町へ行く
俺が住み始めた山は〝ヴォルガナ山〟と言って〝ルノワール王国〟の北に位置する山らしい。
そしてその麓町である〝ヘクトール〟はヴォルガナ山と〝ヘクトール湖〟に挟まれた小さな町であるが、人口密度は高く、また町にしてはかなり賑やかな町なのだという。
資源も豊富でそれ故に活気があるのだが、俺はそんな町が割りと好みであった。
「賑わってるなぁ」
「王都に比べれば田舎町でしょうけれど、でもここは王都に負けないくらいの活気があるわ」
そう話すヨミはどことなく楽しそうな雰囲気であった。
そして驚くことに彼女は町の住人達から非常に人気が高かった。
「あらヨミちゃん!今日も何か買ってくかい?」
「おばさん、今日はこれから鍛治屋に向かうのよ」
「ヨミちゃん、今日は新鮮な魚が揃ってるよ!」
「ありがとう。帰りに見させてもらうわ」
「あらあらヨミちゃん。隣にいる人は彼氏さんかね?」
「ちょっ、おばあちゃん?!ま、まだそういう関係じゃないから!」
婆さんにそう訊ねられ慌て始めるヨミ。
そんなに否定しなくてもと思ったが、確かにまだそういった関係では無いため、否定するのも仕方がないだろう。
まぁいつかはそういう関係になりたいと、密やかには思っているが……。
しかし〝彼氏〟という単語が出た瞬間、若い男連中が一斉に俺を睨んできたのだが、どうやら他の奴らもヨミを狙っていたらしい。
残念だが付け入る隙は与えんよ?
「しかし色んな種族がいるもんだな?しかもエルフまでいるとは……」
「この町は自然を愛してるらしいから、同じ自然を愛するエルフ族がいるのもあまり不思議では無いのよ」
「なるほどな」
エルフ族はかなり気高い性格だと思っていたが、他の町民達と世間話をしている姿を見るとそんな事もなさそうだな。
うむ、偏見や思い込みは禁物という事か。
「ところでずっと歩いているが、目的の鍛治屋はまだなのか?」
「もう少し進んで右に入った所ね。親方さんが相当な頑固者で、〝密集地に鍛冶屋を建てるなんざ危なすぎて出来るかー!〟って言って少し離れたところに建てたらしいのよ」
「〝らしい〟って事はまだ行ったことないんだな?」
「まぁ普段から剣の手入れは欠かしていなかったから、特に用事も無かったし」
そういやさっき八百屋のおばちゃんも〝あの偏屈ジジイの所かい〟って言ってたな……。
町民達にも知れ渡っている程なのだから、予想以上に頑固で偏屈なのかもしれない。
そうしてヨミに案内されること数分……ようやく目的の鍛治屋へと到着する。
「こんにちは〜。ゴウエンさん、いますか?」
静まり返った店内……そこには数々の武器や防具が並べられ、その見事さからここの職人の腕の良さが伺えた。
試しに乱雑に立てかけられていた剣を一本手に取ってみる。
(乱雑に置かれていたのを見るに量産品なのだろうが、それでもこの腕前か……)
握りやすく手触りが良い。
それにより振りやすく、正に手に吸い付くような感触である。
次に剣を僅かに鞘から抜いてみる。
(西洋剣特有の両刃……しかし直刃ではなく乱刃とはな)
西洋剣での乱刃は非常に珍しい。
しかも刃の輝きから斬れ味も期待出来そうだ。
それになんと言っても装飾の素晴らしさである。
量産目的で作られたのなら、普通は装飾にはさほどこだわらないもの……職人の気質も伺える出来栄えである。
ならば大事そうに、丁重に飾られている剣や槍などが他と一線を画した存在感を放っているのも納得出来るなぁ。
俺は無意識に丁重に飾られた剣に手を伸ばそうとした。
するとその時────
「あー!ちょっとダメだよ、それは買ってくれた人だけしか触ってはいけない決まりなんだから!」
突然、女性のものと思わしき声が聞こえ、そちらに目を向けるとそこには鍛冶師の服装に身を包んだ若い女性が立っていた。
女性は足早に俺の所へと来ると、まるで俺と剣を隔てるようにして立った。
そして両手を腰に当てて仁王立ちの姿勢になると、僅かに怒りの表情をしながら口を開く。
「まったくもぉ!たまたまウチが店に出たから良かったけど、もし触れちゃってたらウチが親方に怒られるんだからね!」
「それはすまん……ところでアンタは?」
「ウチはアカネ!アカネ・ウカム!この工房の店員にして親方の弟子だよ!」
元気に〝アカネ〟と名乗った女性は自慢げに大きく胸を張った。
まぁその胸は大きくはないが……。
おっと────あまり野暮な事は思わん方がいいな……ヨミに睨まれてしまった。
相変わらず女性の勘とは鋭いものである。
「ところでお二人さんはお客様のようだけど、農夫……には見えないから何か武器を買うの?それとも包丁とか?それとも修理?凄い荷物の量だけど、もし修理なら凄く時間がかかっちゃうよ?」
「いや、実は買い取って欲しいものがあってさ」
「武器?防具?それとも壊れた道具とか?金属製ならウチは嬉しいけど」
「実はこれなんだが……」
俺は荷物を解き、そこから神金突獣から剥ぎ取った神金全てをカウンターへと置いた。
それを見て目が飛び出るほど驚くアカネ。
「ミ……神金!?いったいどうしたのこんな量?!普通ならこんな量採れないよ???」
「先日、家の近くに神金突獣が現れて……でも私達が持っていても使い道が無かったから、だからいっそ売っちゃおうって話になったのよ」
「神金突獣?!あのSS級魔獣の???でもその外殻があるって事はまさか倒したの???」
「えぇ、そうよ。あっ、ちなみに倒したのは私じゃなくて彼よ」
「えぇ!!?」
いちいち反応が面白い女性である。
しかしこんなに驚かれるとは、神金突獣はそれ程までの奴だったって事だな。
「とにかくこの神金を買い取って欲しいのよ。親方さんはいるかしら?値段交渉をしたいのだけれど」
「あ……お、親方は今は不在中なんだ、ごめんね?」
「そうだったの。ではまた日を改めて来ることにするわ」
「うん。親方が帰ってきたらあなた達の事を伝えておくよ」
ヨミに促されて店を後にする。
しかし先程、親方の所在を聞かれた時のアカネの反応が妙に引っかかる。
それに本人は上手く隠していると思っているらしいが、薄らと目の下にクマがあるのも気になるな。
俺がアカネの事について考えていると、不意に誰かと肩がぶつかる。
そちらを振り返ってみると、ぶつかった相手であろう見るも明らかに真っ当そうな奴ではない三人の男達が俺を睨みつけていた。
「テメェ……どこに目をつけてんだよ!」
まさかこの世界でもチンピラが言うような決まり文句を聞くとは思わなかった。
三人の中の一人である金髪の男は俺へと近寄ってくると、胸ぐらを掴み顔を近づけて捲し立てて来た。
「テメェのせいで肩が痛てぇよ。これ折れてるよ絶対。どうしてくれんの?もちろん、それなりの謝罪はしてくれんだろぉなボケ!」
「なるほど、肩が折れたのか。そいつァすまなかったな。ところでどっちの肩が折れたんだよ?」
「右だボケェ!」
砕牙獣や神金突獣と戦ったからか、男達は全く怖くはなかった。
それに右肩が折れたと言う割には、その右手で俺の胸ぐらを掴んでいるのはこれ如何に?
「はぁ〜……」
俺は深いため息をつくと、次の瞬間に男達を威圧した。
かなりの威圧により周囲の建物やら置物がビリビリと震えているように見える。
「ヒッ────!?」
ビビる金髪の胸ぐらを掴み返し、俺は男を睨みつけながらこう言った。
「喧嘩売るなら相手見ろよ?俺としては別にテメェらと事を構えても構わねぇが、その代わり右肩どころか全身の骨が折れる覚悟はしとけよ?」
「……!」
「どうするよ?なぁ?黙ってても何も起きねぇぞ?あぁ?」
相手に恐怖を与える威圧の方法として、
①相手の目を見る
②瞬きはせずに僅かに目を見開く
③殺意を含ませる
……これだけでも相手には〝やる気なら殺るぞ?〟という恐怖を与えるのだ。※自論
まぁ中学から高校まで軽くグレてた時の経験も生かされているのだが。
金髪の男は暫く判断を決めあぐねていたものの、静かに手を離すと舌打ちをしながら去っていった。
なぜあの手のチンピラというものは、どの世界でも舌打ちしながら去ってゆくのか疑問だ。
それよりもあの三人が鍛治屋のある路地へと入っていったのも気になる。
明らかに冒険者ですらなさそうなあの三人がいったい鍛治屋に何の用なのだろう?
疑問に思った俺はヨミに嘘をついて奴らの後を追ったのだった。




