女性を介抱するも、ひと騒動
砕牙獣を倒したあと、俺は家に戻って解体する事にした。
かなりの図体の砕牙獣だったが、不思議な事に軽々と持ち上げることが出来た。
一応、肉の解体などについての知識を頭に念じてみたところ、問題なくそれに関する情報が頭の中に流れ込んでくる。
本当に便利なスキルだな……全世界知識。
という事で砕牙獣を担ぎあげて家へと戻る。
あの後、梟が例の動物を連れてきて果実を食べさせていた。
他の動物達も果実を取ってはその動物に渡していた姿は、一種の感動ものであった。
ちなみにそのうちの〝灰色大熊〟が運ぶのを手伝ってくれるそうで、俺が前で熊が後ろといった感じで砕牙獣を運んでいる状況である。
その途中、不意に鼻をヒクヒクとさせた熊が何故か茂みの中へと歩き始め、とりあえず砕牙獣を置いてその後を追う。
すると向かった先には人間の右腕と思わしき身体の一部が捨てられていたのだった。
『血の匂いが濃いので、まだ新しいですね』
熊がそう話す。
よく見ればその先にも人間の身体の一部が無惨にも散乱していた。
前世でホラー映画のスプラッタシーンはよく見ていたが、あれは作り物だという認識があったから平気だった。
しかし現実にこうして見るのは、どこか吐き気を催してしまう光景である。
『まだ奥へと続いているようですね』
「望みは薄いが、生存者がいるかもしれねぇから行ってみるか」
そうして散乱した身体を拾いながら移動すると、更に酷い光景がそこには広がっていた。
そこかしこに広がる血溜まり……散乱する肉体……その中で唯一、どこも欠損していない状態の、しかし見るからに重傷といった感じの女性が木に背を預けた状態で座っていた。
俺は急いで駆け寄ると、呼吸の有無を確認する。
とても弱いが、辛うじて息はあるし、心臓も僅かながらに動いているが、しかし予断は許さない状況だろう。
「熊、この人を運んでくれ」
『分かりました』
熊は俺の言う通り女性を背に乗せると、直ぐに砕牙獣を置いた場所へと戻った。
そして俺は砕牙獣を担ぎあげ、急いで家へと戻るのだった。
家に戻ったあとは直ぐに女性をベッドに寝せ、治療用の道具を探し始める。
しかし包帯はあっても消毒液やらといったものは見つからなかった。
まさか薬草もポーションすらも無いとは……。
(何か……何か一瞬で怪我を治す方法があれば……)
そんな時、俺の脳裏に何かの言葉が浮かび上がった。
それが何なのかは分からなかったが、咄嗟に俺は女性に手を翳しながらそれを読み上げたのだった。
「〝我が願いを聞き入れ、この者に健やかなる力を。汝、治癒の神の代理者として、この者の傷を、病を、瞬く間に癒し給う〟」
すると女性の体が淡い緑色に輝き、次の瞬間には傷は全て癒えていた。
『おぉ!まさか完全治癒が使えるとは!流石は稀人様!』
なるほど、〝完全治癒〟という魔法の呪文だったのか。
まぁともかくこれで女性の方は大丈夫だろう。
その証拠に女性はしっかりと呼吸し、スヤスヤと眠っていた。
『目を覚ましませんね?』
「疲れてたんだろうな、このまま寝せておけ。その間に俺は散らばっていた身体を集めてくる」
『それならば先程、梟が来ていたので持ってきてくれるよう頼んでおきました』
「それはありがたい」
そう話しているうちに拾ってきてくれたのか、梟を始めとした数匹の動物達が全ての身体のパーツを家の前へと持ってきてくれていた。
だがそのうちの幾らかは食われてしまっていたらしく、その全てを回収する事は出来なかったらしい。
『身体の一部に見覚えのある歯型がありまして……多分、この者達は砕牙獣に襲われたのでしょう』
「にしてはあの女性は唯一無事だったな」
『一矢報いたのでしょう。砕牙獣の身体をよく見て見たら、身体の方に貴方様がつけたのとは違う太刀傷がありましたので、それにより逃げ去っていったのではないかと』
つまり仲間が殺られ、絶体絶命のピンチにあの女性は一太刀入れた。
それによって砕牙獣は思いもよらぬ反撃……正に〝窮鼠猫を噛む〟かのような展開に驚き逃げ出した。
それによって女性は辛うじてピンチを脱したが、それまでのダメージが大き過ぎて死にかけていたという事だな。
本当に俺────というより熊が気づかなければあのまま息絶えて、そして朽ち果てていた事だろう。
「どうせなら全員助けてやりたかったけどな」
『事が全て上手くいくことは人間の世界でも、我々動物の世界でも共通の有り得ぬ事です。過ぎたることを考えても詮無きことですので、そう悔いることは無いかと思います』
梟にとっての最大限のフォローだったのだろう。
まぁそのお陰で少しばかり気持ちが軽くなったかな。
「とりあえず一人だけでも助けることが出来ただけでも良しとするか」
『そうですな』
気づけば空は日が落ち始め、景色は夕焼けにより赤く染め上げられていた。
「今日は解体は出来そうにもねぇなぁ」
『どうにかして腐敗せぬようにしなければなりませんな』
梟が不安そうにそう言っていたが、それについてはちゃんと考えがある。
俺は全世界知識を発動させると、腐敗を防ぐための方法を見つけるのであった。
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その日の夜は動物達と交代で女性の容態を見ることにした。
砕牙獣については〝防腐〟と〝状態保存〟、そして〝冷却〟の魔法を重ねがけして保存してあるので、腐ってダメになる事はないだろう。
それよりも女性の方が優先なのだが、彼女はどうやら砕牙獣に襲われた時のことを夢に見るらしく、時折魘されては大量の汗を流していた。
流石に寝ているとはいえ、うら若き乙女の裸体を見たり触れたりするのは失礼だと思い、汗を拭くのは動物に任せることにした。
汗で濡れた服については俺が魔法で乾かしてやったり、汗冷えしないよう温めたりしてやっていた。
それでも悪夢は見るらしく、魘されている姿を見ると居た堪れなくなってしまう。
そこで俺はある事を思いつき、それを実践してみることにした。
寝室とは別の部屋にて、俺は脳裏に浮かんだ呪文を詠唱する。
「〝我、健やかなる夢を見ることを望みし者。汝、夢の世界に住まう者として、我が呼び掛けに応え、その姿をここに現せ。我こそ、汝の力を求めし者なり。来たれ、夢の妖精よ〟!」
すると目の前にキラキラとした光が現れ、そこから蝶のような羽を持つ小さな小さな少女が姿を現した。
『はぁい♡この私、夢妖精のフルムを呼んだのは貴方様?』
ご覧の通り、俺が思いついた事は夢を司る妖精を召喚すること。
そして夢妖精フルムを召喚したのは、あの女性に幸せな夢を見せようと思ったからである。
『召喚者様。いったいどのような夢をお望みなの?女性に囲まれる夢?お金持ちになる夢?それとも英雄になる夢?』
随分と俗っぽい夢を提案する妖精だな……過去にそのような夢を望んだ奴が多かったのだろうか?
「違う違う。夢を見せてやって欲しいのは俺じゃなくて、今まさに寝室に寝ている女性に見せてやって欲しいんだ」
『そうなの?どんな夢?貴方様と熱々でラブラブな夢?』
「なんでそうなるかな?実はその女性は砕牙獣に襲われ、仲間も殺されっちまった人なんだ。そのせいで夢でもその事を見てしまってるらしくてさ……だから幸せな────その女性の中で一番幸せだった事を夢に見せてやって欲しいんだよ」
『なんて素敵な召喚者様♡いいわ、そういう事なら私に任せて頂戴♪︎』
フルムはそう言うなりスーッと俺の前から飛び去っていき、そして数秒後に梟が俺のいる部屋へと入ってきた。
『稀人様!先程、夢妖精が部屋に入ってきたかと思うと、そのままあの女性の中に入っていきまして……そしたら女性が幸せそうな顔になりスヤスヤと!』
「そう焦るな、落ち着け。それは俺がソルムに頼んだからだよ」
『そ、そうだったのですか……まさか妖精を召喚してしまうなんて、やはり稀人様ですな!』
梟曰く、妖精や精霊を召喚出来るのは、その才能がある者しか出来ないらしい。
しかもその才能を持つ者も数少なく、妖精・精霊を専門とした召喚魔導師はかなり稀少なのだとか。
まぁともかく成功したから結果オーライだろ。
それよりも……。
「いい加減、俺の事を〝稀人様〟って呼ぶのやめてくれねぇか?小っ恥ずかしくて仕方ねぇ」
『そんな……では、今後は何とお呼びすれば良いのですか?』
「ん〜、ヤマトでもタケルでも、どっちでもいいよ」
『なるほど……では、今後は〝ヤマト様〟とお呼び致します!』
「様もいらねぇんだけどな……」
そうは言っても、梟は様付けをやめる様子が無いので、それは諦めることにした。
他の動物達にもそう呼ぶように伝えて欲しいと頼むと、梟は二つ返事で了承してくれた。
そんな俺の従者のようになってしまった梟には名前を付けてやった方がいいだろう。
「それと今後、お前は〝オウル〟と名乗れ。俺もそう呼ぶからよ」
『────!!!』
名前を付けてもらった事に感極まったのか、梟────もといオウルは翼で口元を多いながら目を見開いていた。
まぁ梟を英訳しただけだが、小難しい名前よりも分かりやすく呼びやすいだろう。
オウルは大喜びしながら部屋を出ると、そのまま寝室へと戻っていった。
こんなに喜んで貰えるなら、今後は俺を手伝ってくれる動物には名前を与えてやることにしよう。
人が立ち寄らなさそうな場所なので、狩りにくる奴らはいなさそうだしな。
その後、女性がこれ以上悪夢を見ることは無さそうだと判断し、俺はソファーの上に横になって眠ることにした。
その数分後にフルムが余計な夢を見せようとしてきたので、夢の中でしばき倒してやったのはここだけの話である。
翌日────
けたたましい物音と、身体が揺さぶられたような感覚により目を覚ますと、俺の目の前で動物達が慌てふためいており、その動物達の視線の先……つまり俺の背後では昨日の女性が左手で俺の肩を掴み、右手で持ったナイフを俺の首に突きつけていたのだった。
『あぁ、ヤマト様ぁ〜!』
そう心配するなオウル。
俺は女性に視線を向けようと身動ぎすると、肩を掴む女性の手に更に力が入った。
「動かないで!貴方、何者?私の仲間達はどこ?ここはどこなの?どうして部屋の中に動物達がいるの?貴方は何者なの?」
相当混乱してるんだろーなー。
答える間もなく次々と質問してくるし、何なら同じ事を二回聞いてるしな。
とりあえずひとつ間違えれば直ぐにでも首にナイフが刺さりそうだ。
俺がゆっくりと両手を上げると、更に女性が警戒する。
「動かないでって言ったわよね!」
「勘違いすんな、これは降伏の意思表示だ。抵抗する気はねぇって証だよ」
「じゃあ私の質問に答えて!」
「あ〜、答えるのはやぶさかじゃねぇけどよ……その前にひとついいか?」
「……何?」
とりあえず今は女性を落ち着かせることが先だろう。
こんなに興奮した状態じゃまともに会話なんて出来やしないだろうからな。
未だに不安そうにこちらを見ているオウルに〝安心しろ〟という目配せをしたあと、俺は女性に向かってこう言った。
「こうして俺を人質に取るのはいいけどよ……どうせなら縛るくらいのことはした方が良かったな」
「何を言って────」
女性が言葉を言い終えるか否かというタイミングで俺は両手で女性の右腕を掴むと、そのまま間髪入れずに前方へと投げたのだった。
投げ飛ばしてしまったら怪我してしまうので、ちゃんと受身を取れるように投げてやったのだが、突然の事で完全に意表を突かれてしまったのか、女性は受け身をとる事が出来ずに床に背中を強打してしまった。
「う……ぐ……かはっ……」
「えぇ……。お〜い、大丈夫か〜?お〜い?……駄目だ、完全にのびてやがる」
またしても気を失ってしまった女性。
次にまた目が覚めても直ぐに暴れないよう、今のうちに拘束しておいた方が良さそうだと、この時の俺はそう思うのだった。