乙女達の夜会
樹里亜から借りた寝間着姿へ着替えた美織達は、それぞれの布団に潜り込みんだ。
和室に敷かれた布団は4組分、樹里亜、美織、志緒、瑞穂の4人がこの和室で就寝する事となったのだが、時刻は未だ21時。枕に頭を預けた瑞穂が、照明の落された天井を見上げながらポツリと呟く。
「……まだ、寝るには早くないかしら?」
「あー……ごめん。家、農家だし、祖父母と同居してるから、夜も朝も早いんだよねー」
角家の祖父母は現役で農業を営んでいる。彼らの朝は早く、日の出と共に仕事を開始する為、必然的に就寝時間も早くなるのだ。
折角、大人数で泊まる事になった為、瑞穂としてはパジャマパーティーでも……と、考えていたのだが、他家にあっては他家の生活リズムを尊重すべきだと思い直し、彼女は素直に頷いた。
「そうよね。ごめんさい、ジュリア」
「全然謝んなくていーよ――ってか、みずにゃん、堅すぎ~」
「み…みずにゃん?」
予想外のニックネームを付けられた事へ驚きの声を上げる瑞穂に、樹里亜は「可愛いっしょ?」と少し悪戯に微笑んだ。
「それと……坂梨さんは“みおりん”で、橋爪さんは……しぉ……“しおっち”! で、どう?」
樹里亜から同意を求められ、隣合う布団で横になっていた美織と志緒が顔を見合わせた。
「私は良いよ? 実際に私、同じバレー部の子達からも“みおりん”とか“みーちゃん”って呼ばれてるし」
天真爛漫で友達も多い美織にとって、ニックネームを付けられる程度の事は慣れたものであった為、特に抵抗を示す事無く同意を返す。
「うん。じゃあ、みおりんに決定! で、アタシはジュリアでいーよ。そんで、えーっと……しおっち?」
樹里亜が頭をもたげると、月明りの中、ぼんやりと天井を見つめる志緒の美しい横顔が目に入った。
「あー……ごめん。馴れ馴れしかった?」
「いえ……そんな事はございませんが……」
眉尻を下げる樹里亜を一瞥し、再び天井に視線を戻した志緒の胸中には複雑な感情が生まれていた。
これまで志緒には友達という友達がいなかった。
無論、それは志緒が学校で誰とも会話をしないという事では無く、彼女の“友達感”からすると、友達と定義できる相手がいなかったという意味だ。
志緒にとって偶然同じクラスに配属された級友や、上辺だけの会話を交わす他人は友達と呼べる存在では無いのだ。
少し独特な価値観を持って生れて来た志緒。
彼女は同年代の子供達と遊ぶよりも、一人で読書なり勉強する方が何倍も有意義であると考え、これまでの人生を歩んで来た。
それ故、他人に対して無意識に壁を作っていたのだ。当然、他人とニックネームで呼び合うような仲へ進展した事など無かった。
(友達……ですか)
下らない……そう吐き捨てる事は簡単だ。だが、志緒は今、奇妙な感覚に囚われていた。
それは隣の布団で枕に顔を埋めている美織が、樹里亜の提案をあっさりと受け入れたからだ。
志緒は美織をこちら側の人間だと考えている。
それは謂わば同族であるという事。美織は志緒と同じく、目的の為ならば少々倫理観を欠いた決断も厭わない人種のはずなのである。
(それでも坂梨さんと私はこんなにも違うのですね……)
志緒には美織の存在がまるで地球人の中へ紛れ込んだ地球外生命体であるように思えた。そして、その順応力の高さをほんの少しだけ羨ましく感じた。
「……しおっち。良いニックネームですね」
気が付けばそう口にしていた自分を顧みて、志緒は自嘲の笑みを浮かべた。
「ホント?! じゃあ、“しおっち”で! あ、アタシもジュリアでいーかんね~」
「ええ、ジュリアさん。よろしくお願いしますね」
そう志緒が微笑んだ瞬間、彼女の布団からパンッと破裂音が聞こえた。
何事かと頭をもたげ、志緒の掛けた布団を見つめる三人の少女へ、志緒は不敵な笑みを返す。
「申し訳ありません、ジュリアさんからお借りしたシャツのボタンが飛んでしまったようです。……少々、胸が窮屈だったもので」
「ええっ?! マジで? ……しおっちのニックネーム、やっぱ“おっぱいオバケ”にしようかな?」
「……お断りします」
コミュ力的には、樹里亜>美織>明菜>将一>壮太>瑞穂>芹>樹里王>志緒という感じですね。




