親友の恋路
誤字報告くれた方、ありがとうございました!
ある日の昼休み、穴山が弁当を片手に、俺のクラスへやってきた。
俺の前の席に腰を降ろした穴山が、180度体を回転させて、俺の正面へと向き直る。
「なぁ、壮太。今日は報告があるんだ。」
「ほう……。報告とな。」
相変わらず黒光りする坊主頭に、俺は眩しそうに目を細めつつ、穴山に話を促す。
「俺、彼女できたわ。」
「むぅ?」
俺は卵焼きを口に入れる直前で動きを止め、初めて穴山の顔を見る。
穴山は恥ずかしそうに鼻の頭を掻いている。
しかし、その相手とは――
「美織か?」
「はっ?いや、ちげぇから。つーか、俺、フラれたって言ったよな。」
「だが、諦めたとは聞いていない。」
どうだ、見やがれ!お前がぼやぼやしている間に美織は俺が先にいただいてやってぜ!……という、言葉が出てくる事を予想していた俺は、肩透かしをくらって、少々脱力した。
「は~っ……こりゃ、坂梨も大変だわ。」
何故か呆れたように溜息を吐く穴山。これだから野球部は……。(以下略)
「それで?誰なんだよ。この前の人妻か?」
「それもちげぇよ!マネージャーだよ。野球部の。」
「マ…マネージャーだと?!」
穴山の言葉に戦慄した俺は、ガタッと勢いよく席から立ち上がり、力強く穴山の両肩を掴む。
「なんて、馬鹿な真似を!?」
「はぁ?!なんでだよ?」
駄目だこいつ。早くなんとかしないと……。
穴山の奴は知らない。野球部のマネージャーは、それだけでネトラレリスクの塊だ。
飢えた坊主達の中、その紅一点を掻っ攫っていった穴山は、間違いなく、他の野球部員達のヘイトを買っただろう。
唯一の癒しを奪われた坊主共は“嫉妬に狂いし間男”と化し、マネージャーを狙う。
「それでも、お前はマネージャーを守り切れるだけの気概はあるのか?」
「何なんだよ、壮太。瞳がコエーぞ?!」
「瞳を逸らすなぁ!穴山!」
「ぬぅお!?」
穴山の黒光りする坊主頭を掴み、強引に俺へと向き直させる。
その瞬間、クラスメイト、主に女子達から黄色い声が上がったが、俺は気に留めず、穴山を見据える。
「大事な話だ。聞け。」
「お…おう。」
穴山が大人しくなったところで、俺は席に座り、小さく咳ばらいをし、話を始める。
あるところに、野球が大好きな高校球児の少年がいた。
少年はとにかく野球が好きで、毎日必死に練習に打ち込み、遂に高校2年生にしてレギュラーの座を手に入れた。
そして、少年の野球に打ち込む直向きな姿勢に、胸をときめかせた者がいた。
野球部のマネージャーをしていた少女だ。
少年と少女は惹かれ合い、恋人同士となった。
だが、少年を嫉む者は多かった。
少年は2年生にしてレギュラーの座を勝ち取ったが、それは同時に、3年間野球に打ち込んできた先輩野球部員達の甲子園への道を閉ざす事になったらだ。
レギュラーの座と、密かに憧れていたマネージャーをも少年に奪われた先輩野球部員達は嫉妬に狂った。
ある時、少年と同い年の野球部員が更衣室で少年とマネージャーが接吻を交わしてるのを目撃する。
その現場の写真を押さえた野球部員は、先輩部員達の元へと走り、その写真を見せる。
先輩野球部員達は嗤った。ここに嫉妬に狂いし間男が誕生した瞬間だった。
後日、レギュラー落ちした3年生部員達と数名の2年生部員は、マネージャーを人気の無い倉庫に呼び出した。
そして、盗撮した写真を見せながら「この写真が出まわったら、彼氏の甲子園行きの夢もお終いだな」と囁く。
マネージャーの少女は知っていた。少年が甲子園を目指し、どれだけ努力してきたのかを。
実は、先日のキスは少女から少年にお願いしたものだった。
自分のせいで、少年の夢を台無しにしてしまうかもしれないと恐怖したマネージャーの少女は、涙ながらに「何でもしますから、この事は……」と呟いた。
少年が野球の練習に打ち込む間、大会で熱戦を繰り広げる間、マネージャーは間男達に汚され続けた。
とある大会の前日、少年はふと忘れ物を思い出し、部室へと寄った。
そこで少年が見たものは――
――恍惚とした表情で大勢の野球部員の〇〇〇を貪る、最愛の彼女の姿だった。
次の日、大会で少年はエラーを連発、信用を失った。
レギュラー落ちした先輩部員達以外にも、同級生部員や、後輩部員もが少年をあざ笑っていた。
少年はボールを握れなくなり、野球部を去った。
その際、マネージャーの少女は少年を引き留める事もせず、先輩部員に擦り寄って、発情したメス顔を晒していたという……。
「……と、いう話を聞いたことがある。」
「う…嘘だろ?ありえないだろ!」
気分が悪そうに口元を押さえた穴山に俺は告げる。
「よく聞く話さ。(主に同人誌などで)」
「ありえねぇよ……。だって、うちの野球部は皆仲が良いぞ!?」
取り乱し気味の穴山を見て、少し可愛そうだとは思ったが、俺は穴山の為と思い、それを告げる。
「それは、昨日までの話だろ?」
「………!」
「穴山、お前は野球部の紅一点を手に入れた。その行為は仲の良い野球部に亀裂を入れる行為では無かったと言えるのか?」
何も言えなくなった穴山が肩を落とす。
俯き、少し肩を震わせた穴山の坊主頭は、少し黒光りさに陰りが出来たように思える。
「野球部の顧問だって、相当危ないんだぞ。」
「まだ……あるのかよ。」
俺は、穴山の呟きに「これも良く聞く話なんだが……」と話を続ける。
「穴山、お前、最近スランプだそうだな。」
「ああ……。」
「野球部は3年生が引退。次は2年生であるお前達がレギュラーになる番だ。……だが、全員がレギュラーになれるわけではあるまい?」
「そ…それは、そうだが……。」
「顧問はマネージャーに、こう持ち掛ける『穴山をレギュラーにしてやる代わりに、俺を楽しませろ』とな。」
「あ…ああ……あああああ……。」
「そう……マネージャーは受け入れる。他でもないお前の為にな。」
穴山の手から箸が落ち、カランと教室の床を転がる。
俺はそれを拾い上げた後、ティッシュで拭き、穴山に手渡す。
「お前の為……それは、彼女の中では免罪符となり、監督との行為を正当化し、やがて辿り着く……“完成された寝取られ堕ち”へと。」
「………。」
「………。」
静寂が支配する空間の中、不意に穴山が震える唇で言葉を紡いだ。
「……壮太。俺はどうすればいい?」
虚ろな瞳で俺を見上げる穴山に俺は、何と声を掛けてやるべきなのだろうか。
ネトラレリスクの計算もせずに、マネージャーとの恋路を歩む事を選択した哀れな子羊に何をしてやれる?
分からない……だが、俺は穴山の友人だ。
「俺はお前の味方だ。困った事があったら、相談しろ。」
そう言って、穴山の肩に優しく触れると、穴山は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、微笑んだ。
後日、穴山から「マネージャーの態度が余所余所しい。何故か、ゲイ疑惑を持たれているんだが……」と相談されたが、それはまた別の話。
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