19 薄幸な運命
19 薄幸な運命
創造院天姫を救った鏡夜はすぐに創造院家邸宅に招かれた。
招いた人物は他でもない天姫の父、創造院一刀斎。
一刀斎は娘に巣食う闇の女神を祓われたと聞いて飛び上がる程喜んだという。
そして黒服の男達を高架下のバスケ場でバスケをしていた三人を特定し、邸宅に強引に連れてきた。
鏡夜は一刀斎の思惑に気付いていたが、従い、創造院家の邸宅に妹の鏡花を連れてやってきた。
様々な超一流の匠の調度品が置かれた絢爛な彼の書斎で不安を募らせる鏡花の手を引き、一刀斎と対面した。
「鏡夜様、我が娘をお救い下さり、大変ありがたく思います。
お礼をしたいが、神様である貴方様に何をお礼すれば良いのか分かりかねます」
一刀斎は深々とお辞儀をして、貴族の礼を持って感謝の意を述べた。
「いえ……お礼などとんでもありません。それに……」
鏡夜は謙遜して、お礼など要らないと述べようとし、それに……と言いかけたのを飲み込んだ。
そう。これで天姫が完全に救われたとは思えないと鏡夜は読んでいた。
仮にも神である鏡夜は天姫の運命が手に取るようにわかる。
天姫はどの世界線でも短命である事が鏡夜は知ってしまった。
創造院天姫……彼女は二十五歳までに大抵は死ぬ薄幸な運命にある。
薄幸な美少女なのだ。それ故に闇の力を祓ったとしても長生きできる保証はなかった。
「一刀斎さん、良くお聞きください。天姫は極めて薄幸な運命にある。
恐らく長生きは出来ないでしょう。天姫はどの世界線でも二十五歳までに命を失います」
鏡夜は本当の事をぶちまけた。一刀斎は鏡夜の言葉に見る見るうちに顔を青ざめさせた。
「そんな……何で私の娘はそんなに薄幸な運命を辿るのですか?」
一刀斎の声音は震えて、掠れていた。無理もない。たった一人の娘なのだから……。
「それは天姫がむりやり生み出された子供だからです。
一刀斎さん、貴方は自らの血脈が途絶える事を恐れ、身分の低いメイドに手を出した。
それが良くなかったのです。強引に作り出された子供は極めて禁忌であります」
鏡夜は諭すように神としての矜持を持って一刀斎に説明した。
それを聞いた一刀斎は言葉が出なかった。事実だからだ。
「しかし、御安心を……一つだけ方法があります。
それは私が彼女を死の影からあの子を見守っていくしかないでしょう」
それを聞いて一刀斎は安堵の息が漏れる。
「神である貴方の加護があれば娘は薄幸な運命を覆させる訳か。
それは好都合……それに私は娘の婚約者に守護神である貴方様を据えようと考えておりました。
最早、あの娘を託せるのは貴方しかいない。天姫を貰ってはくれまいか?」
一刀斎はその場に平伏して鏡夜にお願いをした。鏡夜はかなり動揺していた。
仮にも神である自分が、人間の娘を……しかも、才と瓜二つの少女を嫁に貰う。
それこそ禁忌だ。自分を守る為に死んだ才を裏切る行為だ。
その時だった。フッと何者かが両者の間に割って入るように姿を現した。
白い仮面を被り、スーツを着た紳士……他でもない鏡夜に仕える神族達の長、白狐。
仮面で表情は窺えない筈であったが、彼の身に溢れる怒りが伝わってくる。
「人間風情が……守護神である鏡夜様が、人間の娘などを貰えるわけではないであろう。
私は前代の守護神である雲仙姫様の頃より、知っているのだ。
前代の主、雲仙姫様は九人の人間の男と結ばれたが、何れも不興を買い、哀れな末路を遂げた。
神と人間の婚姻など上手くいくはずがない。鏡夜様、愚劣な人間の甘言に惑わされてはなりません」
凄まじい殺気に当てられた一刀斎はブルブルと体を震わせた。
神が迸らせる殺気に当てられれば無理もない、上位の神の逆鱗に触れたのだ。
常人であるならば泡を吹いて気絶するが、流石は創造院家の当主。
「白狐、お前の忠告は最もだが、創造院天姫は極めて薄幸な運命にある。
守護の力を持つ神である私が見守ってやらねば、命を落とすやもしれぬ」
鏡夜は一刀斎に詰め寄る白狐の肩に手を置いて彼を制する。
「鏡夜様、人間一人の命など小事です。人間一人の為にここまで尽くすなどあるまじき行為です。
前から思っていましたが、貴方様は神としての自覚が足りていない。
闇島で最初にお会いした時から、何ら変わっておりません」
白狐は鏡夜に矛先を変える。凄まじい殺気が鏡夜に伝わってくるが、意に返さない。
「黙れ! 人の命に貴賤など無い! 人の価値に貴賤など無い! 人の考え方に貴賤など無い!
この三原則は私が考え出したものだが、その通りだと私は信じている。
全ての事柄に貴賤など無いと言う事を覚えて置け! 白狐、私は天姫を貰い受ける」
鏡夜はハッキリと宣言した。天姫を貰い受けると。
何度も考えた結果、才と瓜二つの少女、天姫を守ることで、才を守れなかった贖罪をすると言う結論に至った。
――そうだ。才を守れなかった贖罪なのだ。
鏡夜は事ここに及んで天姫を貰い受ける事を誓った。
「そこまで言うのでしたら止めません。
鏡夜様が為さりたいことを我ら臣下が口を挟むべきではないでしょう。
それに才様や雲仙姫様と瓜二つと言う事はこれも運命なのかもしれませんな」
白狐はフーと息を吐いて綻ばせるかのような仕草をした。
彼にも思う所があるようだ。確かに白狐は前代の守護神である雲仙姫の忠臣であった。
それに瓜二つの少女と言う事で大目に見てくれたようだ。
「鏡夜様! 有難うございます! 娘も喜ぶでしょう。実は娘も鏡夜様には惹かれるものがあったそうで……」
一刀斎は感謝の念に堪えないと言った様子で鏡夜に何度も頭を下げる。
事前に天姫に話は通していたようだ。鏡夜の隣で話を聞いていた鏡花は何処か嬉しそうだった。
天姫は十四歳……十三歳の鏡花の一つ上と言う事は、天姫は鏡花の義理の姉になるのだろう。
日頃から鏡花は姉が欲しいと言っていた。才と親しくしていた事もそこから端を発していたのだろう。
誰よりも大切だった才を救えなかった贖罪として彼女にそっくりな天姫を貰い受ける運命にあった。
――才……お前が、巡り合わせてくれた天姫は私が守るよ。
鏡夜は胸の内で才が天姫と巡り合わせてくれたと信じていた。
才を救えなかった贖罪……鏡夜は今度こそ絶対に守ると心に誓った。