乙女達と告白と
青白い月明りが射し込む和室には、布団が4つ敷かれていた。だが、そのいずれからも安らかな寝息は聞こえず、代わりに囁くように談笑する少女達の声が弾んでいた。
「ヤッバ~! みおりんに告白して玉砕した男子の数、半端なっ!」
「うーん……そうなのかな?」
「いや、そうでしょ! アタシらの年齢で告白された回数が三桁って、モテ過ぎてエグぅ……」
「ええ。私もそう思うわ……。流石は坂梨さんね」
「はい。流石……だと思います」
(流石は性悪幼馴染さん……雄ザル共を手玉に取るのがお上手ですね)
うら若き女子達が集った際に起こる事といえば、パジャマパーティーをおいて他にない。そして、そこで話題に上がるは古今東西、恋愛に纏わる話題であり、俗に謂う“恋バナ”である。
坂梨美織、橋爪志緒、角樹里亜、砂川瑞穂の4人もその例に漏れず、恋バナへ花を咲かせていた。
今は「これまでにされた告白」というお題目で話が行われており、一人一人がこれまでされた告白回数や告白経験を赤裸々に暴露している最中である。
「でもさー……ぶっちゃけ、みおりんみたくモテ過ぎるってのも逆に辛いんじゃない? 告白ってされたら、されたで困るからね~」
樹里亜の言葉に美織が深く頷く。
「そうなんだよね。向こうは玉砕覚悟の告白を“青春の想い出”にできるかもしれないけど、こっちにはフった罪悪感が結構残るから」
美織の言う通り、思春期の男子は得てして直情的であり“一目惚れ”が直後に“好き”へ変わり、そのままの勢いで告白へと踏み切る者も多くいる。
確かに潔い姿勢であるとも言えるが、美織からすれば、殆ど面識がない人物から玉砕覚悟で告白されても困るというのが本音だった。
「確かにそうよね。周りから『モテて羨ましい』なんて言われる事もあるけど正直、私も困る事の方が多いわ」
美織の言葉に瑞穂も頷き、同意を示した。
瑞穂も数回程度は告白された経験があり、その都度、告白を断ってきたのだが、彼女は真面目な性格故に、如何なる場合も真摯に相手と向き合おうとしてしまう為、告白を断る際の心労はかなりのものであった。
「うわぁ~。みおりんは当然として、やっぱ、みずにゃんもモテるんだねー」
「わ…私は全然よ。寧ろジュリアの方がモテるんじゃない?」
「アタシ? アタシは……あー……うん。なんか『やらせて』みたいな告白は多いかなー……」
樹里亜の容姿は所謂ギャルである。黒ギャルだ。
黒ギャルはその軽薄そうな見た目から性に関して奔放な人物であるイメージを持たれやすく、実際、樹里亜へ告白してきた男子達の中にはそういった下心を持つ者は多かった。
「――っ! その男子達、最低ね」
樹里亜の人柄を知っている瑞穂は、友人である彼女がそういう目で見られている事へ憤りを感じ、眉を顰めた。
「わっ! もしかして、みずにゃん、アタシの為に怒ってくれたの?」
「べ…別に。私は女性を如何わしい目で見る男子達が許せなかっただけで……」
(あ、砂川さん。ツンデレだ……)
(これはツンデレ……というヤツですね)
頬を赤らめ、そっぽを向いた瑞穂の横顔を見て、樹里亜は満面の笑みを浮かべた。
「まぁ、こんなカッコだから仕方ないけど、あんがとね~。ところで……しおっちは?」
これまで樹里亜達のやり取りを静観していた志緒は、不意に話を振られたにも関わらず、変わらぬ微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。
「告白した事も、された事も……ありませんね」
「えぇ! 嘘ぉ〜!? しおっち、メッチャ美人じゃん。おっぱいもデカいし」
「ええ……私も信じられないわ」
「………」
(なるほど……ね。この女にとって、あれは告白ですらない……って事かな)
実際のところ、志緒は特定の男子に非常に人気があった。
物静かなで内向的な性格、豊満なバスト、長い前髪によって隠された美しい素顔。そして、時折見せる儚げな微笑みは男子達の琴線に触れ、それと同時に「守ってあげたい」という庇護欲を唆る。
その儚げで繊細な微笑みを一度でも目の当たりにした男子達は、沸き起こった感情に抗えずに玉砕覚悟で彼女へ告白するが、誰一人として彼女へそれを“告白”だと認識させる事は叶わなかった。
志緒にとって“交際”という言葉は何ら意味を持たない概念である。ましてそれが「良かったら、付き合って下さい」などという薄っぺらい言葉によって齎される呪縛であれば尚更であった。法的に何ら拘束力を持たない概念でありながら不可解な制約が課される関係。志緒は男女間における交際をそう捉えていた。
そして、男子達が志緒へ向けた言葉は「“今は”貴女に興味があるので、“とりあえず”僕と付き合いませんか?」と、彼女によって意訳される。
(何と薄っぺらい言葉、そして関係性なのでしょうか……。愛とはもっと尊く、高潔なもののはずです)
志緒にとって告白とは、愛する者へ己の全てを捧げる“誓約”をする事である。よって“とりあえず”付き合うという考えや、“何となく”好きだという気持ちは、彼女には告白に値しない低劣な思考だと思えた。
(一生を共に添い遂げる覚悟もなしに「貴女と一緒にいたい」とは……笑止千万ですね)
志緒は脳裏に未来のビジョンを想い浮かべ、恍惚とした表情を浮かべた。目の前には彼女にとっての全て、平壮太が立っている。
優しく微笑んだ壮太の胸に飛び込み、志緒は捧げるのだ……愛の告白を。死が二人を分かつまで……否、死しても尚、共にありたいと願う想いを。
そして二人の間に“交際”などという“お試し期間”は必要ない。既成事実を残す為にも直ぐにでも励み、然るべき時が来たら即座に入籍しなければならない。それが志緒にとっての“告白”である。
「わぁー……しおっちって、そんな顔もできるんだー……」
「橋爪……さん? あの、涎が……」
(この陰湿根暗女……どうせ碌でもない事を考えてるんだろうなぁ)
月を見上げたまま恍惚とした笑みを浮かべている志緒を他所に、再び美織達がパジャマパーティーを再開しようとした時であった。
不意に和室の引き戸の向こう側から声が掛かった。
「あの……平だけど。砂川さん、寝ちゃったかな……?」
「「「「えっ?」」」」
次回、砂川さんのターンです。




