父娘の会話
ヨミは涙を流しながら父親の元へと歩み寄り、対するエドワーズはゆっくりと立ち上がって自身へと寄ってくる娘を迎え入れた。
ヨミはエドワーズに抱きつくと、堰を切ったように泣きながら彼に謝り始めた。
「ごめんなさい、お義父さん……私……私……」
「よい……よいのだ。事情は全て彼から聞いている。辛かったろうに……」
「うぇぇ……えぐっ……ひっく……」
泣き続けるヨミを抱きしめながら、エドワーズはその頭を優しく撫でていた。
蚊帳の外になってはいるが、親子の再会に水を差すような俺ではない。
今のうちに、多分来客だろうと思って用意したと思われる、ヨミが落として割ってしまった茶器達を片付けておくか。
多分!落ち着くまでに時間はかかるだろうけどな。
ヨミが泣きやみ落ち着くまでに数十分の時間を要したが、その後はヨミを交えて話をすることになった。
とは言ってもせっかくの親子水入らず……最初は互いの近況について話すのが良いだろう。
俺はそう思うと直ぐに椅子には座らず、少しの間壁に寄りかかって二人を見守る事にした。
「先程も言った通り彼から事情は聞いている……元気そうで本当に良かった」
「お義父さんも……またお酒飲みすぎてない?」
「大丈夫だ。なにせ母さんにまた隠されてしまったからね」
思わずずっこけそうになる俺。
場を和ませるジョークだったのだろうが、奥さんに酒を隠されるとは、いったいどれだけ飲兵衛なのだろうか?
ヨミも呆れているし、どうやらエドワーズの家では酒を隠されるのは日常茶飯事のことらしい。
まぁ〝百薬の長〟とも言われる酒も飲み過ぎれば体に良くない。
〝毒薬転じて薬となる〟という言葉があるように、薬も使い方を間違えれば毒にもなるのである。
エドワーズには奥さんやヨミの為に長生きして貰いたいものだ。
「事情を聞いてお前がここにいる理由は分かった。しかしたまには帰って母さんに顔を見せてやりなさい。冒険者になってからいつも心配ばかりしていたぞ?」
「うっ……そのうち顔を見せに帰るわ」
「それでも良い。それと……これは例え話なのだが、もし王都のギルドに戻れるとなったら、お前は戻りたいと思うか?」
「王都のギルドに……」
それは可能ならばヨミの解雇を撤回する事が出来るという意味を持っていた。
不当解雇された冒険者ならば喜んで頷いていただろう。
しかしヨミは暫く考え込んだ後、首を横へと振ってそれを否定した。
「いいえ、戻る気は無いわ。だってもう、タケルがいない生活なんて考えられなくなってしまったんだもの」
半ばプロポーズともとれるヨミの回答に俺は照れ隠しで顔を逸らす。
エドワーズは娘の回答に目を見開いていたが、直ぐに微笑むと安心した様子で口を開く。
「今、お前は幸せなのだな……」
「ええ、とっても」
義父の言葉に幸せそうな笑みでそう答えるヨミ。
エドワーズは一つ頷くと、静かに席を立った。
「ならば良い。愛娘の元気そうな姿も見れたことだし、それにこれから王都に戻り諸々の報告をせねばならぬのでな。私はこれで失礼する。それとタケル殿」
「なんだ?」
不意に俺の名を呼ぶエドワーズに疑問符を浮かべながら返事をすると、彼はこちらに向かって深々と頭を下げた。
「まだまだ未熟な娘ですが、何卒これからもこの子のことを宜しく頼む」
「もちろんだ」
「それでは、また会えるのを楽しみにしている」
そう言ってマントを翻し帰ろうとするエドワーズ……しかし何か思い出したのか、不意にヨミが彼を呼び止めた。
「あっ、お義父さん!」
「なんだい?」
「お義母さんに……〝私は元気だから安心して〟って伝えて?あと〝今度、時間を作って会いに行くから〟とも」
「分かった。その際に〝紹介したい人がいる〟とも伝えておこう」
「もうっ!」
悪戯っぽく笑みを浮かべながら家を出てゆくエドワーズに、ヨミは顔を真っ赤にしながらドアの先にいる彼に向けて〝べ〜っ〟と舌を出していた。
しかしその顔は憑き物が取れたかのように晴れ晴れとしたもので、今まさに幸せであるという証明になっていたのであった。




