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少女と少女の友情

 常石明菜は密かに興奮していた。


『常石教諭、先ほど撮った写真を学園へ提出されたくなければ、私達が角家へ泊れるよう図らって下さい』


 それは砂川瑞穂により平壮太と手を握り合っている瞬間を写真に収めれた直後、とある少女が明菜の耳元へと囁いた言葉だ。

 明らかな脅迫であるその言葉は、学園では真面目で大人しい生徒で通っているはずの橋爪志緒が紡いだものだった。


 確かに夜更けに教師と生徒が手を握り合っている写真を学園へ提出されれば、教師である明菜は何かしらのお咎めを受ける可能性があるのだが、今、彼女の表情に焦燥は浮かんでいない。寧ろ、明菜は自身が年下の美少女から脅しを受けているという状況を歓喜するかのように、鼻息を荒くさせていた。


(美しい薔薇には棘があるって言うけど……美少女にも毒があるのね~)


 明菜は背筋にゾクゾクとした感覚を得て、ブルリと身震いをした。


(内気で清楚なイメージからは変わっちゃったけど、ちょっとアウトローな雰囲気の志緒ちゃんも可愛いっ!)


 ――明菜の性癖に新要素が追加された。



 ◇ ◇ ◇



「わぁ~! 角さんの家って広ーい。何だか、旅館みたいだね」


 角樹里王の見舞いという名目で玄関へ上がった坂梨美織は、何食わぬ顔で角家の廊下を歩く。


「…………」


 角樹里亜は美織のその無邪気な様に溜息を吐きながら、明菜へと抗議の瞳を向ける。


「ごめんなさいね、角さん」


 既に自身が脅されているという状況に興奮すら覚え始めていた明菜は、樹里亜の視線を受けても動じる事なく微笑んだ。

 明菜にとっては、美少女から睨まれるという事は寧ろ、それだけでご褒美のようなものでもあるのだ。


「明ちゃんセンセ。何か、楽しんでなぃ?」


 樹里亜の問いに「そんな事無いよ~」と間延びした声で答える明菜の後ろには、瑞穂が俯きがちに歩いていた。



(ああ……私は何て事をしてしまったのかしら。常石先生を脅して角さんの家へ上がり込むだなんて……)


 根が真面目な瑞穂はこの状況に罪悪感を抱きつつも、結局は流れで角家へ上がってしまった事で、自己嫌悪に苛まれていた。


「あの……角さん、ごめんなさい……このような夜更けに家へ上がってしまって」


 瑞穂が眉尻を下げて謝罪の言葉を述べると、樹里亜は振り返ってピースサインを作った。


「事前にアポ取ってくれたら良かったんだケド……まぁ、OKっしょ。考えようによっては修学旅行みたいで楽しいしね~」


 ニタリと笑みを浮かべる樹里亜の顔を見て、瑞穂は申し訳なさそうに微笑む。


(角さん、本当にごめんなさい。ありがとう)


 瑞穂は心の中でもう一度、樹里亜へ謝罪と感謝の言葉を贈りつつ、彼女とは良い友達になれそうだな……と、感じた。




(ここまでは計画通りですね……)


 廊下を進む壮太一行の最後尾を歩きながら、志緒はほくそ笑んだ。

 これまで志緒の立てた作戦が実を結んだ事はないが、彼女は既に頭を切り替えて、次の作戦を練り始めていた。


(プラネタリウム、水族館……いずれも失敗しましたが、まだ今日は終わりません)


 志緒の瞳が爛々と輝き出し、前を歩く壮太の背中を見据えた。


(平くんと一つ屋根の下に泊るとなれば……少々古典的ですが、あのプランで行きましょう)


 漫画や小説などのフィクション作品に多く触れている志緒は、やはりその思考もそちら側へ近いものとなる。


 古今東西、伝統的な求愛行動として“夜這い”というものがあるが、固い貞操観念を持っている壮太へ、正攻法の夜這いを仕掛けても成功しないであろう事は容易に想像がつく。

 そこで志緒は“寝惚けて間違って(スリープ・ロング)同衾夜這い(ベッドイン)作戦(ミッション)”を遂行する事に決めた。


 今回、志緒が採用した作戦は古典的で使い古された手法ではあるが、うら若き男女が同じ屋根の下で一晩を明かす上では比較的有効だ。

 単純ではあるが、夜が更け、全員が就寝した後にトイレへ発ち、そのまま自分の布団へは戻らずに寝惚けて間違えたフリをして、意中の相手の布団へ潜り込むという手法である。


(ラブコメのテンプレパターンですが……案外、基本に忠実な作戦の方が成功率が高いのかもしれません)



 ◇ ◇ ◇



「何故、このような部屋割りに……?」


 樹里王の見舞いを済ませた後、時刻も時刻な為、角姉弟の母親から一泊するよう提案された志緒達はその提案を受けた。

 そして一時間後、角家でシャワーを借りた志緒達が案内された部屋は大きな和室であった。そこに敷かれた4つの布団を見て、志緒が力なく呟く。


「これでは作戦が……」


 志緒の呟きに美織が反応する。


「まさか橋爪さん、寝惚けたフリをして壮太の布団に潜り込もうとか考えたとか?」


 口では冗談めかして喋っているものの、美織の目は笑っていない。


「……そのような破廉恥な事、考えておりません。寧ろ、坂梨さんこそ善からぬ事を企んでいらしたのでは?」


 微笑み合う二人の美少女から黒いオーラが放たれる。

 実際、手段こそ多少違うが、美織も志緒同様に壮太へ夜這いを掛ける事を考えていたのだ。



「あのさぁ、二人とも……人の家で変な事しないでよ?」


 黒い笑みを浮かべたまま対峙する美織と志緒を尻目に、樹里亜が肩を竦めながら忠告を入れる。

 その忠告へ「勿論だよ~」「当然です」と白々しい顔で答える二人の美少女を見て、樹里亜が溜息を吐いた時、シャワーを終えた瑞穂が引き戸を開き、和室へと入って来た。



「角さん、シャワーありがとう。全身、虫よけスプレー(まみ)れだったから、助かったわ」


「あ、うん……ってか、何で虫よけスプレー(まみ)れ?」


 その問いに「色々あったのよ」と疲れた顔で答える瑞穂を見て、樹里亜はそれ以上の詮索を止めた。

 勘の鋭い樹里亜は瑞穂達が角家へやって来た真の目的が、樹里王の見舞いではない事に気が付いていた為、スプレー塗れになった事に何らかの事情があるのだろうと察したのだ。


「とりま、お互い大変だね~」


 樹里亜の言葉に瑞穂は苦笑いを返す。


「本当に……ね。それよりも角さん、お宅へ泊る事になってしまったけど、本当に良かったのかしら? シャワーと部屋着まで借りた後に訊くのも何だけれど……」


「あー……それは全然OK。アタシの家族、基本的に賑やかなのが好きな人ばっかだし。……もち、アタシもね」


 そう言って快活な笑みを浮かべた樹里亜へ、瑞穂が少し眉尻を下げて微笑む。


「砂川さんってさぁ、真面目そうなイメージだったけど、結構話しやすいよね~」


「そ…そうかしら。そういう角さんだって、凄く良い人……だと思うわ」


 照れくさそうに「良い人」と口にした瑞穂を見て、樹里亜が噴き出す。


「何か、面と向かって“良い人”とか言われるとマジ恥っず! ……それとさぁ、アタシの事はジュリアでいーよ」


 笑われて赤面した瑞穂は口をモゴモゴと動かした後に、躊躇いがちに口を開いた。


「わ…解ったわ。じゃあ、私の事も瑞穂でいいから。その……ジ…ジュリア」


 赤面して顔を反らしながら自身の名を口にした瑞穂の横顔へ、樹里亜が「ニシシ」と悪戯な笑みを投げた。



 生真面目だが心優しい瑞穂と、快活明朗で気配りの出来る樹里亜が互いに友情を深めている間、美織と志緒はまだ睨みあっていた。

 今宵、少女達の夜会が始まる……。

偶には少女同士の友情も……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] まともな女子同士の友情! 心が洗われますが、ヒドインズの奇妙な友情があっても良い気もしてきました(笑)
[一言] 百合百合してきたぁー!!
[良い点] >これまで志緒の立てた作戦が実を結んだ事はないが、 これまで、とあるので、いつかは成功すると期待できる点。 [気になる点] >赤面して顔を反らしながら自身の名を口にした瑞穂の横顔へ、樹里…
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