稽古風景
「「おはようございます!タケルさん、ヨミさん!」」
「お、おはよう……」
「おはよう、二人共」
元気ハツラツの挨拶に思わず目が点になってしまう。
まだ10歳の二人は元気が有り余ってるご様子で、早く稽古がしたいのか心做しかソワソワしているようだった。
昨日はあれ程ビシバシしごいたはずなのだが……子供の体力というのは恐ろしい。
「それでは走り込みに行ってきます!」
そう言って元気よく飛び出してゆく二人。
勇者や聖女と言えどもまだ子供……基礎体力が無ければ将来旅に出た際に苦労することになる。
ヨミは二人が帰ってきた時の為に食事を作りにキッチンへと向かい、俺はセイン用の木剣を用意する。
ヨミに至っては可愛い子供が出来たかのようで、毎日が楽しそうであった。
『まさか今代の勇者と聖女が来るとはなぁ』
いつの間にいたのかイフリートがそんな事を呟いている。
いやいや、なんでお前がいるんだよ?
『暇だったからな。遊びに来たぜ』
そーですか。
本当に最高位精霊ってのは暇なんだな。
だったら二人にご指導して頂きたいものである。
『炎系魔法ならいいが、聖女特有の神聖魔法は無理だな。あれは俺ら精霊の力ではなく神の力によるものだからよ』
使えねぇ……。
そもそもセインは魔法を放つよりも剣に纏わせて戦うタイプで、ある意味では〝魔法剣〟の使い手とも言えよう。
セイン自身も魔法を魔法として使う事は苦手なのだと言ってたしな。
まぁその苦手もゆくゆくは克服してやらねばならないだろう。
さて、イフリートとそんな話をしている間にセインとイヴが走り込みから帰ってきた。
程よく身体がほぐれているようで、これならば稽古中の怪我の心配は無さそうだ。
イフリートに関しては二人が帰ってきたと同時に姿を消していた。
仕事をしに戻ったのか、はたまた直接姿を見られる事が都合が悪いのか……。
ともかくどっかへ行ったイフリートの事は置いといて、俺は帰ってきた二人に声をかける。
「おかえり。汗を流して飯食ったら今日の稽古始めるぞ〜」
「「はい!よろしくお願いします!!」」
本当に元気よく返事をするものだ。
俺は家の中へと入ってゆく二人を見送りながら、本日のトレーニングメニューを確認し始めたのだった。
────────────────────────
カンッ……カンッ……カンッ……
森の中に木刀と木剣がぶつかり合う音が響き渡り、俺は絶えず繰り出してくるセインの攻撃を一つ一ついなし、かわし、防いでいた。
「はぁ……はぁ……まだまだぁ!」
「右、左、足、腹、頭……自分なりに相手に隙を与えないその心意気は認めるが、まだまだ剣が素直過ぎる」
「うわっ────?!」
真正面から向かってきたセインの剣をいなし、そのまま直ぐに体勢を崩したセインの足を木刀で払う。
セインは見事に空中で一回転して地面に落ちた。
背中を打った痛みに顔を歪めるセインに手を差し伸ばして立たせる。
「いたた……」
「真っ直ぐな剣ってのは誰にも出来るもんじゃねぇ。それはお前の良いところだ。しかし今みたいな技に対しては弱いってのが欠点だな」
「どうすればいいんでしょうか?」
「お前は直ぐに視線を外す癖がある、そして切っ先もブレブレだ。常に相手から目を逸らすな、切っ先も常に相手に向けていろ。何故だか分かるか?」
そう問いかけると、セインはその場で首を横に振った。
分からないことを素直に〝分からない〟と言えるのは良い事だ。
「常に相手を見ていれば自ずと相手の動き、癖が分かるようになってくる。そうすれば相手の動きを予測して対処出来るようになるんだ。切っ先も常に相手に向けていれば、相手がどんな行動をとっても直ぐに対処出来る」
「なるほど……勉強になります」
「〝相手の動きを予測するなんて無理だ〟と言う奴もいるが、常に相手を見てれば不可能なことでは無いんだよ。あと付け加えるとするなら相手全体を見るって事だな」
「相手全体を見る……」
「ただ一点だけ見てると視野が狭くなり、相手の一挙一足が分からなくなる。いくら実力者でも癖ってのはなかなか抜けねぇもんなんだよ」
「そうなのですか?」
「信じられねぇと思うが、実際にそうなんだよ。例えば……踏み込む時の予備動作とかな」
俺は二歩ほどセインから離れると、目の前で右側に重心を傾ける。
「こんな風にこの体勢からだと相手は右側に移動すると分かるだろ?」
「そうですね」
「かなりの手練れなら僅かな動きしか取らねぇが、それでも動く際は必ず予備動作というものがある。直立不動から前後左右に動くなんて達人以上でなけりゃ先ず無理な事だ」
「タケルさんもそうなんですか?」
いい質問だな。
俺はセインの質問にニヤリと笑うと、棒立ちの姿勢から一瞬にしてその背後へと回った。
一瞬で目の前から自分の背後へと移動した俺に驚くセイン。
「こいつは〝縮地〟という足運びの一種だ。まぁこのレベルで出来る奴はそうそういねぇがな」
「凄いです!僕もその〝シュクチ〟というものが出来るようになりたいです!」
「あっはっはっ、ここまで出来るようになるには10年ほど必要だな」
「じゅ、10年……」
まぁ10年は盛ったが、しかしこれの難しさを表現するにはそのくらいの方が分かりやすいだろう。
こいつを会得すれば一瞬で相手の懐まで近づき攻撃するなんて事も可能なので、後々セインにも教えてやるとしよう。
「まぁ縮地の前にお前は立ち回りや剣の扱いを覚える方が先だな」
そんな事を言ったが、俺に関しては剣術の師匠から〝お前は剣術家と言うよりも戦国時代の兵士だな〟と言われた身である。
つまり技でどうこうするという感じではなく、ただ力技で押すタイプらしい。
分かりやすく言えば格闘家ではなく喧嘩師みたいなものだ。
その俺が今、セインに対して技の事を教えている……人生というものは本当に何が起こるか分からないな。
そういや、セインとイヴはそれぞれ選定により選ばれた勇者と聖女だと言っていたのに、二人の装備はそれ程凄いものではなかったな。
「そういやセイン。お前の剣って聖剣とかじゃないよな?」
「はい。僕は勇者にこそ選ばれましたが、まだ聖剣を持つには力不足だと言われ、困っていたところに女神アルテラ様のお告げがあったんです!」
なるほどそこに繋がるというわけね。
〝天人族〟という種族は非常に長命で、またあまり老いない存在らしい。※全世界知識調べ
なので師事を得るには都合が良かったのだろうと推測した。
かと言って本人に一言も無く決めるのはどうかと思うが……。
だがまぁ、任された以上は出来る限りのことをしてやらねば男が廃るな。
「よし、それじゃあこの俺が必ず聖剣に振り回されないようにしてやるよ。今みたいにな?」
「そ、それは言わなくていいじゃないですか!」
悪戯っぽく笑みを浮かべながらそう言うと、セインは途端に顔を赤くして抗議するのだった。




