表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

3 鏡花の彼氏

 3 鏡花の彼氏



 鏡夜は昨日深く考えすぎて疲れて寝てしまい、翌日の六時に目が覚めた。

 夢を見ていないから、深い睡眠だった。凡庸な彼だが、睡眠の質の良さでは並の者より抜きんでていた。

 鏡夜は朝起きて、顔を洗い、己の顔を姿見で確認する。毎朝行っている儀式だ。

 ボサボサの黒髪の凡庸以下の十人並みの青年……そんな自分の顔が嫌いだった。

 何でこんな変な顔なのだ。イケメンに生まれたかった。それだけで人生イージーモードだからだ。

 自分の顔に対する憎しみで自分の顔を素手で掻きむしった。

 誰もが振り返る美少女の妹が羨ましかった。凡庸な兄と天才美少女の妹……。

 絶対に妹の不正を暴いて見せると己の凡庸な顔に誓う。


「鏡花、兄としてお前を正しい道へと導かなければならない。それが俺の使命だ」


 毎朝、同じ口上を述べて、学ランに着替えてパンを齧り、学校へと向かった。

 途中で水谷純と合流した。二人は仲良く一緒に登校をする。


「おはよう!」


「ああ、鏡夜おはよう!」


 水谷純は相変わらずデカかった。172cmしかない鏡夜はいつも水谷を見上げている。

 県内屈指の身長とバスケセンスを持ち、誰もが彼に一目を置いている。

 イケメンに成れなくても、せめて身長は欲しかった。

 何日か前にネットで、身長を伸ばす怪しげなサプリを買って、今日届く手筈となっている。

 それを飲んで絶対に水谷の身長を抜く日を待ち焦がれていた。


「鏡夜、今日俺は新九郎とバスケで、一対一で勝つ!」


 水谷は拳を握り締めて天に誓う。それを見て、鏡夜は目を見開いて驚愕の色を浮かべる。

 何故ならば、バスケでも全国レベルの逸材である新九郎に勝利宣言をしたからだ。

 それは無謀極まりなかった。確かに、水谷は中学からバスケを始めた割には名の通った選手だ。

 無謀な挑戦だが、あり得ない事ではない。それでも、新九郎に挑むのは無理が無かろうか。

 いや、水谷は最近、更に身長が伸びて190の大台に乗った。

 あれだけ海外製の身長サプリを大量に飲んでいる鏡夜の身長は春から1ミリも伸びてはいないのに……。


 ――今の水谷なら、いけるか?


 凡才である鏡夜の心境としては、やや凡才よりの水谷に勝って欲しかった。

 天才を挫く日を常に待ち望んでいる鏡夜は震えていた。天才を凌駕するこの日を。

 昨日、天才の妹にオセロで木っ端微塵にされた鏡夜が水谷を応援するのは必然と言えよう。

 今日の授業を平凡に終えた後、部活の練習に加わった鏡夜はシュート練習をする新九郎に話しかけた。


「鏡夜、水谷が僕にバスケの一対一に挑戦するのだって?」


 橘新九郎はバスケ選手としては線の細い、澄んだ声音を持つ青年だ。

 ポジションはシューティングガード。奇しくも鏡夜と同じポジションだ。

 無論、新九郎がスタメンで、鏡夜はその控えの選手に過ぎない。

 新九郎という天才がいる限り、鏡夜は永久にスタメンに成れないことになっている。


「ああ、水谷は今日お前に勝つつもりだぞ」


「そうかい、確かに今の彼ならば僕と良い勝負できるかもしれないね」


「そうだな。水谷は更に身長が伸びたし、フィジカル面でもお前より分がある」


 鏡夜は水谷への期待を込めるような声音で言い切った。

 何としてでも、水谷に勝ってもらいたい。凡才が天才を超える。そんな展開を期待したい。

 そう思っていた時、体育館に見上げるような巨躯の青年が姿を現した。

 威風堂々としたその姿は正に不動の大巨人の名に相応しい。


「新九郎! 勝負だ!」


 水谷が不気味な笑みを浮かべて、ボールを持ち、勝負を仕掛ける。

 新九郎は余裕の笑みで受けて立とうと水谷を見据えていた。

 その時だった、二人の勝負に水を差すように小柄なポニーテールの少女が現れた。

 他でもない、鏡夜の天才の妹……鏡花は左の薄い桃色の瞳を妖しく光らせて、二人を交互に見つめる。


「「「鏡花様だ! 我らがアイドル!」」」


 他のバスケ部員も騒然としている。運動が苦手な天才少女が、何故バスケ部などに。

 妹の突然の来訪に鏡夜は疑念を強める。いや、鏡花の目的は恐らく、イケメン彼氏の新九郎だ。

 風の噂を聞き付けたのだろう。新九郎と水谷の一対一をする噂だ。

 しかし、妙だ。何処で知ったのか。心を覗く力がやはりあるのか。

 鏡花の突然の登場に、鏡夜はあらゆる憶測を巡らしている。それは詮無き事。


「鏡花様、何故バスケ部にお出で下さったのですか?」


 水谷は視線を新九郎から、鏡花に移した。鏡花は桃色の瞳で水谷を見据える。

 その眼は崇高なるもので、全てを傅けるものだった。

 その証拠に学校の生徒は皆、鏡花に跪き、まだ一年生なのに鏡花様と様付けで呼んでいる。

 凡庸な兄、鏡夜としては非常に面白くない。天才の妹など目の上のたん瘤だ。


「お出迎えご苦労……私が、わざわざバスケ部などに出向いたのは他でもない。

 我がイケメン彼氏である新九郎の活躍を見に来たのだ。水谷との一対一をね。

 まあ、水谷が新九郎に勝つ確率はゼロよ」


 鏡花の薄い桃色の瞳に紅い光が走る。その瞬間、水谷の顔から汗が滴り落ちた。

 それを鏡夜が見やる。まさか、水谷の心を覗いたのか。まだ確証は持てないが。


「鏡花! 水谷は三年生で先輩だぞ! どんなに崇められていても、上級性を愚弄するな!」


 鏡夜は妹の生意気な態度に激昂し、思い切り叱った。

 しかし、兄に叱られても鏡花は何処吹く風である。無邪気に微笑んで兄を見つめる。


「ごめんなさい兄さん。でも私にとって、兄さんと新九郎以外は見下しているわ。

 私を窘める前に、早く一対一を始めてくれる?」


 鏡花は相も変わらず無邪気な笑みを浮かべて、一対一を促す。

 そうだ。ここで問答していても時間の無駄だ。早く二人の対決を見届けなければ。

 水谷と新九郎は互いに睨み合い、二人の戦いが始まる。

 先番である新九郎がボールを持ち、巧みにフェイントを入れて、一気にドリブルで水谷を突き放す。

 一瞬の虚を突かれた水谷はリング目掛けて駆ける新九郎を追いかける。

 だが、そのまま新九郎はリング目前でジャンプをしようとする。


 ――不味い……このままでは水谷は負けてしまう。


 鏡夜が、そう思った刹那、水谷は反則技に打って出た。新九郎の右足を力強く踏む。

 極めて悪質な行為だ。そこまでして勝ちを拾う気概は真面目な鏡夜には無かった。


「!?」


「バーカ! この俺が、まともにお前と戦う訳ねーだろ!」


 水谷はドヤ顔で不敵に笑う。確かにまともに戦うのは愚策だが、水谷の反則は悪質極まりない。

 しかし、驚くべきことに新九郎は足を踏まれたのを意に返さない。


「アイドルである鏡花様を独り占めしてお前はムカつくんだよ!」


 そして二度目の反則、水谷は新九郎の足を勢いよく蹴り上げた。

 しかし、新九郎は痛みを我慢して水谷と距離を取ってから、あっさりとダンクシュートを決めた。

 二人の間の差は一目瞭然であった。まだまだ水谷は新九郎には及ばなかったのだ。

 しかし、シューターなのにダンクシュートまでこなすとは新九郎も天才の域に達している。

 控えのシューティングガードである鏡夜は引退までスタメンの座を射止めることは叶わないと悟った。

 勝ち誇る天才、新九郎と反則までして敗北した水谷……勝者と敗者の構図がそこにはあった。

 そして悪質な反則をした水谷に周囲の反応は冷ややかだった。

 誰もが、水谷に軽蔑した視線を向けている。水谷は周囲の刺すような視線を受けて項垂れる。


「今の流石に不味いんじゃないの……」


「水谷……あの反則はありえねーだろ」


「水谷って屑だったんだな」


 周囲は遠巻きにして水谷に冷徹な視線と軽蔑するような言葉を投げている。

 そして、自らが行った悪しき行為に気付いた水谷は周囲の侮蔑の汚濁に耳を塞いで震えている。

 計ったように踏まれた右足を気にする新九郎に彼の彼女である鏡花が、優しく駆け寄る。


「新九郎、大丈夫? 痛くない?」


「ああ、大事ない」


「待ってね。今手当てしてあげるから」


 鏡花は鞄から消毒液と包帯を取り出して、労わるように新九郎の右足を治療した。

 傍目からは、彼氏の安否を確認する優しい彼女……だが、何処か不自然であった。

 鏡花は予め用意していたかのように消毒液と包帯を取り出して治療した。

 何かがおかしいのだ。我が妹、鏡花は行動が早すぎて尚且つ用意が良すぎる。

 それに重要な局面に必ず、その場に居合わせ、早く行動する。

 やはり、何か秘密がある。しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 悪の行いをした水谷の処遇である。水谷はやってはならないことをした。

 どう落とし前を付ければいいというのだ。幾ら天才憎し、と言ってもあの行為は不味かろう。


「仕方なかったのだ……天才様に勝つ方法はこれしかないと」


 水谷は周囲の冷たい視線に怯えながら、動機を拙い言葉で口にした。

 反省し懺悔する水谷に鏡花が近寄る。何をするつもりだと、鏡夜は妹を訝しる。


「最低……才覚で敵わないからって、反則をするなんてどうかしているわ。

 だから、凡才って嫌いなのよ。天才の足を引っ張る凡才など社会には必要無い」


 鏡花は全てを傅ける薄い桃色の瞳で水谷を見据えて思いの丈を口にした。

 体育館に響く鏡花の柔らかくも棘のある声音はとても耳障りなものだった。

 鏡夜は傲慢な妹が疎ましい気持ちになった。魔が差したとはいえ、凡人を全否定する言葉は許容できない。


「うわあああーッ!」


 水谷は遂に限界が来て、泣き喚いて体育館を飛び出した。

 最早、水谷は再起不能だが、これで天才の妹に対する秘密が解けた。

 兄である鏡夜の見解では、妹はやはり、心を覗いたり、他者の記憶を解析する力を有している。

 遂に謎が解けた。後は誰もいない所で鏡花に接触し、問い詰めるだけだ。

 鏡夜は長年の謎が解けた事に満足しながらも、数少ない友人である水谷の身を案じた。

 水谷はきっと部活を辞めさせられるだろう。折角、身長があるのに勿体ない。

 同じ凡才として水谷を応援していただけに相当ショックであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ