偵察
鍛治屋の前にてカラス達の報告を待っていると、ようやく一羽のカラスが俺の前へと降り立つ。
『天人族様。対象の居場所を突き止めましたぞ』
このカラスは先程のリーダー格のカラスだな。
俺はその小さな頭を撫でると、そのカラスを労った。
「よくやった。それじゃあ案内してくれ」
『御意に』
「つー事で頼んだぞお前ら」
振り返ってそう言うと、そこにはウォルフを筆頭とした数匹の狼たちが並んでいた。
遠吠えをした所を見るに了承したのだろう。
ちなみに奴らの居場所へと向かうのは俺ではなくヨミとアルクトスだ。
ヨミ達ならば難なく親方を奪還出来るだろう。
なので俺は別の場所へと向かう事にしている。
その場所と言うのが……。
「じゃあその貴族様とやらがいる宿屋に向かうとするか」
実はカラス達に頼んでいたのは地上げ屋のアジトの場所だけではなく、奴らに依頼した貴族の居場所である。
カラスの報告ではその貴族とやらは今、この町の宿屋に宿泊しているのだという。
なので俺はそちらの方へと向かう事になっているのだ。
目的はもちろん、鍛治屋がある土地を執拗に狙うその理由についてと、その裏取引や憲兵の買収の証拠を掴むためである。
とは言っても直ぐに動く訳では無い。
実行は夜────皆が寝静まった頃を見計らうのだ。
セインとイヴについてはアカネに面倒を見てもらうことにした。
まぁお互いに初対面という事で色々とぎこちないとは思うが、まぁあの二人ならば直ぐにでも打ち解けられるだろう。
あまり無用な心配はしない方が良いのだ。
さて……とりあえずカラスの案内でその貴族が宿泊している宿屋に到着したのだが、下見をしてみるとやはり貴族がいるということで警備は厳重。
しかも貸切にしているといった徹底ぶりである。
俺は今日来たばかりの旅人を装って宿屋の入口の前に立つ衛兵に声をかけた。
「やぁ、ご苦労さま。こんな宿屋に衛兵なんて、いったいぜんたい何があったんだ?」
「なんだお前は?」
まぁいきなり話しかけてくる奴がいたらそんな反応になるわな。
だがここで撤退するような俺ではない。
「いやぁ、俺は旅をしてる者でさ。たった今この町に立ち寄って今晩泊まる宿を探してたんだけどさ、やっと見つけたと思ったら衛兵さんがいるじゃないか。だから何かあったのかなと思って訊ねたんだよ」
衛兵は訝しげに俺を見ていたが、危険は無いと判断したようで俺の質問に答えてくれた。
「今ここにドルッセル伯爵様がご宿泊なさっているのだ。伯爵様は慎重なお方でな、〝他の者達と共に宿泊するなど危なくて仕方がない〟と言って貸切にして貰ったのだよ」
やっぱりな……まぁそんな事だろうとは思ったが、逆に貸切なんぞしてなけりゃ直ぐに見つからなかっただろうに。
「そういう事かい。それじゃあ諦めてこのまま次の町へと向かうとするよ。なにせこの町に宿はこの一件しか無かったからね」
「長旅で疲れているところ申し訳ないな」
(おや?伯爵の衛兵だから不遜な奴かと思ったら、なかなかどうして良い奴じゃねぇの)
どうやら衛兵にも良識がある奴はいるようで、頭を下げてくる衛兵に俺は手を振って別れを告げたのだった。
まぁ次の町になんて向かわねぇけどな。
とりあえず怪しまれないように衛兵の姿が見えなくなるまで移動したあと、俺は裏路地に入ってカラスと共に作戦会議を始めた。
「さて、どうするか」
『某も窓越しに見て回っておりましたが、相当厳重でしたな』
「一応、ドルッセル伯爵とやらがいる部屋は分かったのか?」
『もちろん。二階の入り口から向かって北側一番右端の部屋に御座います』
なるほど……宿は二階建て、窓の数は入口側────つまり南側で上が三つ、下が六つ。
しかし一階の南側はエントランスなどになっているようだったので、部屋は二階の北側と南側の計六部屋とみた方が良さそうだな。
そして端の部屋には二つの窓。
『どこから侵入するおつもりですかな?』
「そうだなぁ……」
俺は考えながら上を見上げると、勢いをつけて両側の壁を軽快につたいながら屋根の上へと登る。
『お見事』
「褒められることじゃねぇよ」
気配を消しながら静かに屋根を渡っていき、そして宿の隣家の屋根から宿の外観を観察する。
「煙突か……」
『どうやら一階の談話室に繋がってるようですな』
う〜ん……仮に煙突から侵入したとして、そこから伯爵がいる部屋まで移動するのは億劫だな。
そう思ったところで俺は宿の屋根に備え付けられていた小窓に目が止まる。
「カラ────いや、お前を今から〝レイヴン〟と呼ぶがいいか?」
『おぉ!こんなカラスめに名前など光栄に御座います!是非とも好きにお呼びくださいませ!』
俺に名前を与えられ喜ぶカラス……もといレイヴン。
俺はそんなレイヴンにも分かるよう小窓を指さしながら訊ねた。
「あの小窓がどこに繋がってるか確認してきてくれないか?」
『喜んで!』
レイヴンはそう言うとたちまち小窓へと向かい、そしてじっくりと中を覗き込んでから俺の元へと戻ってきた。
『天人族様。どうやらあそこの小窓は屋根裏部屋へと繋がっているようですぞ』
「屋根裏部屋があるのか」
『その通りに御座います。しかし部屋とは言っても、どうやら物置部屋として使用しているようでして、中は大変物が敷き詰められておりました』
なるほど屋根裏の物置部屋か……これは使える。
「よし、侵入経路も決まったぞ。あとは夜まで待つだけだ」
『おぉ、流石は天人族様!』
「あのさ……」
侵入経路も決まったところで俺は先程から抱いていた疑問をレイヴンへとぶつける事にした。
「お前、いい加減に俺を天人族って呼ぶのやめてくれねぇかな?」
『そんな────でしたら何とお呼びすれば良いのですか!』
「別にタケルでもヤマトでもどっちでもいいよ」
『でしたら今後は〝御館様〟とお呼び致します!』
「待て待て。何故そうなる?」
俺はどうにかして普通に呼ぶよう頼んでみたが、レイヴンは頑なに〝御館様〟呼びをやめないのであった。




