黄金皇獅獣
全員が全員、その場から動けずにいた。
ヨミやセイン、イヴはもちろん、オウル達まで震えているのは動物だった頃の本能によるものだろう。
この魔獣の事を知らない俺でも分かる……こいつは今まで出会った魔獣の中で最もヤバい奴だ。
語彙力が無いようで悪いが、本当に〝ヤバい〟の一言しか出てこない。
そうこうしている内に黄金皇獅獣という魔獣が僅かに動いた。
(不味い!!)
咄嗟に足が動き、次の瞬間には俺はイヴと共に岩壁へと叩きつけられていた。
というのも奴の狙いがイヴとその横にいたヨミだというのに気づき、ヨミはどうにか突き飛ばして逃がしたが、イヴは間に合わなかった。
なので俺はイヴを庇うように抱きしめ叩きつけられた訳だが、どうやら奴の爪は僅かに掠っていたらしく、しかし掠っただけでもイヴに重傷を負わせる威力であった。
「イヴ!おいイヴ!」
返事はない……額は僅かに抉れ、そこから大量の血が流れている。
直ぐに完全治癒をかけるが時間がかかりそうだ。
「ぼさっとしてんじゃねぇ!俺はイヴの回復に手一杯だ!少しの間時間を稼げ!」
俺の指示にやっとヨミ達が我に返り皇獅獣へと立ち向かう。
全ての魔力を使い果たすつもりで治癒をかけ続ける俺。
暫くしてやっと傷は塞がり、イヴの顔に血の気が戻る。
(これで安心だ……)
そう思ったのも束の間────俺の横を何かが激突し、見ればレイヴンが苦痛の表情を浮かべながらそこにいた。
「レイヴン!」
「申し訳……ありませぬ……」
彼女にも治癒をかけ傷を癒し、そして振り返ってみればそこには惨憺たる光景が広がっていた。
なんと、皇獅獣を中心にヨミ達が倒れている。
全員が全員、重傷のようであった。
致命傷にはなってなさそうだったが余談は許さない状況……しかし治療したくても相手がそれを許してくれそうにない。
それに右前脚でアルクトスを踏みつけている奴の姿を見た時、俺はあの日のような怒りが込み上げていた。
「その足をどけろよ獣畜生……」
言葉が分かるかどうかは分からないが、それでも皇獅獣はニヤリと笑ったような気がした。
そしてアルクトスを掴みあげると、まるで飽きた玩具のように放り投げたのである。
それを見た瞬間、俺の中で何かがプツンと音をたてて切れた。
「テメェ、楽に死ねると思うな!!」
都牟刈を抜いて斬りかかる。
奴はそれを受止めようとしたが、都牟刈の刃は奴の手を軽々と斬り裂く。
指の間の僅かしか切れなかったが、それでも奴はそれに驚いたらしく直ぐに後ろへと飛び退く。
しかし俺は休む暇など与えず距離を詰め、執拗に奴の頭を狙った。
奴はそれらを躱していたが、攻撃の隙を与えぬ俺の連撃にその場から逃走したのだった。
直ぐに追いかけても良かったが、俺は一旦冷静になるとヨミ達の回復を始める。
俺の治癒魔法で次々に目覚めるヨミ達……俺はその中でヨミに顔を向けると、自分でも驚くほど低い声で指示を出していた。
「ヨミ……お前はオウル達を連れて戻れ」
「えっ……」
「奴は俺が仕留める。お前らは家で待ってろ」
「待って!」
「それじゃあ頼むな」
ヨミの制止は聞かなかった。
多分ヨミは〝自分も行く〟と言い出すだろう……それを聞いてしまえば彼女を守れる自信が無い。
下手をすれば巻き込んでしまう可能性だってある。
それならいっその事、一人で戦った方がまだ楽だ。
俺は必死に呼び止めようとするヨミを背に、皇獅獣を追いかけに走り去っていったのだった。




