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お兄ちゃんとの出逢い

裏主人公たる芹ちゃん視点です。

【道野辺芹】


 あの日、夕焼けに染まった入道雲を見上げながら、私は独りブランコを漕いでいた。

 ブランコの鳴くキーキーという音と木々に停まった蝉達の鳴声だけに包まれた夕暮れの公園。子供達の笑い声はもう無い。

 皆「また明日ね」と手を振り合いながら、自分達の家へ帰って行った。


 温かい家、賑やかな夕食。数年前までは私も持っていたはずのそれが、残酷なまでに懐かしく感じられ、私の目頭に熱いものが込み上げて来た。


「パパ……」


 突然の交通事故で帰らぬ人となってしまった、大好きな家族。大好きなパパ。

 パパを呼ぶと胸が締め付けられるような悲しみが去来し、未だ私はパパの死を乗り越えられていないのだと実感する。



「おーい、ランドセル・ガールよ。どした?」


 夕焼け空をぼんやりと眺めていた私の耳に涼やかだが、どこか間延びした声が聞こえて来た。

 視線を声の聞こえた方へ移すと、そこには学生服を着た、背の高い男性が立っていた。どうやら、ランドセル・ガールとは私の事らしい……。


 夕日を背景に立っているその人は穏やかな表情を浮かべており、私の視線に軽く手を上げ微笑んだ。


『おーい、芹。そろそろ帰ろうか』


 その人を見た瞬間、懐かしい声が頭の中で木霊(こだま)した。


「……パパ?」


 懐かしさが溢れ出し、私の目尻から一筋の涙が伝う。

 ブランコを降り近付くと、その人は動揺して一歩後退った。


 後退るその人へ構わず、一歩一歩と歩み寄って行く私の瞳は、ずっと彼の瞳に釘付けされたまま。

 パパと同じ優しい瞳の色をした男性。彼とは初対面なはずなのに、その瞳に妙な懐かしさを感じると同時に切な過ぎて泣き出しそうになる。


「パパなの?」


 自分でも馬鹿な質問をしていると思う。この人がパパな訳が無いのだから。

 仮に人が死後に生まれ変われるとして、この人がパパの生まれ変わりならば、それは彼が私よりも年下でなければおかしい。でも、彼はどう見ても高校生くらいで私より年上だ。


 気が付けば私は、その人を壁際まで追い詰め、至近距離でその瞳を凝視していた。




「さっき、お兄ちゃんを見た時、パパが帰って来たかと思ったの……」


 優しい瞳をした男性――お兄ちゃんは平壮太という名前でやはり高校生だった。

 お兄ちゃんが買ってくれたジュースにチビチビと口を付けながら、私はポツポツと身の上話を始めた。


 パパが交通事故で無くなった事、それ以降、ママとの関係が気不味いものになっている事、そして、ママの何なのかは判らないけど“パパじゃない人”が家に居るかもしれない為、ママが仕事から帰って来るまでは一人で家に居たくない事。


 どれもお兄ちゃんには関係の無い話なのに、彼はまるで自分自身の事のように受け止めて、悲痛な顔で頷きながら聴いてくれた。


 いつ以来だろう。こんなに人と会話をしたのは……。

 学校ではいつも浮いていたし、家庭も冷え切っていた。唯一、話しかけてくれる担任の先生と同じ委員会へ所属する角樹里王くんとは当たり障りのない会話しかした覚えがない。

 昔は良く遊びに行っていたママの実家、祖父母の家に住む明菜おばちゃんは優しく、遊んでもらった記憶はあるけど、パパが亡くなってからは一度も会っていない。


 あの人……パパじゃない人が家に来るようになって以降、私は人が怖くなった。

 ママはあの人の事を“パパ”と呼びなさいと言ったけど、絶対に嫌。私のパパは道野辺柾、パパだけなんだから。

 あの人は嫌い。お酒を飲むと大きな声で怒鳴り散らすし、パチンコで負けた日は機嫌が悪い。偶に勝てば、機嫌よくお菓子を買って来る事があったけど、それだって本来はママのお金だ。


 でも、お兄ちゃんは違う。

 当然ながら、あの人とは全然違うし、先生や角くん、明菜おばちゃんとも違う。ママとも違うし、パパにすごく近い雰囲気だけど、やっぱり少し違う。


 たぶん、私はお兄ちゃんが好きになったんだ。

 変かな?……やっぱり、変だよね。出逢ってから、まだ一時間も経っていない内に、私はこんなにもお兄ちゃんの声を、優しい瞳を……切望するように求めている。



 お兄ちゃんと二人、ブランコに腰掛けて話をしていると、視界を一台の車が通りすぎて行った。


「ママ……帰って来たみたい。」


 その車はかつてパパの車だったもので、今はママが通勤に使っている車だ。ママのだった車は何故かあの人が使っている。


 私はブランコから立ち上がり、脇に置いていたランドセルを背負う。


「バイバイ、お兄ちゃん」


 これ以上、お兄ちゃんに甘えるわけにはいかなかった。

 もし甘えてしまったら、私はお兄ちゃんを求め続けてしまうかもしれないから。お兄ちゃんにとって私は赤の他人、話を聴いてくれただけで十分だ。


 涙を堪えながら精一杯微笑んだ私は、お兄ちゃんへ背を向ける。

 最後に少しだけ振り返って、お兄ちゃんへ手を振った時だった――


「芹ちゃん、明日もこの公園に来てもいいかな?」


 お兄ちゃんから予想外の言葉を貰い、私はピタリと立ち止まる。


 初対面で身の上話なんか聴かされて、迷惑じゃなかったの?

 これっきりでお終いにしなくていいの?


 縋るように視線を向ければ、そこには穏やかな笑みを浮かべたお兄ちゃんがいた。

 夕暮れの中、優しい瞳に見つめられた私は涙を堪えきれずに、ポロポロと地面へ染みを作ってゆく。


「うん。お兄ちゃん、また明日!」


 


 今なら解る。お兄ちゃんとの出逢いはきっとパパがくれたものだったんだ。だから、私はお兄ちゃんと――

次回は芹ちゃん編の続き、その後はヒロインズによるパジャマパーティーの続き、そしてその後は……。

ラストバトルが近付いて参りました。

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