諜報
その日の夜────
俺は再びレイヴンと共に宿屋へと赴いていた。
気配を消し、息を殺し、慎重にかつ静かにドルッセルがいる部屋の真上にある小窓から中へと侵入する。
ちなみにレイヴンには小窓の前で見張りをしてもらい、何が起こった際は鳴き声をあげるよう指示をしてある。
そうして中へと入った俺は〝神天眼〟で床越しに下を透視してみる。
どうやらこの屋根裏の床と下の部屋の天井は一緒であり、つまり物音をたてれば直ぐに気づかれる構造となっていた。
俺は静かにその床に穴を開けると、中を覗き込みながらその中でのやり取りを聞くことにした。
中では明らかに貴族と言わんばかりの服装をした男が椅子に座っており、その対面には憲兵と同じ服を着た男と裏社会の人間といった感じの男が立っていた。
「ふん!いつになったらあの土地を奪えるのかね?」
「申し訳ねぇ……あの鍛治屋の女が聞き入れてくれなくて」
「ならばどうにかして排除しろ!例えば嘘の事件をでっち上げて逮捕するとかな」
そう言って憲兵に顔を向けるドルッセル。
すると目を向けられた憲兵は微笑みながらとんでもない事を言い出した。
「でしたら隣にいるバッカス殿の手下に誰か殺してもらい、その犯人として仕立てあげましょう」
「ふむ、実に良い作戦だ。流石はこの町の憲兵隊長であるエディソン殿だな」
おいおいおい……そこまでしてあの土地が欲しいのかよ。
そこまでしてあの土地を欲しがる理由はいったい何なんだ?
「しかし予想外でしたね?まさか我々が今まで巻き上げた財宝を隠した場所に鍛治屋が建てられるなんて」
再びそんなとんでもない事を言い出す憲兵隊長のエディソン。
「うむ……それにあそこには今まで行ってきた横領やら汚職やらの証拠も埋まっておるというのに。もしこれであの鍛治屋の女に見つけられでもしたら我々はお終いだ」
なるほどそういう事かよ。
俺は自分達の罪を隠すために関係の無いアカネやその親方を巻き込んだ事に怒りを感じ始めていた。
しかしもう一方でとてもいい事を聞いたな。
(な〜るほど〜……そこにテメェらの罪が隠されてるって訳だな?)
俺はニヤリと笑うとその場から離れた。
これ以上は何も得られんだろうし、それに実はこの時のために事前に魔法具を作ってたんだよな。
俺は外へと出ると懐に忍ばせていた縦5センチ、横3センチの薄い板を取り出す。
これは周囲の音を広い記録する魔法具で、前世で言うところのボイスレコーダーである。
しかしこの魔法具はそれだけではなく、こうして俺の額につけると、先程見た光景を移し込む事も出来るのだ。
これさえあれば奴らが共犯だという何よりの証拠になるし、これに加えて奴らが隠したとされる数々の証拠も合わせれば奴らが破滅するのは確定である。
「戻るぞレイヴン。一刻も早く奴らより先に証拠を得ないとな」
俺はレイヴンにそう言うと、直ぐに鍛治屋へと戻ったのだった。
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「あ、タケルさんおかえりなさ────どうしたんですかいきなり?!」
鍛治屋に戻るなり俺はあちこちを見て回り、店の奥まで見て回る。
その姿にセイン、イヴ、アカネ、ウォルフ達はポカンとしていたが、構わず俺はあちこち見て回っていた。
そしてようやく目的の物が隠されている場所を突き止めた。
「ここか……」
そこはまさかの溶鉱炉の下。
幸いにも溶鉱炉は休止していたので、俺はアカネにこんなお願いをした。
「なぁアカネ。後でちゃんと直すから一旦これを壊していいか?」
「…………………へ?」
アカネが答えることなく俺は魔法で溶鉱炉を消し飛ばすと、悲鳴をあげる彼女を他所にその下を掘り返した。
すると────
「え……なんですかこれ?」
「お金とかいっぱいあります!」
まぁ出てくるわ出てくるわ……金はもちろん、相当価値がありそうな装飾品や宝石、それに置物も掘り返した地面の中から姿を現したのである。
そしてその中に大切そうに布で覆われた箱のようなものが一つ……それを開けてみるとそこには数十枚もの書類の束が入っていた。
「それは……?」
「喜べアカネ。こいつぁ奴らを終わらせる唯一の武器だ」
そう言ったタイミングでヨミとアルクトスも戻ってきた。
しかしそこには親方の姿は無い。
「失敗したのか?」
「いいえ、もぬけの殻だったのよ。奴ら相当用心深いわよ?」
マジか────まさかその日によって居場所を変えてるとかじゃねぇだろうな?
「レイヴン。今すぐカラス達を集めてもう一度奴らを探せ、大至急だ!」
『御意!』
飛び去ってゆくレイヴン。
俺は魔法で溶鉱炉を元に戻すと、取り出した財宝や書類を一箇所にまとめる。
そしてアカネに頼んで紙とペンを用意してもらうと、その紙に文字や模様を書き込んでいった。
「何を書いているの……それ、魔法陣?」
「収納と放出の魔法を組み込んだ。取り出した財宝や書類をここに収納し、この紙を開いた瞬間に出てくるようにしてある。あとは送り先への手紙を書いて……と」
いやぁ、この〝全言語翻訳〟は本当に便利だ。
俺がいかに日本語で書こうとも自動でこの国の言葉に変換してくれるからな。
ちなみに送り相手は秘密である。
俺は魔法陣を書いた紙に財宝と書類を収納しそれを丸め、そして手紙と併せて丁度戻ってきたレイヴンへと預けた。
「これを王城へと運んでくれ。そしてどこでもいいから城の連中に見つかるところに置いてこい」
『御意。ちなみに探したところ直ぐに奴らの居場所を特定しました』
「ご苦労。それじゃあ頼む」
小声だったのでヨミ達に今の会話は聞こえておらず、俺は飛び立つレイヴンを見送った。
意外にも手間がかかったこの事件もようやく大詰めだ。
俺はヨミ達へと振り返ると、再び作戦会議を開くのだった。




