ヨミの日記・その1
この私、ヨミ・アステールにとって〝タケル・ヤマト〟という人物は〝謎多き人物〟である。
多くを語らないので私は彼の過去をよく知らず、日毎に驚かされる日々である。
けれど私は彼の過去を聞きたいとは思わない。
極東出身なのにどうしてここに来たのかも聞こうとは思っていない。
〝天人族〟でしかも〝隠者〟の職業持ちである彼には、私では想像も出来ない過去があったのだろうと推測する。
人には誰しも口にしたくない過去の一つや二つはあるものだ。
それは私だってそう……だって、私には現在進行形で彼に隠している事があるのだから。
私はそれを自分から打ち明けようと思ってないし、タケルもそれを聞いてくる様子はない。
お互いに過去のことは不干渉というのを貫いているようにも見えて、私はその事がとてもありがたかった。
さて……そんなタケルを観察していると、たまに面白いものが見れる時がある。
例えば彼がお気に入りのロッキングチェアで昼寝をしていると、いつの間にか周りに動物達が集まり一緒に寝ていたり、かと思えば数を確認するために並べた魔石をカラスに盗られ追いかけてったりと、そんな何気ない光景すら私を楽しくさせてくれる。
初めて会った時、彼は負傷して身動きの取れない私を介抱してくれた。
しかもそれだけではなく、亡くなった仲間達を埋葬してくれたのだ。
私は目覚めた時、周りに動物達がいるのに驚いて思わず彼を人質に取ってしまった……。
しかし彼は、あろう事か臆することなく私を投げ飛ばしたのである。
その直後に再び意識を失ってしまったのだが、本来ならばそんな事をした人間は拘束しておくのが当然のはず。
けれど彼は私を拘束することは無かった。
それどころかまた目が覚めた時に食事をくれて、しかもお風呂も貸してくれたり、破損した服も直してくれていた。
とても優しくて、しかも私達を襲った砕牙獣を倒したという程の強さ……その時から私は彼の事を意識していたのだと思う。
所属していた冒険者ギルドからクビを言い渡された時は気が動転し、また深い絶望に落とされてしまっていたが、私の足は不思議と彼の所へと向かっていた。
彼は、ギルドをクビになり、また身寄りのない私を受け入れてくれて、親身になって私の事を慰めてくれた。
その時だろう……私が彼の事を好きになったのは。
友人としてでは無く、ちゃんと異性としてこの気持ちに気づいた時、私はどんな事があっても、ずっと彼の隣にいたいと思うようになっていた。
まぁ、七大最高位精霊と同時に契約を結んだり、伝説級の武器を作ってしまったりと、常人では考えられない事をしでかしたりするけれど。
シスター・テラ────私の親代わりであり、姉代わりであり、そして私の恩人……貴女がかつて私に言ってくれたあの言葉……。
──貴女には、いつかきっと必ず貴女の事を大切にしてくれる方が現れますよ──
シスターのその言葉……本当になったよ。
私が冒険者となり施設を出る時までずっとそばにいて支えてくれた貴女にも紹介してあげたい、彼の事を。
そして〝この人が私の大切な人よ〟って、そう伝えたい。
シスターは今日もあの施設で私のような身寄りのない子供達を笑顔にしているのだろう。
私の秘密を知ってもなおそばにいてくれたシスターと再会出来る日を待ち望みながら、私はずっとつけ続けている日記帳を開いた。
(確か今日は……そうだ、新しく双子の勇者様と聖女様が住むことになったんだわ)
目を輝かせて教えを乞う勇者様と聖女様に対し、とても困り果てていたタケルの姿を思い出すと思わず笑みが零れてしまう。
「ふふっ……」
シスターと再会した時に見せようと思っているこの日記帳に、つらつらとその日あった出来事を書き込んでゆく。
そして読み返してみればここ最近はずっとタケルとの日々で埋め尽くされている。
明日はどんな事が起こるのだろう?
明後日は?
その次の日は?
そんな事を考えるととても楽しみでワクワクしてしまい、まるで子供のような気持ちになってしまう。
──この山奥で悠々自適に暮らしたい──
そう話していた彼だったが、現実はその真逆……ありとあらゆる騒動が彼に舞い込んできている状況に、私は笑みが絶えることは無い。
いつか私の秘密を打ち明けよう……そして同時にこの気持ちを彼に伝えよう。
「ヨミ〜、手伝ってくれ〜」
「分かった、今行くわ」
タケルに呼ばれた私は返事をすると、開いていた日記帳を静かに閉じ、そして彼が作ってくれた机の引き出しの中へとしまう。
「どうしたの?」
「双子が一緒に稽古がしたいって言って聞かなくてさぁ……だからヨミはイヴの方を頼みたいんだが?」
「そういう事なら喜んで手伝わせて貰うわ。でも私は神聖魔法なんて使えないわよ?」
「いや、魔法を今よりも早く発動する為のコツを教えてくれればいいんだ。あとはパーティーを組んだ際の立ち回りとかな。俺は冒険者じゃねぇからその辺りの事は上手く教えらんねぇんだわ」
意外にも〝人に教えるのは苦手〟という彼の新たな一面が見れた。
私はそれが嬉しくてつい微笑んでしまう。
「なんか嬉しそうだな……何かあったのか?」
「いいえ、何でもないわ」
「……?」
首を傾げるタケルを背に、私は聖女様との稽古を始めるのだった。
こんな何気ない幸せを今、私は噛み締めている。




