦言を呈す宰相。
それを見てエドワーズは内心、宰相であるハワード・フォン・アレクセイの絶えぬ気苦労に同情していた。
「だってぇ……ヨミは私の可愛い妹のような存在よぉ?その妹が酷い仕打ちを受けたんだもの、彼らは万死に値するわぁ」
「だとしてもですよ陛下。それにスプリングス将軍の話では、ヨミお嬢様は今は幸せに生きているご様子……なれば余計な問題の火種になりそうな事は控えていた方が宜しいかと」
「仕方ないわねぇ……」
「ですが、探りは入れておいた方がよろしいでしょうな。彼女の為はもちろん、国にとっても、未来の若き冒険者達にとっても」
「それは承知しているわぁ。宰相、速やかに内部調査の準備を始めなさぁい」
「かしこまりました、陛下」
命令を受け速やかに謁見の間から出てゆくハワード……その背を見てからエドワーズは再度オリンフィアへと顔を向けてある懸念について進言する。
「王都ギルドへ調査を入れるのはこちらとしても望むべきことですが、一つ懸念がございます」
「ヨミのことかしらぁ?」
「流石は陛下……どうやら陛下ご自身も調査結果によるその後の事について考えておったのですな?」
平伏しそう話すエドワーズに対し、オリンフィアはそれに応えるように笑みを浮かべた。
「ギルドマスターを始め、幹部達の中にあの子の正体を知っている者がいることですしねぇ。もし罰せられると知ればそれを暴露するかもしれないわねぇ」
「それだけは避けたいですな……幸い、ヨミは例の彼の元に身を寄せておりますから、直接的な実害は無いでしょうが……」
「そうねぇ……ところで、私もその〝例の彼〟とやらについてもっと知りたいわねぇ」
まるで獲物を狙うかのように、目に光が帯びるオリンフィア。
エドワーズは勘弁して欲しいとばかりに頭をかきながら彼女を諌めた。
「ははは、彼は目立つことを嫌っておりましてな……もし女王陛下に呼ばれたなんて事になれば、これ程目立つことは無いでしょう。出来ればそっとして置いてくれれば助かります」
「残念ねぇ……でも、こちらから会いに行ったならば問題は無さそうよねぇ」
「陛下?!」
いつも冷静沈着なエドワーズがこの時ばかりは酷く狼狽した。
なにせオリンフィアは遠回しに武尊の家へ訪問すると言っているのだから。
この国でのオリンフィアの影響力は計り知れない程である。
齢20歳という歴代最年少でしかも初の女王というだけでも快挙であるのに、賢王として国民達から敬われ慕われている。
そのような人物がお忍びで訪問したとしても、国内全てにその顔が知れ渡っている彼女の来訪に騒がない者はいないのである。
それをよく知っているだけにエドワーズは何としてでも阻止しようと試みた。
だが一方でオリンフィアは一度決めたことは頑なに覆さない事も知っている。
無駄な事だと知りつつもエドワーズは一応オリンフィアに武尊の家への訪問を考え直すよう進言した。
「陛下!貴方は今やこの国では知らぬ者がいないほどのお方です!たとえヘクトールの町だとしても騒ぎになる事は不可避です!それは彼が最も嫌う事なのですよ!」
「でもねぇ将軍……私は一度でも〝こうだ〟と決めたことを変えないって事は貴方も重々知っていることよねぇ?」
「確かに……そう……ですが……」
「大丈夫よぉ♪︎そうだわぁ!貴方と貴方の奥様、そして私の三人だけならば問題ないわねぇ。私の事はヨミの親戚の姉とでもしておけばいいことだし、それだと違和感はないわよねぇ?」
「陛下……貴方の顔はこの国の民全てが知っているのですよ?」
「隠せばいいじゃなぁい」
「ですが……」
「将軍?」
「────っ!」
先程までの和やかな雰囲気が一変────ニッコリと笑みを浮かべたオリンフィアからとてつもなく重いオーラが滲み出ていた。
それを察知したエドワーズは直ぐに頭を垂れるも、その身体は僅かに震えていた。
「ねぇ将軍……私、あまり否定されるのは好きではないの。それは貴方もよく知っているでしょう?」
「はっ!それはもう……言われずとも……」
「なら貴方がやるべき事はなに?」
「陛下がお忍びで、誰にもバレずに彼の元へ赴く事が出来るよう対策を練ることです」
「正解よぉ。それじゃあお願いねぇ?」
「かしこまりました……」
「さがっていいわよぉ」
「ははっ!」
返事をして謁見の間から出るエドワーズ……その手は未だ僅かに震えており、彼は先程のオリンフィアの様子を思い返し、またも身震いをした。
(よもやこの私が、陛下をまたもあのような雰囲気にさせてしまうとは……)
オリンフィアの父……つまり先代国王は亜人などの他種族に対して偏見的な考えを持っていた人物であった。
他種族ならば人族の奴隷として扱われて当然という思考であり、自ら他種族をメインとした奴隷売買を推奨していた人物でもある。
対してオリンフィアは幼い頃から他種族と関わり合っていた故か、その者達に対する扱いを疑問に感じ、いつか必ず彼らを救うと決意していた。
そして自らクーデターを起こし王座を簒奪……先程の雰囲気はその時と全く同じであったのだ。
ずっとそばで彼女を見ていたエドワーズにとってそれは忌避すべき事であったのだが、まさか自身がその引き金となってしまった事に彼は深く反省するのだった。
たとえそれがオリンフィアの我儘であっても、エドワーズには従う他無かったのである。
「やれやれ……ヨミにも、そして彼にも要らぬ気苦労をかけてしまうことになるな」
エドワーズは半ば諦めの状態でそう言うと、女王訪問への対策を練りに家へと帰るのであった。




