電話に出んわ
夜も更けて来た頃、相も変わらず美織達三人は角家の庭先で張り込みをしていた。
「動きは……無いわね」
瑞穂の呟きに美織と志緒が小さく頷く。実際、玄関から誰かが出て来るような気配は無い。
本当にこのまま壮太達が角家へ泊るという思わしくない事態が起こるのでは……と、三人が焦燥を募らせていた時、瑞穂のポーチの中でスマートフォンが震えた。
瑞穂がポーチからスマートフォンを取り出すと、着信が来ており、ディスプレイには身に覚えのない電話番号が表示されていた。
(知らない電話番号……切ろうかしら)
瑞穂が指を着信拒否ボタンの上に持ってきた時、横からスマートフォンを覗き見た美織がポツリと呟いた。
「あ……壮太の番号だ」
今まさに拒否ボタンを押さんとする瞬間、全力を込め、何とか押す寸前で指の筋肉を抑え込んだ瑞穂はそのまま指をスライドさせ、通話ボタンをタッチする。
「も…もしもし? 砂川……です」
普段よりワントーン高い声色で電話に出た瑞穂であったが、その声には明らかな緊張を孕んでいた。
スマートフォンのディスプレイに表示されていた電話番号が壮太のものでは無く、美織の勘違いであった可能性や、本当に壮太からの着信だった場合、如何なる用件なのかと、不安と期待が入り乱れた感情が瑞穂の中で渦巻く。
「あ、俺、平だけど……砂川さん、ごめん。砂川さんの番号、穴山から教えてもらったんだけど……その、今大丈夫だった?」
電話の相手は間違いなく壮太であった。
瑞穂はスマートフォンの向こうに壮太の息吹を感じ、嬉しさと気恥ずかしさから少しぶっきらぼうに「ええ」とだけ応えると、彼に気取られないように小さく深呼吸をした。
「そっか、じゃあ手短に――
「ごめんなさい。ちょっと、待って。場所を移すわ」
壮太の言葉を遮って断りを入れると、瑞穂は全力で走り出す。
その理由はこの位置で通話を続けると、庭へ潜伏している事が角家の誰かに気取られる可能性があるという事と、単純に通話内容を美織や志緒に知られたくなかったからだ。
瑞穂が駆け込んだ先は納屋であった。
トラクターの後ろへ素早く走り込んだ瑞穂は素早くスマートフォンを耳に当てる。
「はぁ……はぁ……っ、もしもし?」
瑞穂は肩で息をしながら壮太の返事を待つが、彼からの返答は無い。
再度「もしもし」と電話の向こうへ呼びかけると、少し間があって壮太からの返答が来た。
「も……もしもし? あの……息が弾んでるようだけど、大丈夫?」
何故かしどろもどろに話す壮太へ首を傾げつつ、瑞穂は「少し運動してただけだから、大丈夫」と応える。
「息が弾むような運動……。砂川さん、やっぱり寝t……あ、いや、大丈夫ならいいんだ」
何かを言い掛けて口を噤んだ壮太だったが、小さく咳払いをして話を続ける。
「砂川さん、今、近くに誰か居たりする……?」
「えっ? だ…誰も居ないけど、な…何かしら?」
「そっか、そっか……うん、まぁ、いいや。とりあえずは無事……なんだよね?」
「無事って……?」
二人の間に妙な空気が漂う。
その空気を払拭する為、瑞穂が口を開こうとした瞬間、暗い納屋の中に眩い光を放つ四つの球が浮かび上がった。
「た…球?」
「えっ!? た…玉……?」
電話越しに壮太の動揺する声が聞えてきたため、慌てて「なんでもない」と告げる瑞穂であったが、その視線は闇の中に浮かんだ怪しい光を見据えていた。
喉をコクリと鳴らし、闇を凝視する瑞穂の視界にやがて、ぼんやりと人影が浮かんできた。
目を凝らして、それを凝視した瞬間、瑞穂は叫んだ。
「ひっ、ひぃっ!?」
納屋の隅で光る四つの球は人間の瞳であった。
薄ら笑いを浮かべながら闇の中に佇む、美織と志緒のその瞳は禍々しい光を放ち、ジッと瑞穂を見つめていたのだ。
「……砂川さん? 砂川さん!?」
瑞穂を心配する壮太の声がスマートフォンから響く。
それに応答しようとスマートフォンを耳に当てた瑞穂であったが、耳にスマートフォンの感触が得られる事は無かった。
消えたスマートフォンはいつの間にか美織の手中にあったのだから。
(この距離を一瞬で!?)
動揺から目を見開く瑞穂を一瞥した美織は、口角を歪に吊り上げながらスマートフォンを耳に当てる。
「もしもし、壮太ぁ~?」
「え……? 美織……?」
何故か後半がホラーになってしまいました。




