突然の訪問客
玄関の引き戸を開けると、そこには眉をヒクつかせた角樹里亜が腕組みをして立っていた。
「何で増えてんの……?」
樹里亜が坂梨美織、橋爪志緒、砂川瑞穂の三人の美少女へ順に視線を送り疑問を口にする。彼女の疑問は尤もであろう。
平壮太と常石明菜が何らかの密談をする為に庭へ出た事を彼女も把握してはいたが、何故かその壮太達が級友の少女達を引き連れて庭から戻って来たのだ。
「俺にも解らねっす……」
樹里亜の疑問へ壮太が困り顔で答える。
壮太としても、間男にお持ち帰りされたと思っていた美織達三人が突然、角家の庭へ現れたその理由が分らなかった為、樹里亜へ何も説明ができなかったのだ。
壮太の返答に肩を竦めた樹里亜が美織達へ視線を送ると、穏やかな笑みを湛えた志緒が一歩前に進み出て、深々と頭を下げた。
「こんばんは、角さん。ジュリオくんが足を捻挫をされたとの事で、今日はお見舞いに参りました」
「見舞いって……こんな時間に?」
怪訝そうに眉を顰める樹里亜が志緒を見据えるが、彼女は表情一つ変えずに微笑んだままであった。
暫し見つめ合う二人を間に、少し間延びした陽気な声が挟まる。
「そうそう、お見舞いだよ~! ……ねぇ、常石先生?」
志緒の隣へ並んだ美織が常石先生へ話を振る。
突然、話を振られて狼狽える明菜が美織へと視線を送ると、満面の笑みを浮かべた彼女から見つめ返された。
その美織の隣に立った瑞穂が申し訳なさそうにスマートフォンを掲げる。
それを見た明菜は観念したように溜息を吐いた。
「ごめんなさい、角さん……私が三人を誘ったの」
「「えっ?! そうなんですか?」」
樹里亜と壮太の声が重なる。
勿論、明菜が美織達を樹里王の見舞いへ誘ったという事実は無いのだが、彼女にはそう言わざるを得ない事情があったのだ。
◇ ◇ ◇
庭先で話をしていた壮太と明菜が美織達三人から包囲される少し前の話。
時刻が20時を回った頃、再び瑞穂が美織と志緒へ撤収を提案した。
「そろそろ、帰らない? このまま張り込みをしていても無意味だと思うわ」
瑞穂としても壮太の動向が気になるところではあったが、屋内に居る壮太の動向を探る事にも限界があり、これ以上の収穫を得られるとは思えなかったのだ。
合理的な観点から撤収を提案した瑞穂であったが、内心、不安を抱いていない訳ではなかった。
壮太の事を信用していない訳ではないが、一つ屋根の下、うら若き男女が一晩を共にして万が一の事態が起こり得ないとは言い切れないからだ。
瑞穂と同じくその事を危惧する美織と志緒だが、今回は彼女の提案を一蹴する事はなく、憎々し気に角家の玄関を睨みつけた。
「確かに動きがありませんが……」
「そうだね……壮太、何してるんだろ」
美織と志緒が諦観交じりに呟いた時だった。
二人が見据える先、玄関の引き戸がカラりと音を立てて開き、中から一組の男女が出てきた。
「あれは……壮太くんと常石先生だわ」
目を細めて二人の人影を凝視する瑞穂の言葉に、美織と志緒が頷く。
「……だね。こんな時間に二人で何するつもりだろ。怪しい……」
「このような夜更けに……奇妙ですね」
自分達の事を棚に上げた二人の発言に眉間を押さえた瑞穂であったが、やはり壮太が気になるのか物陰へと身を潜め、遠巻きに彼らの様子を伺う事とした。
「何をお話しされているのでしょうか……」
神妙な雰囲気で相対する壮太と明菜の様子を窺いながら呟いた志緒の疑問に、美織が首を横へ降る。
「判んない……盗聴器、買っとけばよかったかな……」
美織の問題発言に瑞穂が「それって、プライバシーの侵害では?」とツッコミを入れるが、そのような正論で美織が揺るがされるはずも無く「愛故だよ」と返されただけであった。
問題はその後、直ぐに起こった。
「「「あっ……!」」」
三人の見据える先で、明菜が壮太の手を握ったのだ。
実際、明菜は壮太へ対する疚しい感情を一切持ち合わせてはいなかったのだが、状況が状況なだけに三人の瞳にその光景は、明菜が壮太を誘惑しているように映った。
「常石教諭、やはり……!」
「えっ? ウザb――
「常石先生、やっぱり壮太狙いだったんだ。許せないっ!」
美織と志緒、二人の雰囲気が変わる。
闇夜の中、瑞穂の瞳には闇より更に黒いオーラを纏う美織と志緒の二人が、得体の知れない化け物のように見えて、額に汗を浮かべながらコクリと喉を鳴らせた。
「ふ…二人とも、落ち着い――ひぃ!?」
瑞穂の声にゆっくりと振り返った美織と志緒だったが、その二人の表情はあまりにも歪であった。
爛々と光る瞳、そこから放たれる強烈な威圧感、吊り上がった口角……改めて瑞穂は二人が普通ではない事を認識した。
「さて、坂梨さん。如何いたしましょうか」
「そうだねー……。ヤっちゃってもいいんだけど、壮太も一緒だからな~」
(ヤるって、えええ……)
冷や汗を流す瑞穂を他所に、美織と志緒は壮太達を見据えたまま物騒な相談を始めた。
暫くの黙考の後、志緒が徐に口を開いた。
「私が常石教諭を抑えます。坂梨さんは平君の注意を引いてください。そして、砂川さん……貴女には常石教諭が平くんの手を握っている現状の写真を撮影して下さい」
「えっ? な――」
「反論を聴いている暇はありません。もし、出来ないとおっしゃるのであれば……」
そこまで言って話を区切った志緒が、張り付けたようないつもの笑みを浮かべながら、瑞穂を見据える。
その瞳の冷たさに戦慄した瑞穂には顔を強張らせながら、首を縦に振る他なかった。
「わ…解ったわ……」




