5 究極の力を持つ少女(音村鏡花)
何とか体調を取り戻しまして更新できました。
5 究極の力を持つ少女(音村鏡花)
音村鏡花は凡庸な兄とは違い、究極の力を授かって生まれてきた。
相手の心を読み、記憶すらも解析する偉大なる力を……。
だから、両親は凡庸凡百な兄より、天才である自分を特別に可愛がってくれた。
両親から受ける計り知れない愛情……それを他所に兄は出来損ないと両親から烙印を押されて冷遇された。
そんな兄を少し可哀そうだとは鏡花は思った。
それなのに自分の身を案じてくれる兄の優しさに鏡花は頭が上がらなかった。
だが、鏡花は究極の力を使い続ける事は躊躇わなかった。
兄に苦労させた分だけ、自分がいつか日本のトップに立って兄を楽にさせるのだ。
強い意志を持ち、その持って生まれた究極の力を使い、成績は学年トップ。
持って生まれた容姿も相まって、学校の生徒は全員、私を崇め奉っている。
そして遂には学校一のイケメンで、新進気鋭の会社社長の御曹司、橘新九郎と言う彼氏を手に入れた。
人生は万事順調だった。誰も私に逆らうことなど出来はしない。
鏡花は次第に思い上がるようになっていた矢先……兄に自分の才覚の秘密がバレた。
鏡花は焦った。動揺して禁を破って兄の心を覗いてしまった。
申し訳ないと思い覗いた兄、鏡夜の心と記憶。しかし、兄の心と記憶には穢れが無い。
邪な自分とは違い過ぎる。兄は心根が真っ直ぐなのだ。そんな兄を守りたいと思った。
――大好きな兄さんは私が守る!
そんな決意を胸に鏡花は明日、学校の期末テストへと向かう。
音村家は余り裕福ではない。子供の身ながらそれは暗に知っている。
そんな家に生まれた自分が成り上がる為には全てのテストで満点を取り続けなければならない。
その為に学校の全生徒と先生の心と記憶を既に覗いた。
故に学年一位は確実に取れる。だが、一つ懸念があった。試験の後に必ず体調を崩す。それが唯一の懸念だった。
やはり、究極の力の代償か……自分は長く生きられないかもしれない。
最悪……明日のテストの後に倒れてしまうかもしれない。
現に鏡花は体力が最近低下傾向にある。もう自分は長くはない。
そうなる前に楽しい思い出を作らなければ……鏡花はそう思い、休日である今日、彼氏の新九郎に連絡する。
すると、すぐに新九郎から連絡が来た。試験前だが、遊びに誘ったのだ。
試験前に遊びに誘うなど、真面目な兄に怒られてしまうかもしれないが、どうでもいい。
新九郎とて、天才……試験前に遊んでも全教科満点を取れるポテンシャルは有している。
それもあるから、新九郎を彼氏にしたのだ。新九郎からの連絡はOKと言う事だった
久しぶりの新九郎とのデートに鏡花は心を躍らした。
早速、ベッドから起き上がり、ワンピース姿に着替えて、顔を洗い、髪をとかして万全の準備をして部屋を出た。
会談を駆け下り、食卓で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる父とキッチンで炊事をしている母が出迎えた。
「あら、何処か出かけるつもり?」
鏡花と良く似た愛くるしい見た目の母、鏡子がお洒落した娘を不思議そうに見つめる。
「ええ、彼氏とデートよ」
試験前にデート……本来ならば両親もその行動を咎めるのが普通である。
「そう、気を付けて行ってらっしゃい。試験前にデートなんて余裕ね。
まあ、超天才の貴女ならば学年一位取るのは余裕なのは分かるわ。
貴女は私たちの自慢の娘よ。それに比べて……あの息子は机に噛り付いて必死に勉強しているのに学年最下位。
本当に私たちの息子なのかしら……DNA鑑定をしたいくらいだわ」
母、鏡子は苦虫を噛み潰したように兄、鏡夜を非難する。
その母の声音が、鏡花にとって耳障りであった。許すことは出来ない有るまじき言動。
落ちこぼれだけど、ひたむきに頑張る兄の姿勢が好きな鏡花は母の言葉が堪らなく不快だった。
だけど、母に文句言っても無駄な事を知っている。
鏡花は相手にせず、食パンを一枚口にくわえて食べながら、出掛けた。
イケメン彼氏の新九郎と駅前の歩道橋で待ち合わせている。
歩道橋の階段を上ると既に新九郎は待っていた。
ブランド物のジャケットを羽織り、お洒落な出で立ちで、とても格好良かった。
「ごめん、待った?」
鏡花はゼーゼー言いながら階段を上り切り、落ち着いた佇まいの新九郎と対面した。
兄と同様に比較的小柄な鏡花よりも新九郎は180cmに少し欠けるが、結構背が高い。
それに線が細い割にバスケをやっているせいか体幹はしっかりしている。
「さっき来たばかりだよ。相変わらず鏡花の桃色の瞳は美しい……」
鏡花だけが持つ特別な薄い桃色の瞳……新九郎は鏡花の瞳がお気に入りだ。
鏡花自身も、この瞳を誇りにしていた。選ばれた自分だけが持つ唯一無二の美しい瞳。
究極の力が、やはり関係しているのだと薄々気づいている。
この桃色の瞳が、相手の心や記憶の全てを教えてくれているのだ。
鏡花は我が意を得たりと言った様子で、薄い桃色の瞳を妖しく光らせる。
新九郎は顔を赤らめる。余程、この瞳が大好きと言える。鏡花は嬉しかった。
「新九郎、今日は楽しみましょう」
「ああ、とっておきのデートコースをご堪能あれ」
「とっても楽しみ!」
鏡花と新九郎は手を繋いで、歩道橋の階段を降り、大都会の街中へと繰り出した。
まず向かったのは最近できた大型のゲームセンターだ。
最新の景品がゲット出来る。万能適応……何でも卒なくこなす新九郎は最新の景品を難なくとってくれた。
その後に向かったのは映画館。最新のファンタジー映画を見るのだ。
二人は流れるように券売機で二枚分券を買って、劇場内へと入った。
人間を絶滅寸前まで苛烈に追い詰めた一族王家最後の末裔。
特別な力を持つ姫様が、自身に半分流れる下等な人間の血に悩みながら、成長していくと言うストーリーだった。
かなり面白かった。特別な力を持つという点で、鏡花と少し似ていた。
見終わった後、劇場の退出口で新九郎が突然、口を開いた。
「鏡花……あの主人公は特別な力に翻弄された。特別な力など僕は要らない」
新九郎のその言葉は鏡花の琴線に触れた。特別な力を持つ鏡花を全否定したからだ。
如何に大好きな新九郎の言葉とは言え、鏡花は愚弄された気分になった。
「新九郎、もし私の才覚の全てが特別な力によるものだとしたら?」
鏡花は震えるような声で新九郎に問いかけた。新九郎は目を瞑り、
「それは許すことは出来ない。特別な力に溺れる者など滑稽でしかない。
力と言うものは努力して初めて得るものだと僕は思う」
新九郎の言葉には不思議と重みがあった。彼は芯がしっかりしている。
人間とはこうあるべきだという理想が、彼の中では出来上がっているのだ。
無邪気な子供のような鏡花とはまるで違う。二個上の先輩とはいえ、厳然たる差があった。
「まあ、努力していると見受けられる鏡花は違う……。
鏡花、君は学校で女王のように振る舞いながらも、陰で努力していると僕は信じている」
新九郎の淀みの無い瞳が、鏡花の眼を射抜く……とても穢れの無い瞳だった。
鏡花は、耐えられずに顔を逸らす。それを新九郎は不思議そうにクスッと笑う。
新九郎は気付いていない。鏡花の才覚が、全て特別な力によるものだと。
そう……鏡花は特別な力の恩恵が無ければ取るに足らない少女でしかない。
それ故に鏡花は今まで努力したことなど一度も無い。
それに比べて兄である鏡夜は、人一倍努力している。それが例え報われないと分っていながら。
目の前にいる新九郎も人に見せないだけで相当な努力を重ねているのだ。
自分だけだ。特別な力に頼り切って、胡坐をかいているのは。そんな自分が少し嫌いになった。
読んでくださり誠にありがとうございます。