8 全てを諦めた少年(音村鏡花)
遅れてすみません。
8 全てを諦めた少年(音村鏡花)
新たに得た力で商店街の路地裏から、自宅の前にワープした鏡花。
大きな力を使った反動で鏡花の身体はボロボロだった。
後少しで覚醒が遅ければ、あの闇払い師に全ての才覚を取られていただろう。
そう思うと鏡花はゾッとした。才覚を取られてなるものかと言う意思で、覚醒したのだ。
無事に闇払い師から逃げ切ったとはいえ、新九郎に才覚が偽りだったことがバレてしまった。
これは大きな痛手であった。あの大好きな新九郎が手のひらを返したように鏡花の手を振り払った。
そんな思いを逡巡させて自宅の玄関のドアを開けた。
「姉さん……」
それは兄、鏡夜の面影を残した薄幸そうな見た目の少年であった。
他でもない、鏡花の実の弟……音村鏡樹確か、弟は病弱で入院していたはず……退院したのか。
誤算だった。この局面で一番面倒なのが出てくるとは何て運が悪いのだろう。
「鏡樹、退院したのね」
鏡花は両目に爛々と輝く桃色の瞳を光らせて、思い切り、弟の心を覗いた。
覗いた瞬間、鏡花は吐き気を催した。この少年と自分は噛み合わない。
この弟は全てを諦めている。それが大好きな兄との差だ。
鏡花は諦める性格の者を元来好かない。だから、この弟を受け入れることが出来ない。
「うん、久しぶりに姉さんと兄さんと遊べるよ」
弟は濁った眼をしながらもきょうだいと遊べることに希望を見出していた。
だが、全てを諦めていることに変わりがない。弟は原因不明の病に侵されている。
現代医学では治療が不可能とされた難病の部類だったみたいである。
「誰が、お前と遊ぶと言った? 愚かなる弟よ!」
鏡花は全身全霊の力で弟を示威する。桃色の瞳から放たれた殺気に弟は怯える。
「姉さんは何で僕に厳しいの? 兄さんにはあんなに笑顔を見せるのに!」
「羨ましいか? 私はお前が受け付けない。その全てを諦めた濁った眼が不快だ」
鏡花は桃色の瞳を使って……闇の女神の力を使って、眼を鏡樹の心に灯す。
強烈な精神への攻撃……激しい悪寒が、鏡樹を襲う。鏡樹は堪らなくなってその場に倒れた。
桃色の瞳にはもう一つ力が宿っていたのだ。相手を屈服させる強烈な精神攻撃。素晴らしい力だ。
「諦めを抱いた愚かな弟など要らぬ……」
そう口走った刹那、後ろから鬱陶しい有象無象……鏡夜と才が立っていた。
兄、鏡夜が弟の身を案じるように周りの大人たちを呼ぶ。
「鏡樹……! 病院へ連絡だ!」
決着を付けなければならない。鏡樹を精神攻撃で下したように二人にもそれを味わってもらう。
鏡花達三人は示し合わせたように近所の公園へと舞台を移した。
時刻は夕刻……人通りのない公園で全て決着を付けねばならない。
鏡花は絶対にこの素晴らしい力を手放したりはしないと誓った。