7 闇の女神
7 闇の女神
妹に連絡して、あっさりと居場所を突き止めた鏡夜と才。
鏡花は試験が終わり、学校の帰り道の喫茶店で新九郎とお茶をしているという。
試験後に喫茶店でお茶など、何という余裕だろうか。
――鏡花、お前の栄華も今日までだ。
そう思うと、鏡花が不憫であった。鏡花の桃色の瞳に宿る闇の女神が、消えれば鏡花は……。
突然、才覚の全てを失い鏡花は絶望に打ち震えるだろう。
生まれた瞬間から、宿っていた天才の煌めきが無くなれば鏡花は平凡な少女に戻る。
だが、このままでは才覚と引き換えに命が危ぶまれる。
才覚と命を天秤に計れば、兄としては当然、後者を取る。例え生涯恨まれようとも。
鏡夜と才は校舎を出て、商店街の一角にある喫茶店まで走った。
バスケ部で厳しい練習をしていたので、意外にも鏡夜は走力には自信がある。
だが、運動部ではない才には苦しいだろう。才はゼーゼーと息を切らしている。
「才! 大丈夫か!?」
「ええ、何とか!」
二人は三十分ほどで喫茶店に辿り着いた。少し息を整えて喫茶店に入店する。
天井の木組みがお洒落な喫茶店だった。中々趣きがある良い店だと鏡夜は評した。
店内は盛況で、大いに賑わいを見せている。店内を隈なく探し、遂に二人は鏡花と新九郎を見つけた。
店内の一番奥の端っこで、優雅にティータイムを満喫している。
「鏡花、試験後にティータイムとは余裕だな」
鏡夜は意を決し、新九郎と談笑する鏡花の肩に後ろから手を置いた。
「兄さん、何の用?」
突然、談笑の邪魔をされて鏡花は少し不機嫌に桃色の瞳を光らせる。
走っている最中、才に聞いた。鏡花の桃色の瞳に闇の女神が宿っていると。
あの不思議な才覚のカラクリは桃色の瞳と繋がっていたという。
そして、闇の女神が鏡花から無くなれば、彼女の自慢だった桃色の瞳は通常の瞳に戻る。
「かなり重要な要件だ。ここでは話せない。新九郎も良ければ同行してもらう」
「鏡夜、良いだろう……僕も知りたいことがあるのでね」
今の口振りでは新九郎も薄々、鏡花の才覚のカラクリに気付いている。
鏡花の才覚のカラクリを知れば、新九郎は以前のまま、鏡花を受け入れるだろうか。
それは詮無き事……とにかく今は一刻も早く鏡花に宿る闇の女神を払わなければ。
四人は誰もいない路地裏へと移動した。何もなく閑散とした人通りのない殺風景な場所だ。
御祓いをするには打ってつけな場所だ。四人は暫しの沈黙の後、初めに鏡夜が口を開いた。
「まず初めに、俺の隣にいるのは二年生の後輩、霊王院才。
彼女は高名な闇払い師の娘だ。彼女自身も闇払い師としての高い資質を持つ」
鏡夜は最初に隣に控える才を紹介し述べた。
「お初にお目にかかります。霊王院才と言います」
才はおもむろに軽く頭を下げて一礼した。途端に目の前の鏡花が桃色の瞳を光らせた。
恐らく才の心を覗いているのだろう。恐らく、その力も最後の煌めき。
これから才の力によって、鏡花の闇の女神が消え失せるのだから……。
高揚を覚えずにはいられなかった。天才が一気に凡才へと凋落するのが、最上の喜びである。
勿論、鏡花の身を案じる気持ちに変わりはないが、今まで妹の不正によって煮え湯を飲まされたのも事実。
「霊王院才……闇払い師。そうだったのね。私の才覚の秘密が、ようやくわかったわ。
私には……私の瞳には闇の女神が宿っている。この桃色の瞳が、相手の心や記憶を教えてくれるの。
長年、私はこの特別な力を享受してきた。それをこの女は奪おうというのね?」
鏡花は恐れを抱きながら半歩後ろずさりながら、桃色の瞳で才を睨んでいる。
それは鏡花が睨んでいるというより、鏡花の瞳に宿る闇の女神が正体を暴かれて焦りを浮かべているようにも見えた。
鏡花は踵を返して逃げようとする。しかし、鈍臭い鏡花は石ころに躓いて転んでしまった。
そんな鏡花に新九郎が手を差し出す。その手を鏡花が、取ろうとした刹那、それを新九郎が払った。
「おっと! 偽りの才覚を振りかざして楽しかったかい?」
新九郎は鏡花に冷たい視線を投げかけている。彼の顔は期待を裏切られたような面持ちだ。
新九郎は学校で女王のように振る舞いながらも、陰で努力を重ねていると信じて彼女の彼氏となったのだ。
それは全て虚構であった。鏡花は生まれてから一度たりとも努力をしたことが無い。
「鏡花、お前の栄華はここまでだ。才……後は頼んだぞ」
その言葉を受け取った才が、その場で神秘的な光に包まれながら、ひらひらと華麗に舞う。
その所作一つ一つに目を奪われながら、鏡花が逃げ出さないように眼で追う。
何と神秘的な様相……これで鏡花の才覚が全て無くなる。
そう思った瞬間、鏡花が闇を纏う。黒いオーラを纏った鏡花の右目が桃色の瞳へと変わった。
両目ともに桃色の瞳となった鏡花。更に元々可愛かった容姿に磨きが掛かる。
――これは一体どういうことだ?
鏡夜は何が起きているのが理解不能だった。鏡花の闇の力が祓われるどころか増しているではないか。
闇の女神の最期の抵抗と言うのだろうか。鏡夜の眼にはそう見える。
「その反応……両目ともに桃色の瞳となった私は最早、最強!
全てが見える! この世のありとあらゆるもの全てが見える! 闇の女神が全て教えてくれたわ!」
そう言い放った鏡花の身体は不思議な輝きに包まれてその場から忽然と姿を消した。
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