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16 神移しの試練

 16 神移しの試練



 無我夢中で水谷とバスケをやっている内にあっと言う間に明後日の夕刻になってしまった。

 神の社の境内に一同は集まり、その周りを白狐を始めとして神族が大勢で囲っていた。

 五人の目の前には渦中の中心人物である雲仙姫が、相も変わらず、体育座りで空中に浮いていた。

 自分も闇の力を継承すれば空を飛べるのであろうか。

 熱い視線が何とも心地悪い、雲仙姫は愛想よく鏡夜だけに笑顔を振りまきながら手を振っている。

 どうやら、本当に好かれてしまったようだ。鏡夜は厳しい視線で雲仙姫を見据える。

 千年の時を生きる守護神……だが、雲仙姫からエネルギーが消えている。

 役目を終える時がやって来たのだ。一昨日の雲仙姫は霊力がその身に膨大に宿っていた。

 だが、遂に神移しの儀になって膨大な霊力を失おうとしているのだ。


「皆の者! これより神移しの儀を始める。その前に課題の結果を発表する」


「その必要はない。三人の答えは一つだ! 答えは当然、鍵を握る子供も世界も全部救う」


 鏡夜は三人の総意を雲仙姫に伝えた。鏡夜にとってこの課題は拍子抜けするほどのものだった。


「流石は鏡夜様……! ですが、他の二人も同じ答えを用意していた。

 それは許しがたき事。ならば、一番先にその境地に辿り着いた鏡夜様が神となられるのです。

 闇の力! 雲仙姫の究極奥義『神移し』! 鏡夜様へ神の力を!」


 雲仙姫は天に右手を高々と掲げて凄まじい光が収束し、それが鏡夜に放たれる。

 鏡夜の全身は膨大な霊力を帯び、凄まじい膨大な闇の力を取り込み。その身に宿している。

 鏡夜は闇の力を手に入れて御満悦だった。信じられないような凄まじい力が漲ってくる。


「素晴らしいパワーだ!」


 遂に凡庸な自分から脱却できた。これまでの努力の走馬灯が蘇っては消えた。

 形容するならば、地面を這いつくばる芋虫でしかない自分が、華麗なる蝶への転身……。

 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい! これで自分を落ちこぼれと揶揄する愚か者はいなくなった。

 途方もない才覚がその身に帯びるのを実感していた。これが闇の力……妹が魅了されたのも分かる。

 これで、自分を冷遇した両親からも愛されることが出来る。

 それだけではない。今なら容易に学年一位が取れる。バスケ部も新九郎を差し置いてスタメンに成れる。


「はッ! 俺は何て愚かなことを……!」


 脳裏に浮かんだ果てしなく飽くなき欲望を……危うく飲み込まれるところだった。

 闇の力を得た事で精神のリミッターが外れ、封印されし欲望が露わとなったのだ。

 鏡夜とて、聖人君子ではない。他者の羨望を得、認められたいという承認欲求があった。

 そんな思いが交錯している間に目の前の雲仙姫に変化があった。

 悠久なる千年の時を得て、全ての闇の力を凌駕し、神々を従える雲仙姫の闇の力。

 雲仙姫は闇の力を失い、体中が干乾びるように衰えていく……以前の美しさは影を潜める。

 そう。雲仙姫は闇の力により、神の肉体を強引に維持していたのだ。

 闇の力を失った彼女は神の肉体を維持できなくなった。

 干乾びるように美しい肉体が衰え、瞬く間に生きながらミイラのように成る。


「ああああ……私の美しい身体が老婆のように……こんな惨めな姿を晒すとは。

 まあ良い。鏡夜様、日本の事……そして我が娘の事をよろしく頼む」


 雲仙姫が干乾びた声で言い終わると、そのままミイラの状態で息を引き取った。


「母様!」


 才は母親が即身仏のような最期を遂げるのを見て涙していた。無理もない。

 才と瓜二つの存在が老婆のように成り果て、息を引き取ったのだから。


「雲仙姫様……年を取ると人はこうも劣化してしまうのか」


 水谷は恐ろしいものでも見るように老婆となった雲仙姫に震えを催していた。


「あの美しかった雲仙姫が老婆に……年を取るとああなるのか」


 本田も感慨深げに驚愕していた。正に即身仏だった。即身仏とは僧侶が行う最後にして過酷なる死の修業。

 あらゆる過酷極まりない過程を経て、成功した僧侶はミイラの状態になり死を迎える。


「まるで即身仏だ。俺も千年後に神移しした後にああなるのか……」


 鏡夜は千年後、即身仏のように成る自分を想像して吐き気を催した。

 神移しの儀は無事終了し、鏡夜が日本の守護神になった。

 若干、十四歳にして鏡夜は日本の守護を司る存在に。

 全ての神々を従えて日本を守護する役目を千年間も行う。鏡夜は実感が余り湧かなかった。


 ――中学生に過ぎない俺が日本の神様とは世も末だな。


 鏡夜は如何に究極の力を得ようともその器ではないのではないかと自嘲した。

 そもそも自信が無い。守護神として、日本国の民を導くことなど出来るのだろうか。

 それに自分の容姿は良くて十人並み。カッコ悪い神様で平気なのであろうか。


「鏡夜様が守護神となられるのは当然の事です。もっと自信をお持ち下さい」


 才は鏡夜の肩にポンと手を置いて励ましの言葉を掛ける。

 本来ならば、才が守護神となるのが既定路線であった筈だ。それを掠め取るように鏡夜が神となった。

 まあいい、千年間も人生を縛られるのを救ったと考えるのが良いだろう。

 それは鏡花に対しても同様であった。妹が、こんな島で千年を送る等到底容認できる事ではない。

 しかし、鏡夜は悲観的なだけではなく、少々手荒いが、皆で全員帰還を果たす策が発動している。

 神様となった鏡夜に前代の神の下僕……白狐が鏡夜に歩み寄ろうとしている。


「鏡夜様、まずは神移しの儀、大儀でありました。

 祝着至極。貴方様が雲仙姫に変わり守護神となったのです。

 我ら、神族は鏡夜様を守護神と認め、千年間務めさせていただきます」


 その場で片膝附、平伏した。大勢の仮面を付けた神族は鏡夜を神と認めたようだ。

 しかし、白狐の隣で片膝ついて平伏している黒い仮面の神族、突如顔を上げて手に持っていた槍を投げ出した。

 投げだされた槍は瞬く間に鏡夜の心臓を射抜かんとする。避けられないのは明白であった。


 ――駄目だ、避けられない。如何に神とはいえ、とっさの判断は難しい。ましてや神としては日が浅い。


 鏡夜は死を覚悟した。貫かれても死なないと思っていたが、あの槍は禍々しい様相の呪いの槍であった。

 神族となった鏡夜はそれが強力な呪いを帯びたものだと看破した。

 鏡夜が神となるのに反対する者は中にはいたのだ。余所者なので当然であった。


「鏡夜様!」


 その時だった。弾かれたように才が飛び出して鏡夜を禍々しい魔槍から庇い倒れた。

 それは正に悪夢であった。大事な存在である才が、凶刃に倒れるのは我が目を覆う光景だ。


「才! 何故だ! 何故俺を庇った! しっかりしろ!」


「……鏡夜様。良くぞご無事で。もう思い残すことはありません」


「これから俺達は沢山の思い出を作れたのに! 初デートにも行きたかった!

 こんな事ってあるかよ! 俺の為に死ぬなんて……」


 鏡夜は必死に回復の魔法を掛ける。神となった鏡夜はあらゆる特殊能力を備えている。

 回復の魔法ぐらいは造作もないが、才にはどうやら効果はまるでなかった。


「無駄です。回復の魔法とは使い手が神であっても対象者にある程度の生命力が無ければ効果がありません。

 私には一片の生命力は残されていません。回復手段は無意味です。

 鏡夜様、今まで有難うございました。こんな私の為に色々してくれて……。

 走馬灯のように思い出しますよ。出来るならば貴方と人生を歩みたかった。

 貴方の側で、もっと居たかった。デートだって沢山したかったのですよ」


 そう言い終わった瞬間、才は事切れた、抱える才の身体は意外にも軽かった。


「才―ッ! ああああ!」


 事切れた才は瞳から涙が滲んでいた。鏡夜は滂沱の涙を流して才の死を悼む。


「才さん!」


 才の事を姉と慕う鏡花も涙を溢れるばかり流していた。

 本田と水谷はそっと目頭を押さえていた。皆、沈痛な面持ちだ。

 ここまで悲痛な出来事はあっただろうか。否、人生で初めて体験する大切な人の死。

 才の最期を看取った瞬間にフッと力が湧いた。例えようのない凄まじい力だ。


「俺が神だと認めない者が何人もいる! これ以上仲間に手を出すならば容赦はしない!」


 毅然と言い放ち鏡夜は才をそっと境内の端に亡骸を寝かせて、臨戦態勢に挑む。

 自分は仮にも神だ。雲仙姫から最強の闇の力を賜った。負ける道理はない。

 鏡夜は仲間たちを自分の背後に立たせる。大切な仲間を攻撃させないためだ。

 これ以上仲間を失うのは御免である。才は自分の一番大切な人だった。

 でも、守れなかった。自分の弱さが原因である。自分が油断しなければ……。

 力を継承した時、驕り高ぶらずに状況を見極めれば造作も無かったのだ。

 全ては自分が蒔いた種だ。ちょっとした驕りが、判断能力を鈍らせていた。

 だが、冷静になった今はやることは分かっている。才の命を奪った黒い仮面の神族。


「黒い仮面の神族! 出てきやがれ! 俺の神通力で消し炭にしてやる!」


 鏡夜は吠える。飽くなき絶望を味わった彼はもう同じ轍は踏まない。

 油断など以ての外、黒い仮面の男を潰すのに何ら抵抗はなかった。

 人間ですらない神族など、殺しても犯罪にはならない。その点も考慮して仇を討つ算段を立てた。

 仮面の神族の集団の中から先程の黒仮面の神族が躍り出た。禍々しい魔槍を手に黒光りするマントを羽織っている。

 何処かの暗黒卿みたいな風貌だが、映画のあれより、禍々しく溢れる暗黒のオーラは邪神である事を物語っていた。


「我は日本崩壊を目論む邪神。日本国を守護する神族に隠れて守護神を抹殺する機会を狙っていた。

 今が好機! まだ力を使いこなしていない今しかない」


 邪神は禍々しき魔槍を手に一気に加速して鏡夜の間合いに迫る。

 しかし、鏡夜の桃色の瞳には奴の一挙手一投足が丸見えである。これが桃色の瞳が完全覚醒した力。

 両目が桃色の瞳の分、昔の鏡花よりも力が上だ。鏡夜は桃色の瞳で示威する。

 精神攻撃だ……相手の精神に働きかけて、相手の精神を崩壊し追い詰める絶技。

 一度は覚醒した鏡花が鏡樹に使った精神攻撃術だ。相手の精神に働きかけるので効果は抜群。

 邪神は魔槍を落として苦悶の表情に見悶える。身体を小刻みに震わせて地面に這いつくばる。

 ここで終わりではない。才の仇はきっちりと取らせてもらうと固く決めた鏡夜。


「『抹消の儀』」


 鏡夜は右手を翳して、淡い闇の力を邪神に振りかけた。闇に飲まれた邪神は程なくして消滅した。

 鏡夜は初めて命を奪った。だが、人間ではないのでセーフだという理論だ。

 それに才は殺されているのだ。文句を言われる筋合いはない。

 それを見ていた白狐を始めとする神族達から歓声の声が上がり、鏡夜を神だと認める風潮であった。


「なあ、白狐……」


「何でございましょう。鏡夜様の命ならば何なりと」


「俺は島で暮らさない。別に島で暮らさなくても守護の役目をすればいいんだろ?」


「そうでございますが……しかし、鏡夜様は闇島の象徴でありますので。

 しかし、鏡夜様も守護神とはいえ、子供……分かりました。束縛するつもりは毛頭ありません。

 この島は別荘みたいなものと思ってください。後の事は全部この白狐にお任せを」


 白狐は懇切丁寧な態度で接して来る有能株だ。白狐に統治して貰えれば十分だろう。

 君臨すれども統治せず、が良いのかもしれない。鏡夜は白狐の言葉に頷き、帰り支度を始めた。


「ああ、そうそう。俺もカッコ良い仮面が欲しいな。折角神様になったのだし」


 鏡夜は仮面が欲しかった。十人並みな容姿で神様を務める為には格好良い仮面が不可欠であった。

 すぐに白狐が用意してくれた。白銀に輝く表情が伺えない、表情が読まれにくい最適な仮面だ。


「ありがとう。後はよろしく!」


 白狐に再三礼を言って、五人は鏡夜の『瞬間移動』で神奈川県のそれぞれの自宅へと帰った。

 こうして闇島での長い冒険の幕は閉じた。才を失った鏡夜は自宅に帰ってからひたすら泣いた。

 何度も絶望を味わった。彼女の護衛の為に闇島に行ったのに救えなかった。

 その日から鏡夜は表情を読まれない仮面を被り、態度を変える事にした。

 才の為に彼女の出来なかった事をやると、闇払い師でも何でも彼女が生きられなかった分まで自分がやり遂げる。

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