【閑話】宿敵との邂逅
みおりんとしおっちが互いを意識するようになった経緯を話にしてみました。
ある日の放課後、坂梨美織が屋上へ続く扉を開けると、そこには一人の少年が立っていた。
「よう、来てくれたんだな」
少年は日焼けした坊主頭を掻きながら、美織へ照れくさそうに微笑む。
「……うん。それで何かな? 穴山くん」
少年の名は穴山将一、美織の幼馴染にして想い人である平壮太の親友である。
将一が放課後に美織を屋上へ呼び出した理由……それは愛の告白に他ならない。美織とてそれを予測できないはずは無いのだが、彼女はあえてその理由を将一へと尋ねた。
「俺と付き合ってくれないか?」
「……どうして?」
「あ、えっ? どうしてって……」
まさか告白を疑問で返されるとは思っていなかった将一は困り顔で口籠る。
「穴山くんなら、私の答えは簡単に予想できるんじゃない?」
実際、美織の言う通りであった。
将一は自身の告白へ美織がNOで応える事を予想……いや、確信していた。
何故なら、美織の想い人が彼の親友である平壮太である事を予め知っていたからだ。
「まぁ……何つーか、それでもこれはケジメみてーなもんなんだ。……ワンチャン狙ってなかったと言えば嘘になるけどな」
「そうなんだ……じゃあ、私もちゃんと応えるね。好きな人がいるから、ごめんなさい」
一切の躊躇なくバッサリと告白を断られ、寧ろ清々しさすら感じた将一は、天を仰ぎ「だよなー」と呟いた。
「何で坂梨は壮太に告白しねーんだ?」
夕焼け空から美織へと視線を戻した将一が徐に問う。
「…………」
将一の質問に無言で応える美織。その視線は将一では無く、明後日の方角へと注がれていた。
美織が視線を送る先へ将一も視線を向けると、そこには将一達と同じように屋上で愛の告白を交わす一組の男女がいた。
「僕と付き合えないって、どうしてですか?! 僕はずっと橋爪さんの事が好きだったのに……」
一人の少年が長い黒髪の美少女――橋爪志緒へ告白し、玉砕、それでも諦めきれずに追い縋っていた。
既に身体を階段のある方へ向けていた志緒が足を止め、ゆっくりと振り返る。
「ちなみに、私のどこを好きになっていただけたのでしょうか?」
振り返った志緒を見て、少年はまだ自分にも望みがあると思ったのだろう。再びその瞳に輝きを取り戻して、顔を上げた。
「全部です!」
「……そうですか」
心底不愉快そうに志緒が溜息を吐く。
何故なら、少年のキラキラした瞳が向けられている先は志緒の瞳……ではなく、その豊満な胸だったからだ。
「無理です。さようなら」
再び背を向けた志緒へ、少年が叫ぶ。
「もしかして、あの男が良いのですか!? いつも図書室で一緒にいる平とかいう男がっ!」
志緒の歩みが止まる。
「あいつは確かに背も高くてそれなりにイケメンかもしれませんが、所詮は普通科の生徒だし、見てくれが良いだけの奴ですよ?! 毎日、図書室へ通っている理由だって、橋爪さん狙いの邪なものに違いありません! 考え直して下さいっ!」
大声で捲し立てた少年は言い切ったとばかりに額の汗を拭い、肩で息をしている。
「……それで?」
(盛のついたゴミ猿風情が平くんを馬鹿にするとは……許しがたいですね)
志緒の声に少年は初めて彼女の瞳を直視し、言葉を失った。
「貴方には一体、どれ程の事が出来るというのでしょうか? 他人を卑下し、存在を矮小化しても、ご自身が大きくなった訳ではありませんよ」
「あ、いや……」
長い黒髪を靡かせて、少年を見据える志緒の瞳には夕日が反射し、美しい輝きを宿していた。だが、少年は志緒のその瞳に美しさでは無く、恐怖の感情を抱いた。
細められた瞼の隙間から覗く眼光は夕日と同じ朱色でありながら、何故か少年に残酷なまでの冷たさを感じさせたのだ。
まるで、自身の存在を全てを否定されているかのような視線。闇深い瞳の奥から感じる殺意の波動。
本能的な恐怖から少年はせわしなく瞳を泳がせ、歯をカチカチと鳴らせた。
「お話は終わりでしょうか? 失礼いたしますね」
風に髪を靡かせて去って行く志緒の背中を呆然と眺める少年はその場にへたり込んだ。その股間に薄っすらと染みを作って。
一方、その少年と志緒とのやり取りを静観していた美織と将一もまた、言葉を失い立ち尽くしていた。
「……いやぁ、久々にすっげーの見たなぁ」
志緒の姿が階段に消えたタイミングで将一が口を開き、感嘆の声を漏らした。
「それにしてもさっき、平がどうこうって聞こえたけど、壮太の事じゃねーよな? どう思う、坂な――っ!?」
何気なく話を振った将一であったが、美織の横顔を見た瞬間、その口を噤んだ。
夕日に照らされた美織の横顔は幻想的なほどの美しさを湛えていたが、同時に得体の知れない威圧感を放っていたのだ。
志緒の消えた先、屋上へと続く階段を睨む美織の瞳からは、志緒へ対する明らかな敵愾心を感じた。
「穴山くん、帰ろっか?」
「お…おぅ……」
美織の提案に将一は頭をコクコクと何度も縦に振り、美織の後ろを歩き出した。
(壮太、お前も頑張れよ……)
告白を断られたというのに、将一の表情に悲壮感は浮かんでおらず、寧ろ安堵しているようにすら見えた。
◇ ◇ ◇
(先ほどの女生徒、確かクラスメイトの坂梨美織と言いましたか。平くんの幼馴染らしいですが、とんだ性悪幼馴染ですね。私の背中にあからさまな殺気を向けてくるとは……)
志緒は壮太が自習しているであろう図書室へ向かいながら、屋上での邂逅を思い返していた。
無論、それは一方的に告白して来た名も知らぬ同級生男子とのやり取りなどでは無く、偶然居合わせた美織についてだ。
名も知らぬ同級生男子から目を反らし、屋上を降る階段へと踵を返す瞬間、ほんの一瞬だけ志緒と美織の瞳が合った。
(あの瞳の色、おそらく彼女は……)
夕日が射し込む廊下を歩きながら、志緒は口元を歪めた。
志緒にとって美織は同じ人を想い求める宿敵同士でありながら、どこか近しい波長を感じる相手でもあったのだ。
(そういえば、昨今のライトノベルでは幼馴染の少女が“ざまぁ”される展開を多く見受けますね。はたして、坂梨さんは楽しい“ざまぁ”を披露して下さいますでしょうか)
クツクツと笑いながら暗い廊下の奥へ消えて行った志緒の後ろ姿を見送った中年男性がいた。
「…………」
彼はこの学園で用務員をしており、学園に通う女性徒からはあまり良い印象は持たれていない。
曰く、目付きが厭らしい、更衣室を覗いていた――など、悪い噂も絶えない。
実際、この用務員の男性は誠実な人柄とは言い難く、今日も大人しそうな女生徒へ適当な頼み事をし、その隙にスカートの中を盗撮しようと目論んでいたのだが、そのターゲットの気配があまりにも禍々しかった為、その企てを断念したのだった。
「駄目だ。一見大人しそうに見えるが、あの娘は……化け物だ」
この数日後、用務員の男性は壮太から間男認定を受けて密かに監視され、水泳部の更衣室を盗撮した件を暴露された後、解雇となるのだが、それはまた別の話である。
用務員、学園長、体育教師、部活動の顧問は大抵ネトr……ゲフンゲフン。




